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第284話 愛情たっぷりのお粥と、君の汗

■その284 愛情たっぷりのお粥と、君の汗■


 僕の主は、熱を出した時に食べるお粥が好きだったりします。普段は繊細な味付けを察知する味覚ですけれど、熱で馬鹿になっちゃっていて、大好きなお米の味も分からないけれど、そんな舌を痺れるように梅干しが刺激してくれます。

 発熱で大量に汗をかいて疲れた体は、梅干しに含まれるクエン酸を求めるんでしょうか? 主はまず初めに梅干しを4分の1食べて、お粥を半分程食べます。そうしたら、また梅干しを4分の1。次に残ったお粥を半分食べて、梅干しを4分の1。残りのお粥を食べきったら、梅干しの残りは種と一緒にお口の中へ。実は、すぐに無くなっちゃいますけれど、種はしばらくお口の中でコロコロコロコロ… チューチューと、種の中の中までその成分を吸い尽くす感じに舐めたり吸ったりしています。


「本当に好きね、熱を出した時の梅干し」


 昔から熱を出した時、ベッドの上で食べるお粥や梅干しを小さなお口に運んでくれるのは、お母さんの美和さんです。高校3年生の今になっても、それは変わりません。

 今日もベッドの上で、起こした上半身を大きなクッションで支えて、美和さんに一口一口食べさせてもらいました。ホッとしたように、美味しそうに、目を瞑って上を向いて梅干しの種をお口の中でコロコロさせている主を、美和さんはニコニコしながら見ています。


「うん、大好き。特別な味がするの」


 そして、梅干しの種をお口に入れたまま、カテキンたっぷりの緑茶を静かにすすります。


「でも、私が作っても、同じ味にならないのは、どうしてかな? 龍虎りゅうこは、お母さんの味と一緒だよって言うんだけれど、私にはそう感じなくて」


 コロンと、主のお口の中で、梅干しの種が転がります。


「それは、『相手への想い』が入っているからよ。龍虎に作る時は「元気になってね」って、労わりの気持ちでしょ? でも、自分に作る時は「早く元気にならなきゃ」って、自分を鼓舞こぶする気持ちでしょう? たぶん、そこの違いだとお母さんは思うの」


 そうか… 込める気持ちの違いか。って、主は納得したみたいです。


「ちなみに今食べたのは、今朝、三鷹みたか君が作って行ってくれたお粥です」


 美和さんのお膝の上、お盆に乗せられて置かれている1人用の土鍋を、主は改めて見ました。空っぽになった土鍋は、とっても年季の入った色です。


「… そう言えば、お母さん、昨日そんな事言ってたような? 熱が高かったから、よく覚えていなくって」


 主は今、すごく損をした気分です。せっかく、自分の知らない三鷹さんを知れたかと思ったのに、ちゃんと覚えていないんですから。


「聞きたい?」


 残念そうな主に、美和さんはちょっとだけ意地悪そうに聞きます。


「聞きたい」


三鷹みたか君には、桜雨おうめには内緒にしてほしいって言われているんだけれどなぁ…」


 食い入るように見つめてきた主に、美和さんはクスクスと笑いながらじらします。


「じゃぁ、私に話しちゃったのも、内緒にしておいて?」


「しょうがないなぁ~。これで最後よ。もう言わないから、忘れちゃ駄目よ」


 ニコって笑ってお願いする主に、美和さんは「内緒だからね」と言いながら、お話ししてくれました。


「三鷹君、昔から貴女が熱を出すと、梅吉君と一緒に家のお掃除とかやってくれていたの。龍虎のお世話もよ。私がやるからって言っても、「俺が掃除すれば、おばさんの時間が空くから、桜雨の傍に居てあげてください。桜雨、お母さんに一番側に居て欲しいだろうから」って、そう言うから、お母さんお言葉に甘えてたの。あ、お粥も作ってくれてたのよ。病気の桜雨を、私達と同じように心配してくれるんですもの。

 三鷹君ね、本当はずっと桜雨の傍についていてあげたいんだと思うの。でも… 毎日家族のために、『お姉ちゃん』を頑張っている桜雨がね、体調を崩した時ぐらい『お姉ちゃん』を休んで、娘として甘やかしてあげたいんですって。でも、母親の私が忙しかったり、疲れた様子なら、桜雨は素直に甘えないし、自分がもっと確りしなくちゃって、逆に思っちゃうから、家事は自分がやりますから。って、絶対引かないんですもの。それでね、同じだなと思ったの」


