■その293 デートの準備は迷う事ばかり■
皆さんこんばんは。ワンコのアキ君です。ご主人様は、高校の先生をしているミタカさんです。
最近のご主人様はお仕事が大忙し。お友達のウメヨシさんとカサハラ先生も、ご主人様と一緒にお家に帰って来てたっくさんの紙に囲まれて、パソコンをカタカタカタカタ… とっても忙しそう。朝ごはんもお夕飯も、モモカちゃんかオウメちゃんが運んできてくれます。ボク、ワンコで良かったです。
ご主人様がお仕事に行っている時、ボクはお向かいのオウメちゃんのお家に居ます。それで、今みたいにご主人様達がお部屋でずーっとお仕事をしている間も、オウメちゃんのお家に居ます。ボクのお散歩やご飯は、オウメちゃんとモモカちゃんの家族がお世話してくれるから、心配いらないんです。
お散歩は、ボクだけでも行けるんですけどね。
「桃ちゃん、どっちがいいかな?」
ボクの大好きなオウメちゃんは、3階のお部屋をお洋服だらけにしています。可愛いお洋服がいっぱい。お風呂上がりのオウメちゃん、髪の毛に大きくて丸いスポンジを巻いて、全身が映ってる鏡の前で、色々なお洋服を体の前にあててます。
「どれも可愛いけど… こっちは?」
モモカちゃんがオウメちゃんに渡したのは、上と下が繋がったズボン。
「
「あの人が見てない服なんて、あるわけないでしょう? 見てないのは、下着ぐらいでしょう? 洗濯物、見ていなければの話だけれど」
モモカちゃん、さすがのご主人様もそれはしないと思いますよ。
「でも、どこに行くの? 行き先に合わせて選べばいいんじゃない?」
「それが、教えてくれなくて」
オウメちゃん、ご主人様とお出かけするんですか? ご主人様、お家でもお仕事しかしていないですけど、もうすぐ終わるのかな?
「お姉ちゃん、明日、タカお兄ちゃんとデートなんだって」
「洋服なんて、なんだっていいじゃんね」
後ろからそーっと来た双子のトウリュウ君とカコ君が、教えてくれます。ドアの影からお顔だけ出して、一緒にオウメちゃんとモモカちゃんを見ます。
「
「… 女って、メンドクサイ」
ボクは可愛くていいと思うけどな。
「明日、晴れるよね?」
「晴れるけど、予報の気温は低かったわよ。ちゃんと防寒した方がいいわよ。車?」
今度は、コートやジャンパーも出て来ましたよ。
「駅で待ち合わせなの」
「何それ、本当にデートじゃない」
「だから、デートだってば」
モモカちゃん、ちょっと怒ってます? オウメちゃんはデートって言葉に、またニコニコしましたよ。
「もうさ、明日の気分で決めれば? とりあえず、爪やろう、爪」
「んー… そうしようかな」
モモカちゃんとオウメちゃんは、お洋服でいっぱいになった絨毯の上に座って、テーブルの上にお手々を置いて、いじり始めましたよ? あ、分かりました! オオモリさんが良くやってくれる、爪をピカピカにするやつですよね? ボク、この匂いが苦手… お鼻にツーンてくるんですもん。
「大森さんに、カエルのネイル、してもらえばよかったのに」
モモカちゃんが、オウメちゃんの爪をシュッシュッて、削ってます。
「やってもらおうと思ったんだけれど、初めてのデートだから、自分で頑張りたいと思って」
「… 初めてだったっけ?」
モモカちゃん、ビックリです。
「秋君のお散歩や、スーパーとかのお買い物はあるけど、ちゃんとした所に二人っきりは… 無かったと思うんだよね」
オウメちゃん、お出かけすることが少ないですもんね。
「お姉ちゃん可愛いけど、所帯じみてるもんね」
「夏虎、明日のご飯が無くなるような事、言わないで」
