海の国は、とても戒律が厳しい国だ。海に面している土地が多い為、厳しい規則を作っておかねば、人が勝手に出て行く。入ってくる分には簡単に守りができたが、出て行く分に関しては戻ってこない。
それに気づいた国は、厳しくすることで国を守ることにしたのだ。国から持ち出さないこと、国から出ることは基本的にできないこと。その為に一等航海士率いる海軍は、かなりの強さを誇っている。
多くを海から受けている国であるが、彼らにとって大事なことはそんなことではない。出て行く者を管理し、減らないようにすることが最も大事であると考えられている。だから、国民は旅を知らない。出て行きたければ、海軍にでもならなければ、外を知ることはない。外を知らないから、外へ行くことも考えない―――
レンカは、この国のことを知っていた。それは彼の立場があって知ることができたことだ。しかし、一般市民にまでこんなに厳しくしているとは思わなかった。砂しかない国で生まれた自分にとって、外へ出なければ死んでしまうことを意味するのに、と思う。砂の国でできる物資は少なく、物流を管理しなければ生きていけない。国民を飢えさせない為に、国王は愛想よくする。そして、裏で見えないように処理をするのだ。
「だが、海の民とは海にいるのではないか?」
「はい。海の民は、実のところこの国の人間とは少し違う血筋なんです。孤島に住まうと聞いていますが、そもそもそこは神様の島。本当に海の民がいるのか、俺は知りません」
「そうなのか……しかし、花は」
「はい、花は時期になれば流れてきます。それを辿れば島に行きつくという伝説ですが、行きついた先にあるのも結局はただの孤島ですからね。漁師は魚と一緒に海の花が手に入れば御の字、と思っているくらいですよ」
外へ出ない教育は徹底されているようだ。青年でさえ、海へ出ない。その孤島へ行けば、もっと花が手に入り、金が稼げるとは思わないか。それとも、それすら思わないくらいにされているのか。それすら思わないように、飼い慣らされてしまっているのか。
しかし、クイードはかつて一等航海士であったという。一等航海士ならば、外を知っている。海も何もかもを見てきたはずだ。そんな父親は、息子に何も語らなかったのだろうか。
「海の花は高く売れます。俺はまだ見たことがありませんけど」
「そうか」
「高値で売り買いされることは知っています。いい薬ができるとのことですからね。それに、海の花を見つけると幸運になると聞きます」
そんなおとぎ話は知っているのに、外の世界を知らない。どうしてそんなに知らないのだ、とレンカは不思議に思う。
どんなに情報を遮っても、難しいことは多い。特に若さゆえに知りたいことは多いはず。何がどうなっているのだ、この国は。
「お前、本当に外の世界を知らないのかぁ?」
「知りません。このあたりの者はみんなそうですよ」
「そうなんか。でもまあ、それで幸せならいいけどよ」
アシュランの不作法な言葉は、あまりセインを動かす動機にはならないようだ。彼のような者ばかりが本当にたくさんいるのだろうか。レンカは彼の表情から読み取ろうとしたが、できない。それは彼が本心を口にしているから、なのか。
3人は、多くの買い物をして、多くの荷物を持った。セインは、アシュランだけでなくレンカも易々と大荷物を持ってしまっているので、正直驚いている。彼らは護衛をしながら旅をしているだけあって、とても強いのだ。
「この国の国花選定師は、どのような人なのだ」
果物を買ったあたりで、レンカが尋ねてきた。セインはそうですね、と言って説明をする。
「なんでも、海の民の出身なのだとか」
「海の民の……」
「詳しいことは分かりません。海の花と一緒に海に流れてきた、という伝説の国花選定師です」
「国花選定師は世襲制だと思うが……」
メインは母から。スイレンは祖母から。その血族から能力の高い者が選ばれるか、知識を引き継いでいくことで国花選定師になることができる。この国の伝説のように、海から流れてきた存在が国花選定師になることはない。
しかし、とレンカは思う。
「……もしや、一定の時期になると赤子が流れてくるのか?」
「あ、それは……その、詳しいことは分からないのですが、そういう話も聞いたことがあります。だから特に後継ぎで困ることもない、と」
「不思議な話だ。ではその神の島には一定の人間が住んでいるのだろうか」
神の花が咲く孤島。誰も近づけぬ場所。そこから一定の期間で流れ着く赤子。それを国花選定師にする国。自分の国にも暗い部分はあったものの、この海の国もとても不思議なものだ。
まず、国花選定師はとても重要な人物である。メインやスイレンのように女性が選ばれることが多い印象はあるが、少ないながらに男性もいると聞く。レンカは姉が国花選定師であり、その家系であったので幼い頃から、その存在や仕事を見ることができた。
だが、普段はそんなことはできないのだ。普通の民でなくとも、王宮で勤めていても、軍に居ても、国花選定師と関わることは、滅多にない。それだけ国花選定師は重要であり、国にとって隠してでも大事にしたい存在なのだ。
それを、海に流すとはどういうことなのか。
「今の国花選定師は、国中の薬品づくりに従事しておられ、とてもよいお方だと聞いています。俺なんかが見れる相手ではありませんけどね」
「……薬品、ということは薬以外のものも作っているのか」
「ええ。消毒液や洗剤、塗料など、そのあたりも得意のようです。それらは大量生産されて、売買されていますけど」
「植物は育てていないのか?」
本来の国花選定師をレンカは知っている。国の為に重要な植物の生命維持や種子の確保、品種の改良なども行う。メインは品種改良や新種の発見などの研究が得意で、スイレンは種子の確保や環境の維持が得意だった。
この国の国花選定師とは何か違うような気がする、と思ってしまう。
「育てていない、と聞いたことはありません。ですが、国花選定師とはそういったことをされる方なのではないですか?」
セインの目は、真実しか語っていない。もしかすると、これすらも情報操作されているのではないか、とレンカは思う。
メインやスイレンとは違う国花選定師。国が違えば、やり方や考え方も違うだろう。しかし『違いすぎる』というのも、何かおかしい気がした。
「アシュラン、メイン様と一緒に早めに海に出た方がいいかもしれないな」
「んー、そうだな」
セインが野菜屋の店主と話をしている後ろで、レンカはアシュランに問いかける。
「国花選定師は、まずは国の植物の維持をする。それから研究などを繰り返し、薬を作ることへ特化していくのだ。薬品づくりを多く手掛けることはあまりない」
「あー、それ。気になったわ、俺も」
「嫌な予感がする。砂の国が花に魔力を持たせたがっていた。それはどこからか危機感を感じていたと言える。そして隣国では薬品づくりが盛んだとなれば……」
そこに、何が起きるのか。レンカはすぐに想像がついた。それは水面下で起きている『戦争』だ。相手の国に無理に侵略しなくとも、そうやって『薬品』を使って行う争いは、被害が大きい。
「通行証で、すでにメイン様の入国は知れているはず。それなのに、ここに誰も来ない、というのもおかしい」
「……もう、来てるんじゃないのか?」
「……それは」
クイードは一等航海士。元一等航海士であっても、国に従っていたことは事実だ。まさかあの人当たりのいい男が、と思った時、レンカはメインが危険なのではないか、と思った。
「アシュラン、俺たちはどれくらいメイン様から離れた?」
「時間も距離も、そこそこだなぁ。面倒臭ぇ」
「急いで戻るぞ!」
「はいはいっと」
2人は、楽しそうに店の店主と話をするセインの首根っこを掴み、急いできた道を戻るのだった。