 美和さんは、お話ししながら、隣の机に空っぽになった土鍋を置いて、ミニハンドタオルの上に置かれている僕(キーホルダ―)を手に取ります。


「同じ?」


 オウム返しに聞いた主に、美和さんは僕を渡してくれました。主は、貼られているボロボロのカエルのシールを見て、優しく撫でてくれます。


「私も美世さんも、1人じゃ家とお店の両立は無理なの。お父さんも勇一さんも、『普通の旦那さん』『普通のお父さん』とはちょっと違うでしょう? でも、『東条』の家を出たからには、社会の中で何とか生活をしていかなきゃいけないから。だから、4人で暮らそうって、美世さんと決めたの。それで… 忙しい時や大変な時は、他の人が代わりが出来る事なら、頼もうね。その空いた時間で、体や心を休めたり、私達にしかできない事をやろうね。

絶対、無理はしない! これを、両家の家訓にしたの。この家訓がね、三鷹君の考えと同じだったの。それもあって、修二さんは三鷹みたか君が桜雨おうめの傍に居ることを許したのよ」


 トントントン… 微かに、誰かが階段を登ってくる音が聞こえます。美和さんがお部屋の壁時計を見ると、18時を過ぎた所です。


「王子様、帰って来たわね」


 美和さんの言葉に、ドアのノックが重なりました。


「どうぞ~」


 のんびりと美和さんがお返事すると、一呼吸置いてドアがゆっくりと開きました。三鷹さん、スーツ姿のままですけれど、また学校から真っすぐ主のお部屋ですか?


「お帰りなさい、お疲れ様。熱、朝のうちに下がって、そのまま上がらなかったの。食欲も戻って来たわ。もう、大丈夫そう」


 美和さんは言いながら立ち上がって、空の土鍋を持ちました。


「お粥の作り方を教えたのはね、三鷹君、桜雨に何か直接してあげたいのを精一杯我慢しているのが分かったからなの」


 そして、コソっと主に耳打ちして、お部屋を出ていきました。

ドアの所で、口元に人差し指を当てて、『内緒』のポーズをとって。


「あ、三鷹さん、そこでストップしてね」


 出て行った美和さんの代わりに、三鷹さんが主の側に行こうとしました。

けれど、主は素早く片手をあげて止めます。主~ぃ、三鷹さん、凄く不服そうですよ。


「あのね、私も三鷹さんにギュってして欲しいの!」


 そんな三鷹さんのお顔を見て、主は慌てて言います。最初は、勢いが良かったんですけれど、だんだん勢いも声量も落ちていきます。


「でも、まだ感染させゃうつしちゃうかもしれないし、それに、今朝まで熱があって汗もいっぱいかいて… 汗かいたらお着替えもしたし、お母さんに体を拭いてもらったりはしていたんだけれど、髪は脂っぽいし、まだ、お風呂に入ってないから…」


 ここまで来ると、最初の4分の1位の声量です。ほとんど、ゴニョニョと聞こえます。両手をモジモジさせて、顔も伏せちゃいました。


「その… つまり、ね… 私、臭いから、ぜったい匂うから、そこで止まってて欲しいの」


 主、乙女心ですね。三鷹さん、主の気持ち組んでくれないと、僕、怒りますからね!


「分かった」


 その一言に、主はホッとして、お顔を上げました。


「一緒に、風呂に入ろう。体、まだだるいだろう? 俺が洗おう」


 けれど、この言葉で、主のお顔はボン! と一気に真っ赤っになっちゃいました。お熱が高かった時みたいです。


「出来ない出来ない出来ない~!!」


「しかし、俺が剣道の練習で汗をかいていても、桜雨は気にしていないだろう? 俺も、同じだが?」


 お布団に前のめりに顔を埋めちゃった主に、三鷹さんは少し慌てます。


「同じじゃないよ~!!」


 三鷹さん、乙女心分かってください!!


「わんわん!!」


 そこに、リビングから上がって来た秋君が、尻尾をフリフリさせながら来ました。お口にくわえた小さなかごに、お薬が入っています。


「秋君~、三鷹さんが虐めるの~」


「わんわん!!」


 主は秋君をギュッと抱っこすると、恥ずかしさで真っ赤になったお顔を、秋君の体に埋めました。


「秋、代われ」


 いや、だから、主は嫌がりますって。真顔で飼い犬に嫉妬しないでください。一歩も動かないのは、さすがですけれどね。


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