馬車が『エステル学院』に到着した。
僕とエディットは緑の広大な敷地に囲まれた、まるでお城のような建造物の前に立っていた。
「こ、これが『エステル学院』……?」
日本ではまず見かけることは無い光景に、思わず目を見張ってしまう。
「はい……そうですけど?」
不思議そうに首を傾げて僕を見るエディット。
「信じられないな……」
何て言うことだ。
まるでドイツの城のような建物じゃないか。
そうだ。
この学院は、中世ヨーロッパ貴族のオタクだった妹に写真で見せて貰ったことのあるノルトキルヒェン宮殿によく似ている。
こんな建造物を目にした日には妹なら感動のあまり、きっと手を合わせて拝んでいたことだろう。
思わず言葉を無くして見つめていると、登校してきた学生たちが次々と僕たちを追い越して校舎の中に吸い込まれていく。
お城のような建物に、ちょっとしたコスプレ? のような制服を着用した学生たち。
まるで映画のような光景だ。
「すごい眺めだ……」
思わずポツリと呟くとエディットが躊躇いがちに声をかけてきた。
「あの……アドルフ様」
「あ、何かな?」
「中に入らないのですか? 後15分で朝礼が始まりますよ?」
「ほ、本当に? それは大変だ……急ごう! エディット!」
「え!?」
慌てて、空いてる手でエディットの左手を握りしめて校舎へ入ろうとした時‥‥僕は肝心なことに気付いて彼女を振り返った。
「あの……エディット」
「な、何でしょうか?」
赤い顔で僕を見上げるエディット。
「悪いけど……教室まで案内してもらえないかな……?」
学院に到着すれば、何かしら記憶が戻るかとばかり思っていたのに……結局何一つ、僕は思い出すことが出来なかったのだ――
****
「この教室がアドルフ様の教室ですよ」
エディットに連れてきて貰った場所は南棟の3階にある教室だった。
真っ白な壁に高い天井。
ダークブラウンの木材の床はツルツルに磨き上げられている。
外見は愚か、内部もとても重厚そうな造りだった。
「ありがとう、それに……ごめんね。教室を通り越してここまで案内してくれて」
Aクラスのエディットは自分の教室を通り越して、Cクラスの僕の教室まで連れて来てくれたのだ。
「いえ、これくらいのことはどうぞお気になさらないで下さい。そ、それであの……アドルフ様。帰りのことですけど……」
エディットが声をかけてきた矢先――
「おはよう! へ~。お前がエディットと一緒に登校してくるなんて初めてじゃないか?」
背後からどこかで聞いたことがある声に驚いて振り向くと、ニヤニヤした笑みを浮かべたブラッドリーが立っていた。
「え? ブラッドリー。ひょっとして、僕と同じクラスだったのかい?」
「おい……お前なぁ。本っ気でそんなこと聞いているのかよ?」
「勿論じゃないか。こんなこと冗談で言うはず無いだろう?」
「そうかい? ああ、確かに俺とお前は同じクラスだよ」
呆れたように僕を見るブラッドリー。だけど、これで一気に不安は解決だ。
「良かった! ブラッドリー。君が同じクラスで嬉しいよ」
「何だよ、変な言い方するなよ。それそんな風に笑ったりして気味の悪い奴だな。ところでエディット。何かこいつに話があったんじゃないのか?」
ブラッドリーの言葉に、僕は一瞬エディットの存在を忘れていたことに気付いた。
「あ! ご、ごめんエディット! ありがとう。もう教室に戻っても大丈…‥え?」
慌てて振り向くと、何故かエディットは酷く傷ついたような悲し気な顔で僕を見つめている。
え……?
「エディット……? どうかしたのかい?」
マズイぞ。
ひょっとして僕は無意識のまま何かエディットを傷つけるようなことをしてしまったのだろうか?
するとエディットは一瞬俯き、次に顔を上げた時には笑顔に戻っていた。
「いいえ、何でもありません。それでは私も自分の教室へ行きますね。失礼します」
「え? う、うん。ありがとう」
返事をすると、エディットはくるりと背を向けて自分の教室に小走りで戻って行った。
「エディット……」
気のせいか、エディットの背中はどこか寂し気に見えた。
「おい、何してるんだアドルフ。早く教室へ入ろうぜ」
「あ、ああ。入るよ」
仕方ない……。
今日の帰りにでもまた、エディットに今のことを尋ねてみよう。
僕はブラッドリーの背中を追うように、自分の教室へと入って行った。
そしてこの日……予想外の出来事が起こり、僕は驚愕することになる――