■おまけの話20 勇一と美世5・『東条』の名前3■
視界が遮られるという事は、耳から入って来る音と触れた感触で、外界の事に想像を膨らませる。それは、今までの体験が豊かであればあるほど大きく膨らむ。この時の私は、貧乏田舎の集落から出て来て、働きながら小学校に通う子供だ。それまでの経験の中で、この時、耳から入って来る音と触れた感触に結び付く経験はとても少なく、私の中で不安ばかりが大きくなっていった。
激しく揺れる車。エンジンやタイヤの音。怒鳴り合う男の人達の声。誰かが覆い被さって守ってくれていたから、私はそんな音も振動も彼らの半分程しか感じないで済んでいたと思う。そんな中で目を覆っていた布がずれ、青いチェック柄のシャツが見えた。
今までで一番大きくリバウンドして、車が止まった。
何か金属同士が擦れる大きな音。増えた男の人達の声。争う音… いつの間にか私の上に覆い被さっていた男の人の感触は無くなっていたけれど、怖くて目をぎゅっと瞑って、泣かない様に歯を食いしばって震えていた。
「ミヨ!」
名前を呼んでくれたのは、
「無事か? ミヨ!」
聞きながら、勇一さんは床に転がったままの私の体を抱き起こして、手の拘束を解いてくれた。
「ミヨ、顔を…」
手が自由になった瞬間、私はきつく瞑っていた目を開いて、勇一さんに抱き着いた。
「ゆ… ゆ… ゆういぢざまぁぁぁぁぁー!!」
我慢していた涙が溢れだして、視界をぼやかした。
「ああ… 怖かったな、ミヨ」
号泣する私を優しく抱きしめてくれた勇一さんは、泣き止むまで背中をそっと撫でてくれていた。その手はとても大きくて厚みがあって、母の手を思い出していた。母の手は小さくて肉付きも薄くて全然似ていなかったけれど、この時の勇一さんの手と同じようにとても暖かかったからだと思う『立場をわきまえなさい』なんて、タカさんのお決まりの言葉も思い出したけれど、わきまえるなんて無理だった。
涙が止まった頃には、目は腫れていたと思う。勇一さんはお膝に私を抱っこして、優しく背中を撫でてくれていた。私は腕の中に顔を埋めて鼻をスンスン鳴らして、弟達が産まれる前の末っ子だった時の感覚に戻って甘えていた。
「帰ろう」
泣き疲れてウトウトし始めた私に優しく
パン! パン! パン! パン! パン!
「「「痛い! 痛い!痛い!!」」」
途端に聞こえた、乾いた小さめの破裂音と男の人たちの悲鳴で、ハッと我に返った。歩道に座らされた3人の男の人達は後ろ手に縛られて、
ふと、勇一さんの肩越しに車を見ると、白いワンボックスカーが傾いて止まっていた。タイヤがパンクしたようだ。リアガラスの所々に矢が刺さって、蜘蛛の巣の様に全体にヒビが入っている。開いたドアから見える車内は、椅子らしきものは無くて、工具箱や木材が見えた。現場仕事用に使っていた車だったのだろう。
「シュウジー、目は狙うなよ~」
そんな白いワゴン車の横に黒い大きなバイクが止めてあって、そこに寄りかかった男の人が煙草を吸いながら修二君に声をかけた。
「え~、玉に言ってよ」
修二君は楽しそうに鉄砲を連射している。
「ガキ! 調子に乗ってると、殴るぞ!!」
そんな修二君に、3人のうちの1人が野太い声で怒鳴った。黒い髪を刈りこんで、岩の様にごつごつした顔で、太い眉毛に細い目、大きな鼻に大きな口、3人の中で一番大きな体をしていて… 青いチェック柄のシャツを着ていた。
「バーカ! そんな恰好で、殴れるかよ」
修二君は馬鹿にしたように笑って、ズボンのポケットから玉を出して鉄砲に補充した。
「勇一様、あの人、車がガタガタした時に、私を庇ってくれた人です。あと、声を聞けば分かるんですけど、もう一人、私を庇ってくれた人が居ます」
酷い事を言っていた人が、身を
「… 後で、話しを聞こう」
勇一さんの声に重なって、パトカーと救急車のサイレンが聞こえて来た。