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勇一と美世3・小さな女中さんのささやかな楽しみ3

■おまけの話 勇一と美世3・小さな女中さんのささやかな楽しみ3■


 2年生の遠足は、秋だった。学校から少し歩いた山の麓で、秋の動植物の観察だった。


 サヨさんとナツさんが作ってくれたお弁当は、修二君の朝食に出したはずの鶏の照り焼きが入っていた。朝、修二君が魚は嫌だと我儘を言って、慌ててナツさんが作っていたものだ。内緒で入れてくれたのだと分かって、我儘を言った修二君に心の中で感謝した。

 お屋敷の食事は野菜と魚が中心で、お肉はたまにしか食べられなかったから、とても嬉しくて、チビチビ大切に食べたのを覚えている。


「ミヨちゃん、助けて~」


 お弁当を食べ終わって、形や色の良い落ち葉を友達と拾っていた時だった。トイレに行ったはずの葉子ちゃんが、バタバタと走って戻って来た。半べそで。


「葉子、待てよ!!」


「やめてよ、よっちゃん! 私、虫嫌いなの!!」


 葉子ちゃんを追いかけて来たのは、クラスのガキ大将の陽太君。ウインナーソーセージみたいな指でつまんで持っていたカマキリを、こっちに向けてくる。


「ほら、ミヨも怖いだろう!」


 残念でした。


「怖くない」


 私はサラッと答えて、そこら辺の草むらを覗いた。


「み、ミヨちゃん?」


 私の行動に戸惑う友達たちを気にせずに、私は近くの草むらをかき分けて探した。ガサガサと草をかき分けていると、目の前にそれは現れた。


「よっちゃん、好きならあげようか?」


 私が掴んだのは、陽太君より二回り程大きなカマキリ。ずいっ! と、微笑みながら陽太君の顔の前に近づけた。大きな鎌がウネウネと動いている。


「わ、わぁ~」


 やるのは好きなくせに、やられるのは嫌だったようで、陽太君は勢いよく尻もちをついた。


「はい、どうぞ」


 私は陽太君の膝に、そのカマキリをチョンと置いて、また草むらを探し始めた。


「ミヨ、ミヨ、取ってくれ!」


 後ろで、陽太君の情けない声がする。他の女の子達は、怖がって誰も取ってくれないみたい。


「自分で取りなよ~」


 私は気にも留めず、草むらで目的の物を探していた。そして、その目的の物を無事に見つけられたので、帰りの足取りは軽かった。


 一年生の遠足の日は、まだ修二君はお屋敷に居なかった。二年生の遠足の日は、一緒に付いて行くと修二君は玄関で暴れていた。だから、お土産を見つけられて、嬉しかった。


「修二様、帰りました」


 お屋敷に帰ると、いつもよりだいぶ早い時間なのに、修二君はすでに木に登っていた。私は修二君へのお土産を片手にいつもの枝まで幹を登って、声をかけた。修二君の位置より、少し低くて太い枝。


 一日中機嫌が悪かった修二君は、お屋敷中の色々な物に当たり散らして、お昼過ぎにはもう木に登っていたらしい。


「今日はミヨちゃんの帰りがいつもより早いですよ。て、言ったからかな? 修二様、今日はお屋敷からは飛び出さなかったのよね」


 そう、サヨさんが言っていた。つまり、修二君はお昼過ぎから私が帰って来るのを待っていてくれたわけだ。


「遅い!」


 修二君の機嫌の悪い声。


「はいはい、すみません。でも、修二様へのお土産、見つけて来ましたよ」


 夕日にはまだ早い時間。目の前に広がる色々な形や色の屋根を見ながら、私はお土産を持っている右手をあげた。


「お土産?」


「はい、お土産です」


 気になったのだろう。声色から、機嫌の悪さが消えた。上げている『お土産』を取るだろうと思っていたのに、修二君は私の座っている枝まで下りて来た。


「ミヨ、お土産ってなんだ?」


「これです。修二様、見たことないですか?」


 私の隣に座った修二君の前に、右手に持った『お土産』を差し出す。それは、二股に分かれた細い木の枝。二股の間には、薄茶色のフワフワした泡のようなモノがついている。


「なんだ、これ?」


 私からその木の枝を受けとった修二君は、クルクルと回して見ていた。


「カマキリの卵ですよ。上手く行けば、4月ぐらいには産まれますよ」


「カマキリ?! ここから生まれるのか?!」


 気に入ってくれたようだった。修二君は目尻の切れあがった瞳を大きく見開いて、さらに枝をクルクル回す。


「そんなに勢いよく回したら、中の赤ちゃん、目が回っちゃいますよ」


「そっか!」


 こういう時の修二君は素直だった。


「カマキリは、寒いの苦手なんですよ。卵も横にしておいちゃダメなんで…」


「分かった! ミヨ、お土産ありがとうな!!」


 私の話を最後まで聞かないで、修二君はお猿さんの様にスルスルと幹を滑り降りて行ってしまった。


「… 赤ちゃん産まれなかったら、怒るかな?」


 あまりの喜びように、心配になった。


 まぁ、ダメだったら、有田焼の飾り絵皿が割られるぐらいかな? でも、そうしたら、私のせいになるのかな? お給料から引かれちゃったりするのかな?


 そんな心配は、いつもの様に樹の枝に座って、夕日を眺めていたら溶けて行った。


 そして、その一瞬の心配は杞憂に終わった。


「きゃぁぁぁぁぁ!!」


「すげぇぇぇぇ!!」


 年を越して4月頭、お屋敷中で女中達の悲鳴が、修二君の感嘆の声が上がった。カマキリは無事に孵化して、ワラワラとお屋敷中にちらばっていった。修二君は目を輝かせて、捕まえようとお屋敷中を駆け回り、女中たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。

 私は心の中で皆に土下座しながら、孵化した赤ちゃんカマキリをシレっとした顔で、外に履き出したのを覚えている。



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