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第304話 3月3日(1)

■その304 3月3日(1)■


 小さな一粒ダイヤとシルバーのウェーブライン。キラキラと輝く指輪が、乳白色の細く長い指にはまっています。左の薬指が、その指輪の定位置です。その指輪の下に、新しい指輪がはめられました。同じウェーブラインのピンクゴールド。飾りっ気は無くて、上につけているシルバーの指輪のダイヤが小さいから、隙間もありません。乳白色の細く長い指に、キラキラ輝く2つの指輪。その手に、骨格標本のような手が重なりました。

 左の薬指に、ウェーブラインのピンクゴールドの指輪。お揃いの指輪は、誓いの証です。



 3月3日。

 まだ朝日も昇らない5時。ヒヨコの鳴き声。枕元の目覚まし時計のアラームは、向き合って眠っている2人に朝を告げます。

 細く長い指がヒヨコの頭をグッと押して、鳴き声を止めました。


「桃ちゃん、18歳、おめでとう」


 目尻の下がった瞳がトロンと開いて、目の前の大切な従姉妹を映します。


桜雨おうめ、ありがとう」


 切れ長の瞳もトロンと開いて、まだ17歳の従姉妹を映します。


「「クスクスクス… 寒いね」」


 2人は笑いながらお布団の中で抱き合って、お互いの温もりに幸せを感じていました。



 自由登校になっても午前中は登校していた桃華ももかちゃんですが、3月3日の今日はお休みしました。

 前夜は桃華ちゃんのベッドで、僕の主の桜雨ちゃんと遅くまでお喋りをして、そのまま寝てしまいました。いつもの様に朝早くに起きて、2人で家族と店子さん達の朝食を作って、みんなで朝食を食べて、炊事洗濯を主と手分けして終わらせて…


「桃華、気を付けてね」


 喫茶店を開ける前の忙しい時間なのに、桃華ちゃんのお母さんの美世さんと、お父さんの勇一さんは、お出かけする桃華ちゃんを玄関までお見送りしてくれました。美世さんと勇一さんだけじゃありません。その後ろには、お兄さんの梅吉うめよしさんがいます。全身から、ふてくされオーラを全開にしています。その横では、ニコニコ顔の主。さらに後ろに、開店準備の手を止めた美和さんと修二さんと総出でお見送りです。双子の冬龍とうりゅう君と夏虎かこ君は、いつも通りに学校に行きました。


「笠原君、よろしくお願いします」


 勇一さんは、玄関で待っていた笠原先生に頭を下げました。美世さんは桃華ちゃんの手を取って、笠原先生の手に重ねました。


「行ってらっしゃい」


「行ってきます」


 皆に見送られて、桃華ちゃんは笠原先生と一緒に車でお出かけしました。グレーのスーツに真っ白のワイシャツ、ネクタイはスカーフを思わせる真っ赤なペイズリー柄。いつもの猫背はスッと伸びていて、眼鏡はコンタクトに、伸びっ放しで適当に結わいていた髪は短髪に。今日の笠原先生は、2年の文化祭でファッションショーをした時、ランウェイをリードしてくれた姿そのままでした。そんな笠原先生を見るのは久しぶりで、助手席に座っている桃華ちゃんはとっても緊張しています。

 そんな桃華ちゃんは、大きな襟の付いた白いワンピースです。スカートはふんわりとしたAライン。胸元に朱色の細いリボンもあるせいか、どこか制服と印象が似ています。サラサラの黒髪をハーフアップにしたのは、主です。


「どこかに寄るんですか?」


「どこかに寄りますよ」


 目的地なら、お散歩がてら歩いて行けます。でも、こうして車に乗っているのは… どこに向かっているんでしょうね?

 窓ガラスの向こう側は、まだ見慣れた街並みです。道行く人はまだ冬の格好で、寒そうに歩いています。目的地を教えてもらえなくて、桃華ちゃんの緊張はさらに高まりました。

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