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第317話 貴方との相合傘

■     その317 貴方との相合傘■


 薄いスミレ色のキャミソールワンピースは、Aラインのミモレ丈。総レースで、後ろにはリボン。中に白いシャツ、上にバックリボンの白いパーカーを羽織って、足元は黒の運動靴。

 双子コーデでデートを楽しんだ主と桃華ももかちゃんが最寄り駅に降りた時には、夕日はすっかり落ちきって綺麗な三日月が出ていました。桃華ちゃんはお夕飯の準備のお手伝いで早々にお家に向かい、主は注文していた本が入荷したとの連絡を貰ったので、本屋さんに寄りました。


 この時間帯の本屋さんは、学校帰りの学生や帰宅途中の社会人で少し混んでいます。この小さめの本屋さんが、一日の中で一番混む時間帯ですね。主はレジが空くのを待つ間、絵本コーナーに何か掘り出し物がないかな? と向かいました。


「奈美ちゃん、あの絵本?」


「うん。でも、夏虎かこ君、危ないよ」


 聞き覚えのある声に、主は大きな本棚の影に隠れて、コソっとお顔だけ出しました。少し先の絵本コーナーに、小さな2人の影が見えます。

 1人は主によく似たお顔と、同じ髪色同じ髪質でベリーショートの男の子、夏虎君です。もう1人は少し厚着をして、ピンクの毛糸の帽子を被った女の子の様です。後ろ姿なので、お顔が見れません。


「届かない時は、この小さな階段使っていいんだって。奈美ちゃんより、僕の方が大きいんだから、大丈夫だよ」


 そう言って、夏虎君は階段付きの踏み台の一番上に乗って、さらに背伸びをして… 何とか目的の絵本を取れました。背伸びをした時に片足たちになったので、主はとてもハラハラして思わず両手をギュギュギュっと握りしめてしまいました。


「ほら、簡単に取れたでしょ?」


 女の子に絵本を手渡す夏虎君のお顔は、得意気というよりは取れてホッとしている感じです。


「うん。ありがとう、夏虎君」


 嬉しそうな女の子の声を聞いて、主もホッとしました。


「ほら、お会計しよう。あんまり遅くなると、おばさん達が心配するよ」


「うん… でも…」


 女の子は、帰りたくないんですかね? 絵本を抱きしめて、俯いちゃった女の子の手を、夏虎君はギュッと握ります。


「せっかく仮退院できたんだから、体調を第一にしなきゃ。大丈夫だよ、また明日、お散歩に行こう」


「また明日、お散歩に誘ってくれるの?」


「秋君も一緒だよ。だから、今日は無理しちゃダメだよ」


 いつもは勢いだけの夏虎君が、とっても頼りがいがあって、主はビックリです。もしかして、夏虎かこ君じゃなくて冬龍とうりゅう君じゃないですかね?


「ちゃんとお家まで送っていくからね」


 夏虎君は女の子の手を引いて、レジへと向かいます。主は思わずサッとお顔を引いて、体を本棚にピタッと付けました。その横を、小さな2人が通って行きます。レジの列に並んでいる時も2人は仲良く手を繋いでいて、手を放したのはお金を出す時と袋に入れてもらった絵本を受け取った時だけでした。


「ねぇねぇ、カエルのお姉ちゃん、取ってもらいたいご本があるの」


 その小さな2人の後ろ姿を一定の距離を取って見守っていた主に、小さな女の子が声をかけて来ました。


「あら、ミカちゃん、こんばんは。今日もママと一緒?」


 少し下に視線を落とすと、アルバイトをしていた時にお友達になった女の子がいました。ミカちゃんは保育園の年長さんで、保育園の帰りにお母さんとよく本屋さんに寄ってくれるんです。主はしゃがんで、ミカちゃんと視線の高さを一緒にしました。


「うん。ママ、お兄ちゃんにお願いされたお勉強のご本、探してるの。ミカも1つ買ってあげるから、選びなさいって」


 ミカちゃんのお兄ちゃん、お勉強が大好きなんですよね。問題集とか参考書とか、いっぱい買っていくんです。


「そっか。ミカちゃん、欲しいご本はどれかな?」


「あれ~」


 ミカちゃんの指が、スイっと上をさします。それにつられるようにして、主は顔で指先を追いながら立ち上がりました。

 ミカちゃんの指先を追って、絵本コーナーに戻ってきました。ピタ! と止まった指先がさしたのは、本棚の上の方に、可愛らしいお姫様の表紙を見せて置かれている絵本です。… どう見ても、主の身長では届かないですね。