「しっかり者って言ってあげて」
ボクの上にカコ君。カコ君の上にトウリュウ君。トウリュウ君の上に、ミワさんとミヨさん。ドアの影で縦に並んで、のぞき見です。
「… そうね、もう高校も卒業だもんね。明日のリップは何色? 爪と合わせる?」
「やっぱり、色付きの方がいいかな?」
オウメちゃんはモモカちゃんに爪のマッサージをしてもらいながら、綺麗な箱から口紅みたいなのを幾つか出しました。
「色付きリップなんて、お姉ちゃん持ってたんだ」
「色付きリップは、つけると変な男が寄って来るって、お父さんが心配するからいつもは付けないんだよ」
トウリュウ君、良く知ってますね。
「夏虎だって、お父さんが泣きながら叫んでいるの、良く聞いてるじゃん」
「秋君と遊んでるから、ほとんど聞いてない。うるさいなー、ぐらいには思ってるけど」
あ、確かに。ボクには何を言っているのか、全部は分からないですけどね。
「修二さん、心配し過ぎなのよね」
「まぁ、娘が可愛いのは良くわかるんだけれど。修二君も梅吉も一緒よね」
ミワさんとミヨさんは、ちょっと呆れていますか?カサハラ先生も、この前そんな事言っていましたよ。
「
「なぁに? どうしたの、桃ちゃん?」
モモカちゃんが、急に真顔になってオウメちゃんを見ましたよ。オウメちゃん、ちょっとビックリです。
「いい? 絶対、絶対、ぜーったいに、油断しちゃダメだからね!」
「油断?」
モモカちゃん、今までマッサージしていたオウメちゃんの手をギューって握ります。
「そう、油断! 少しでも油断したら… あの人、絶対、桜雨にキスするから!」
「えー…」
「ダメ! 絶対ダメ!」
オウメちゃんの声を、シュウジさんの大きな声がかき消しました。シュウジさん、いつから後ろに居たんですか?勢いよくお部屋に入っちゃって、オウメちゃんに怒られませんか?
「お父さん…」
「桜雨ちゃん、絶対ダメだからね! お父さん、許さないからね! そんな、キ、キ… キ… ともかく、デートも…」
シュウジさんが目の前に現れて、ビックリしているオウメちゃん。そんなオウメちゃんに、シュウジさんは怖いお顔を真っ赤にして言ってます。
「修二さん、そんな事ばかり言ってたら、娘に嫌われちゃうから」
「修二君、桜雨ちゃんももうすぐ18歳になるんだから」
そんなシュウジさんを、ミワさんとミヨさんがオウメちゃんのお部屋から押し出しました。大変そうだったから、ボクもズボンの裾を咥えて、お手伝いです。
「桜雨、お父さんと約束だぞー! 絶対、キスなんてするんじゃないぞー!」
「分かんないなぁ」
廊下に押し出されながら騒ぐシュウジさんに、オウメちゃんはニッコリ笑って答えて、トウリュウ君がバタン!ってお部屋のドアを閉めました。
「桜雨~」
そのまま、引きずられるように、階段を下りていきます。シュウジさん、ボクのご主人様を信用してください! オウメちゃんをギュッてしたくても、いっぱいいっぱい我慢してるんですよ。オウメちゃんの代わりにボクのお腹を吸ったり、クリスマスプレゼントにオウメちゃんから貰った大きなウサギの縫いぐるみをギュギュギューって、してますけど。
「さ、秋君、僕達も寝よう」
トウリュウ君がボクを抱っこして、カコ君と一緒にお部屋に入りました。
ボクは、2人の間に丸くなって寝ます。たまに、カコ君のパンチが飛んで来たりするんですけどね。
明日、オウメちゃんがどんなお洋服着るのか、楽しみです。朝のお散歩は、トウリュウ君とカコ君かな? オウメちゃん、お見送りはしますね。
おやすみなさい。