■その282 ストーカー少年の看病方法4■
家の1階は、右側で俺の両親が喫茶店を、左側で
「妹2人のカバーぐらい、軽いよ。母さんこそ、花屋の方は良いの?」
「修二君が配達から戻ったから、上がってきちゃった。
水島君が居なかったら、ここまでやれないくせに。でも、ありがとう、2人とも。お礼に、美世さん特製ドリンクをいれてあげるわ。そこに座ってて」
残りの食器をさっさとしまって、俺と
「水島君のお母さんは、君が熱を出したら、何をつくってくれるの?」
母さんは聞きながら、ホーローのミルクパンに生姜をすり下ろしていく。
「母が作っているのかは分かりませんが、出されるのはお粥です」
「お母さん、お仕事お忙しいの?」
生姜の次は牛乳を並々入れて、かき混ぜながら中火でゆっくり温め始めた。
「父も母も医者なので、あまり家には居ません」
「三鷹、末っ子長男なんだよ。上に2人、お姉さんが居るけど、2人とも忙しいからあんまり家に居ないんだよな」
2人ともタイプの違うお姉さんだけれど、家に寄り付かないのは一緒みたい。たま~に用があって三鷹の家に行った時、挨拶ぐらいした覚えはある。
「お家の事は、水島君がやっているの?」
「通いのお手伝いさんが居ます。夕飯の後片付けや、自分の部屋の掃除ぐらいはします」
ふんわり、牛乳のいい香りがしてきた。
「… 具合悪い時は、誰か居てくれるの?」
「仕事でなければ、親が。仕事で不在なら、お手伝いさんが時間までは居るようです」
三鷹、寂しくないのか? 俺なら、さすがに寂しいな…
「お医者さんは、忙しいものね」
「親が忙しいかどうかは分かりません。ただ、忙しかったり大変な時は、他の人が代わりが出来る事なら、頼めばいいと思っています。そうすればその時間も、その人にしか出来ないことに使えますから」
ちょっと、三鷹の印象が変わってきたかも。剣道が強くて、ただの無口で無愛想で、桜雨のストーカーモドキなだけじゃないんだな。
「… そうね。はい、美世さん特製ジンジャーミルクの出来上がり。シナモンスティックでかき混ぜながらどうぞ」
カウンターに出てきたのは、下ろし生姜とシナモンスティックが入った、アツアツのホットミルクだった。丸みを帯びた真っ赤なマグカップを受け取って、シナモンスティックを回しながら三鷹を見た。
けっこう、重い話を口にしているのに、あまり気にしていないのか、いつもと変わらない横顔だ。三鷹は、マグカップの中を見つめながら、静かにシナモンスティックを回している。
「水島君の考え方、私は同意できるわ。でも、なんでこの家なのかしら?
自分のお家は?」
まぁ、お手伝いさんいるしなぁ。… 独り暮らしならともかく、なかなか家族と過ごせない家を掃除するのって、虚しいよな。
「… 5年生になる少し前、家族と喧嘩をして家を出ました。理由は覚えていないから、些細な事だと思います。けれど、家に帰る気はなかった。帰れない、帰りずらいんじゃなくて… 帰る意味がないと思っていました。公園の滑り台の下に居たら、雨が降っていて… いつの間にか小さな女の子が目の前に立っていて、カエルの傘をくれたんです。
「ぶじ、かえる。カエルが、まもってくれる」
その子のお母さんが教えてくれたそうです。そして、
「自分はカエルさんと仲良しだから、カエルさんは自分なんだ」
とも言っていました。俺は… 『それ』を理由に、帰りました。家には誰も居ませんでした。けど、その日から、カエルの傘は俺が家に帰る理由になりました」
その小さな女の子って… そうか、三鷹にとって帰ることって…。ってか、珍しく話すな。しかも、自分の事。
「今も?」
母さんが聞くと、三鷹は静かに頷いた。あ、もしかしてリップサービス終了?
「… そう。でも、帰る場所があるなら、いいわね」
母さんはそう言うと、自分用に入れたホットミルクを一口飲んだ。
「水島君、さっきは桜雨が危ないところをありがとう。桜雨も桃華ちゃんも、熱が下がりだしたみたいで、汗もたくさんかいたわ」
2人分のパジャマを持って、美和さんがリビングに入ってきた。熱が下がりだしたから、美和さんの表情もだいぶ明るく見える。
「着替えたら、2人ともまた寝ちゃった。水分は摂らせたんだけど、目が覚めたらお腹が空くと思うの。それでね、一つ、お願いがあるんだけど… 水島君、一緒にお粥を作ってくれないかな?」
美和さんの柔らかな微笑みを前に、「否(NO)」と言った人を、俺は見たことがない。しかも、桜雨は美和さんによく似ているから三鷹が首を縦に振るのは見なくても分かった。