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第283話 ストーカー少年の看病方法5

■その283ストーカー少年の看病方法5■


 このカウンターからすぐ隣のキッチンに、美和さんと三鷹みたかが立っているいのが見える。俺の手元に置かれているマグカップは空っぽで、残されたシナモンスティックに軽~く歯形がついてる。… シナモンスティックって、刺激が強いから食べない方が良いんじゃなかったっけ? 三鷹、刺激が欲しかったの?


「それでね、最後に、梅干しをいれてあげてね。梅干しは、種入りが喜ぶの。あの子、熱があるときは塩分摂りたいのか、ずっと種を口の中に入れてるのよね。小さい時は喉に詰まらせない様に、種を出すまでジーっと見てたんだから」


 ふふふ… って、美和さんのふんわりした、優しい笑い声。俺、大好きなんだよね。美和さんのふんわりしたこの雰囲気とか、優しい笑い声。聞いてる俺も、ふんわり優しい気持ちになれる。

 でも、桃華ももかは梅干し嫌いなんだよね。だから、桃華のお粥には塩昆布が入る。カウンターの向こう側では、母さんお手製の塩昆布入りのお粥が出来上がった。


「あー…」


「あうあー…」


 お米の微かに甘い香りと温かさが充満したリビングに、双子の赤ん坊の声が溶け込んだ。


「おー、お前達、ご機嫌じゃないの」


「たくさん寝たものね」


 俺と母さんが双子を抱き上げると、盛大なオナラが出た。しかも、長い。でも、臭くないのは、まだミルクしか飲んでいないから。離乳食が始まると、だんだん臭くなっちゃうんだよね~。


「美世さ~ん、桃華ちゃんが呼んでるよ」


 そこに、エプロン姿の修二さんが入って来た。修二さん、もしかしてお店閉めちゃった? 時間は18時過ぎかぁ… 少し早い店仕舞いだなぁ。


「あら、桃華、お腹空いたかしら?」


 三鷹がキッチンから出て来て、母さんに両手を差し出した。ああ、赤ちゃんを代わりに抱っこするってことね。


「じゃぁ、オムツ替えもお願いね」


 双子って、ここまでリンクするの? こっちも盛大に出してる。三鷹はそんなことは気にもしないで、不快感で泣きだす前に… そっちは夏虎かこか。夏虎をベビーベッドに寝かして、素早くオムツを替え始めた。俺も替えてあげるからね、冬龍とうりゅう


「あら、随分と手慣れているわね」


「本当…」


 母さん達が驚くの、無理もないよな。毎日オムツ替えしている俺と同じぐらい、三鷹も手際良いから。


三鷹みたか、家に来た時は、いつも替えてくれてるよ。それより母さん、桃華が待ってるんじゃない?」


「あ、そうね。美和ちゃん、お粥持っていきましょう」


 俺が声をかけると、修二さんと、いつの間にか店から上がって来ていた父さんが、それぞれにお粥を持って待っていた。母さん達は、冷蔵庫からスポーツ飲料のペットボトルを取り出した。


 こっちは、無事にオムツ替え終了。泣きだす前に終われて、良かった良かった。


「あ、たかだかわしだかカモメだか知らねぇけど、ほれ」


 鷲はともかく、カモメって… 修二さんはいい加減に三鷹の名前を呼んで、何かを投げた。


「鍵?」


 三鷹、ナイスキャッチ。


「うちの前にあるアパートの2階、向かって右端な。気に入ったら、貸してやる。あ、家賃はもちろん取るからな」


 サラッと言って、修二さんはリビングを出て行った。母さんと美和さんは顔を見合わせてクスっと笑って、修二さんの名前を呼びながら後を追いかける。父さんは相変わらず無言だったけれど、俺達を見て1回だけ大きく頷いて、リビングを出て行った。


 夏虎を抱っこしながら、受け取った鍵を見つめている三鷹。いつもの無表情の三鷹に、俺は冗談で言ったんだ。


「愛娘をストーキングする男を、野放しにしておきたくないんじゃない? 監視だよ監視」



 難しい年頃、中学3年生の回想終わり~。


 俺が言ったあの言葉は冗談のつもりだったけれど、修二さんにとって8割はそのつもりだったんだろうな。万が一にも桜雨おうめにとってマイナスな事をしでかしたら、すぐに三鷹みたかを再起不能にするつもりで、あの時、鍵を渡したんだ。それは、今も変わらないか。

 まぁ、あの日から、三鷹の桜雨へのストーキングは親達の認識するものとなって、同時に許可をしたわけだ。でも、ストーカーするために、高校1年生から独り暮らし始めるってどうなの? それを許す三鷹の親もどうなの? 三鷹、アパートの住所と部屋番号を書いた置手紙1枚だけ残して、家を出て来たって言っていたけれど…


「… 甘いよなぁ」


「えっ、甘い玉子焼き、駄目でした?」


 俺の独り言に、三島先生がビクッとして答えた。そうだ、ここ、職員室だった。他の先生も数人、俺を見てるけれど、そんなに大きな声出した?


「甘い玉子焼きって?」


 俺、出汁巻き玉子が作れないから、今日の弁当に玉子焼きは入れなかったんだけれど… あ… 回想にふけっている間に、弁当が変わっていた。


「これ、三島先生の?」


 女性らしい小さな弁当は、とってもカラフルだ。


「東条先生が作ったお弁当、食べてみたくて…。あ、でも、ちゃんと聞きましたよ?! 交換していいですか? って。そうしたら先生、「うん」って答えてくれたから…」


 回想中ですね。上の空でしたね。まぁ、自分で作った弁当だから気にしないから、そんなにオロオロしないでいいですってば、三島先生。それに、返してって言っても、もう殆んど食べちゃってるし。


「あれ、三鷹、もう帰るの?」


 いつの間にか隣の机は綺麗に片付いていて、三鷹が鞄を持って立ち上がった。


「スーパーに寄る」


「あ、了解。気をつけてな~」


 言い終わる頃には、職員室から三鷹の姿は消えていた。どれだけ急いでいるんだよ。

 さて、俺はこの可愛らしいお弁当を食べて、桃華のお迎えに行くまでお仕事しましょうか。



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