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第272話 雪と温泉・祠の主様

■その272 雪と温泉・ほこらぬし様■


 真っ青な空に、ホコホコと柔らかな湯気が上がっていきます。深い雪に囲まれた露天風呂の中で、僕の主の桜雨おうめちゃんと従姉妹の桃華ももかちゃんは、冷えきった体を温めていました。2人の長い髪をクルっとまとめたかんざしが、それぞれ光っています。


「上手くいって、良かったね」


 桃華ちゃんは大きな岩に体を預けて、肩までお湯に浸かって、お口だけ動かします。もう少し熱くてもいいかも?て思えるお湯は、ゆっくりゆっくり主と桃華ちゃんの体の疲れを溶かして、変わりに熱をあたえてくれます。忘れていた筋肉痛と、吹雪の中で踊った疲れで、指の1本も動きません。


「桃ちゃんの歌が、素敵だったから」


 主も同様で、桃華ちゃんの横で、やっぱりお口だけ動かします。


「あら、桜雨だって…」


「歌はいつも通り音程が外れていたし、躍りはもっと酷かったよ~」


「まぁ、躍りは私も酷すぎたわ。たくさん、転んだものね」


 2人は雪の中で踊ったのを思い出して、クスクス笑いました。


「あら、とっても楽しい舞いだったわよ」


 そんな主と桃華ちゃんの横に、女の人が座りました。主達の様に簡単に結い上げた豊かな髪や、狭い額の下に付いている眉や長い睫毛まつげは深緑に輝く黒。細い首も、面長なお顔も雪の様に白くて、少し薄い唇は綺麗な紅色。そして、主と桃華ちゃんを見つめる切れ長の瞳は、キラキラ輝く緑色でした。


「あの…」


「どちら様ですか?」


 主と桃華ちゃんは、そっと手を握り合って、恐る恐る聞きました。


「貴女達が余りに楽しそうに歌って踊ってくれたから、もっと見たくなっちゃって、来ちゃった」


 その女の人はニコ~ッと微笑んで、名乗りました。


ほこらあるじよ。よろしくね」



 少し遅いお昼のお膳は、宿からの好意でした。吹雪が収まりましたが、あまりの積雪で食料品を持って来てくれる業者は来ることが出来ないし、逆に買い出しに行こうにも車が出ませんでした。なので、質素なお昼でしたが、それでも有難いです。


 元気な宿泊客はスキーやスノーボードをしに行きましたが、年配の方や筋肉痛で動きに制限がある大森さん達は、大宴会場でお昼を頂いていました。もちろん、大仕事を終えた主達も一緒です。他のお客さん達は、綺麗に並んで食べていますけれど、主達は朝の様にお膳と体を寄せ合って食べていました。

 三鷹みたかさん、胡座あぐらの真ん中に主を座らせています。もう、誰も突っ込みません。修二さんだけが、ガルガル噛みつきそうですけど。


「山の主様、祠を放れていいんですか?」


 大森さんはお箸を咥えたまま、ジーっと祠の主様を見つめています。皆、今日は洋服に着替えるのを諦めたようですね。温泉で温まった主達も、浴衣でリラックスです。


「だって、お家壊れちゃったんですもの。開放的過ぎて、落ち着かないのよね」


「広~い部屋で、隅っこに座る的な?」


「あ、そんな感じ」


 大森さんの言葉に、祠の主さまは、うんうんと頷きます。


「それと、私はここら辺を守っているだけで、山は別の神様が居るわよ。私なんか、比べ物にならないぐらい強い神様。

 貴女の髪型、とても可愛いわね。後で、私にもやってくれる?」


 今度は大森さんが、うんうん頷きました。祠の主様も、皆と同じ浴衣を着て、皆と同じ豚丼を食べています。紅ショウガをたっぷり乗せて…。


「でも、祠が粉々になってしまったのでしたら、瑪瑙めのうの置物なんて盗まれてしまうんじゃないのですか? 実際、持ち去った人も居ますし」


 田中さんの言葉に、皆の輪の端で食べている加賀谷さんと澤切さんに、皆の視線が集まりました。


「あれ? 加賀谷さんも澤切さんも、凄くサッパリしてる。髪もひげも綺麗になってる」


「あら、本当だわ。私の所に謝りに来た時も、それぐらい小ざっぱりしててくれたら良かったのに」


 髪も短く借り上げて、髭も伸びていた産毛共々全部剃った加賀谷さんと澤切さんを見て、主はビックリしました。祠の主様への印象、少しは良くなりましたかね? 加賀谷さん、相変わらず頭に黄色いタオルを巻いてますけれど、モッサリと飛び出してる髪はなくなっています。


「帰ってきた2人がメチャクチャ汚いって、坂本さんの我慢が限界を突破しちゃったんだよね。強制的に、カットして顔剃りしたんだよ。岩江さんとサクさんが」


「さっき帰って来て、温泉に入る直前にね。ほら、加賀谷さんの車から出した荷物の中。あの中に、ハサミとカミソリがあったんだよ」


 主の後ろで食べている龍虎りゅうこ君達が教えてくれました。


「髪切らなくても死なない!」って、加賀谷さんは逃げようとしてたんだけど、サクさんが「社会性が死ぬんだよ!」って、お腹に蹴り技一発いれたら、静かになったんだよね。」


「澤切りさんは、無抵抗だったよ」


 無抵抗というより、力尽きてたんでしょうね、きっと。


「そうよ、身嗜みだしなみはちゃんとしないといけないわ。祠を壊した犯人が、私好みのカッコいい男の子だったら、メソメソ泣いてないで追いかけたんだけどね」


 祠の主様のお好みは、誰なんでしょう?


「まぁ、実際はパニックになっちゃったんだけどね~。だって、今までそんなことなかったから。山から下りて来た猪だって、祠には突っ込んでこなかったわよ。今は、結界を張っているから、私以外には見えないの。あの子達、瑪瑙めのうのカエルね、それがあそこにいてくれれば、私が少しの間放れても大丈夫。私の代わりをしてくれるから」


 祠の主様は、美味しそうにゴボウの漬物を食べました。


「それでね、この2人がとっても楽しそうに歌って踊ってくれたから、遊びに来たんだけど… こんなに可愛い子達がいっぱいいるなんて~。来て正解! むさっ苦しい男ばっかりだったら、すぐ帰るつもりだったんだけどね。お昼食べ終わったら、遊びましょうね。昨日、雪合戦していたでしょう? うちの雪ん子も一緒にやってるの見て、羨ましくって…。私も仲間に入りたかったの~。あと、人数いるから、大きめの雪の像も作れそうじゃない? チームに分かれて、作りましょう!

 あ~、どうしよう、すっごくワクワクしてきちゃった。早く食べましょう~!!」


パクパクモグモグ… 食べながらも、祠の主様はお話しが止りません。お箸の動きは速いですけれど、ちゃんとんでます。

 ウキウキしている神様の提案を、拒否する勇気も元気もあるはずも無く

皆、確りご飯を食べて、午後の遊びに備えました。受験勉強は大丈夫ですか?





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