「『親指姫』ね。今、取ってあげる…」


 夏虎君がやったように、主も階段付きの踏み台に乗ってその本を取ろうと手を伸ばそうとした時でした。目的の絵本は、グレイのスーツを着た大きな手でスッと棚から取られて、後ろからスッと主の手に収まりました。その背中の気配に、主はハッ! と気が付きました。


「ありがとう… ございます? ミカちゃん、誰が取ってくれたか、お顔見えた?」


 急いで踏み台から下りて振り返った時には、絵本を取ってくれた人はいませんでした。


「あのね… 狼のお兄さん」


 ミカちゃんの言葉に主はニコッと微笑むと、取ってもらった絵本をミカちゃんに手渡しました。


「カエルのお姉ちゃん、ありがとう~」


 ミカちゃんはお礼を言うと、お母さんがいる参考書コーナーの方へと小走りに行ってしまいました。

 主は、辺りをキョロキョロ見渡します。けれど、絵本コーナーには主以外の人影はないようです。


「体は大きいのに、かくれんぼが上手ね」


 主はクスクス笑いながらレジに向かいました。


桜雨おうめちゃん、ミカちゃんの絵本、ありがとうね」


 レジの前に立つと、店主のおじさんが後ろの棚から1冊の本を取ってくれました。


「取ってくれたのは、狼のお兄さんですよ。かくれんぼが上手で…」


「体は大きいのにねぇ」


 主と店主は顔を見合わせて笑います。


「はい、ご注文の品ね。遅くなってごめんね」


「ありがとうございます」


 主が注文していた本は、西洋と日本美術史の基本の本です。A4サイズの太い本。


「今更なんですけど、一応は先生として教室に立つから、ちゃんとお勉強しておこうと思って。美術史、ちょっと苦手で」


 苦笑いする主に、店主はニコニコしながら本をビニール袋に入れてくれます。


「桜雨ちゃん、良い先生になるよ。あと、これは当店からお誕生日プレゼント。サイズはちょっと小さいけれど、桜雨ちゃんは良く持ち歩くって聞いたから、これぐらいのサイズの方が邪魔にならないかと思ってね」


 言いながら、店主は本と同じサイズのスケッチブックも、ビニール袋に入れてくれました。


「ありがとうございます! 大切に使います」


 主はお金を払って、本とスケッチブックの入ったビニール袋を大事に抱きしめてお店を出ました。


「あららら… でも、これぐらいならカエルちゃんを…」


 お店を出たら、雨が降りだしていました。数センチ張り出したテントの向こう側で、静かに雨が降っています。

 主はいつもの癖で僕(折り畳み傘)を差そうとして、テントの無くなるギリギリの左側まで移動しました。けれど、僕はもう折りたたみ傘じゃありません。折り畳み傘は持ち手だけで、それも、今はキーホルダーになっています。


「濡れちゃうかな?」


 主、もしかして走る気ですか? フードを被って、ビニール袋をパーカーの中でギュッと抱きしめて… 雨の中に飛び出そうとした主の視界を、黄色い色が覆いました。ビックリしてよくよく見ると、それは小さな幼児用の黄色い傘でした。視線を少し下げると、カエルの顔が散らばった持ち手があります。その持ち手と握るのは、とっても大きな手。その手の親指の付け根には、小さなホクロ。さらに視線を下げると… 白い学ランではなくグレイのスーツの裾と、黒い運動靴ではなくて黒の革靴。


「フフフ… 狼のお兄さん、見ぃ~つけた」


「カエルのお姉ちゃん、一緒に入っていきませんか?」


 主がクスクス笑いながらお顔を上げると、子ども用の傘を差し出しながら、優しく微笑む三鷹さんが立っていました。


「喜んで。でも、この傘だと私でもギリギリ」


「じゃぁ、こっちで」


 三鷹さん、子ども用の傘をパチンと閉じて、肩に担いでいた竹刀袋に仕舞うと、代わりにコウモリ傘を取り出して、ポン!と開きました。


「どうぞ」


「失礼します」


 クスクス笑いながら、主はビニール袋を抱きしめたまま、コウモリ傘に入りました。他愛も無い会話を交わしながら、少し遠回り。


「あ、三鷹さん見て。あそこの桜の樹、3分咲きぐらいかな?」


 少し、気の早い桜の樹がありました。幹は太く、枝も悠々と伸びています。


桜雨さくらあめ… だな」


 桜の咲くころに、花を散らさない程度に咲く雨を『桜雨さくらあめ』と言うらしいですね。

 三鷹さん、少し嬉しそうに雨を眺めています。


「激しくない雨でも、濡れると体が冷えちゃう。帰ったら温かいミルク、一緒に飲もうね」


 そんな三鷹さんの手をキュッと握って、主も雨を見上げました。

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