腐敗の王のアジト。
地下室の物置部屋の中で、白金と化座は二人で話し合っていた。
ワー・ウルフ事件に関して、ファイルを見直す事にした。
『特殊犯罪捜査課』が作り出したファイルだ。
ブラッディ・メリー化座は、次の犯行を行う事を計画している。
彼女は自分のスリルを伴う衝動を押さえられない。
それは、白金にも話してある事だ。
白金はワー・ウルフ事件のファイルを見直していた。
ファイルの中には、牙口令谷のページがある。
当時、十六歳の牙口令谷の顔写真が貼り付けられている。
そして、彼の両親。
彼の親友である同級生、幼馴染である少年・彼方。
満月の日に犯行が行われており、被害者は満月の日が終わってから発見される事も多い。
見つかっているだけでも、ワー・ウルフが起こした事件で発覚している数は、先日の事件も合わせて、十九件。その唯一の生き残りが彼方という少年だ。
牙口令谷の事件の後も、ワー・ウルフは事件を起こしている。
ぱったりと。
ワー・ウルフ事件は、三年前で終わっている。
それまで、毎回、満月の夜には犯行を行い、その夜のうちか、満月の夜が終わった次の日か、何日か後に死体が見つかっている。
何があったのだろうか?
白金は首を傾げる。
その後。
化座のブラッディ・メリー事件が二年前だ。
化座は、かなり複雑な表情をしていた。
二件の連続一家惨殺事件は、当時、それなりにはニュースで報道された。
ワー・ウルフとブラッディ・メリー。
そして、スワンソング。
主に、この連続殺人犯達は、犯人が捕まっていない事件として、世間を震撼させ続けている。
「牙口令谷君は、一体、何者なんだ?」
スワンソングこと、白金朔は、ファイルを読み漁りながら考えを巡らせていた。
四年前の九月の満月の日に、令谷の両親は殺害されている。
四年前の十二月の満月の日に、彼方の両親は殺害され、彼方は廃人となって生き残っている。
それからも、一年近くワー・ウルフの犯行は続いている。
戦後最悪の凶悪事件として、歴史に名を刻んでいる。
スワンソングは、令谷と彼方の事について考えていた。
廃人になる前の彼方は活発な少年で、令谷は、内気な少年だったとファイルには記載されている。そして、彼方は両親を失った令谷を励まして、絶対にワー・ウルフを捕まえたいと言っていたと。
三か月後。
彼方はワー・ウルフに襲撃された。
当時、高校一年生だった令谷には、深い傷跡が残った筈だ。
両親を失い、三ヵ月間も励まし続けてくれた親友をボロクズのようにされた…………。
「ワー・ウルフの標的選びが分からないわね。ネクロマンサー葉月のプロファイルによると“ワー・ウルフのやっている事は、犠牲者を神へと近付ける為”と。私なんかに言われたくないだろうけど、頭がイカれているとしか思えないわ」
吸血鬼ブラッディ・メリー化座も、ファイルのコピーに目を通していた。
被害者の接点は何か無いか。
満月の夜の異常者ワー・ウルフは、三年前まで、満月の度に、犯行を行っていた。
満月は月に一度はある。望月とも呼ばれる。
大体、月後半に満月が訪れる。
10月の満月は月の暮れ頃だった。
11月も同じくらいに満月が訪れる。
11月になって、ワー・ウルフによって切り裂き魔・聖世が犯行を重ね始めた。
切り裂き魔は三週間程度で特定され、スワンソングの手で殺害した。
切り裂き魔はやり過ぎた。
週に二回は殺し、三週目に一人殺害している。
聖世は焦っていた。
歯止めが効かなくなったというよりも、事件後、発覚した、彼のパソコンに記されていたメモ帳の中には、ワー・ウルフへの賛美の文章が書き殴られ、ワー・ウルフの犯行をモチーフにした猟奇的なイラストが見つかった。
次の満月まで、後、数日だ。
もう、十一月は終わる。
ワー・ウルフはまた何処かで、人を殺害しているのだろうか。
始めの犯行から遡ってみる。
2016年の一月が、ワー・ウルフの初めての犯行だ。
2016年の八月までに、満月の夜に、一人ずつ殺害している。
九月。
初めて、ワー・ウルフが複数名を殺害した事件。
令谷の両親が殺害された。結婚記念日の帰宅途中に何者かによって、連れ去られたのだ。
当時、令谷は学校に居場所が無く、一人夜の街を彷徨い非行に走っていた。
この時。殺害した人間の数は10名。
もし、ワー・ウルフの殺害ルールが“満月の夜に一人だけ”というものがあったのだとしたら、そのルールから外れた事になる。
「四年前なら、私は二十二歳か。あの頃から水商売を転々としていたなあ……」
化座は独り言を口にする。
「で。二十四歳の時。私は俗に言う『ブラッディ・メリー事件』を引き起こした」
「僕は、二十三歳です。2015年の春。僕は、五年前。ミュージシャンのライカを殺した。ワー・ウルフよりも、先輩、という事になりますね」
「貴方の“アーティスト殺し”がワー・ウルフに影響を与えた可能性は?」
「…………。分からない……………………」
白金はかなり落ち込んだ暗い顔になる。
「一応、聞いておくけど、責任を感じている?」
「もし、僕の影響なら首を括りたい処だ。この事件は、本当に、酷過ぎる…………、…………」
この国で、最初に『コードネーム』『通称』『通り名』を作った連続殺人犯は、まさに『スワンソング』だと言われている。もっとも、当時は“添削屋”と名乗っていたのだが。後から、マスコミ関係者がスワンソングと呼び、腐敗の王もそう呼び、白金はその名前を受け入れた。
それから、ワー・ウルフ、ブラッディ・メリー、ドール・ハウスなどが現れていった。まるで、外国の連続殺人犯の見出しのような流れが出来た。
更に言えば、腐敗の王、エンジェル・メーカー、ヘイトレッド・シーン・菅原の犯行は表沙汰にされていない。腐敗の王は、明らかな異能で人を殺害している為に報道規制が徹底して敷かれ、空杭と菅原は、そもそも、世間に、犯行が明らかになっていない。彼らの犯行の犠牲者は、失踪者として記録されている。
「責任を感じる?」
化座は白金に訊ねる。
現在。スワンソング、ブラッディ・メリー、そしてワー・ウルフ以外の連続殺人犯は、みな、警察に逮捕されるか、死亡している。あくまで、報道されている者達の中でだが。
白金は深く溜め息を吐く。
標的を殺害した罪悪感は無いが、模範犯を生み出してしまったとしたら、責任は感じてしまう……。
白金は、ワー・ウルフの分析に思考を戻す事にした。
ワー・ウルフの犯行は、2017年の六月まで続いている。
当時は、警察が発狂していたと聞いている。
世の中は混乱に満ちていた。
七月以降は、ぱったりと止んだ。
一人ずつ殺していたが、2017年の一月。被害者三名と食事をしていた形跡があった。その件に関して、葉月がプロファイルを行っている。四月にも二名同時に殺害している。
発覚している犠牲者の数は、二十四名。
未だに犯人は捕まっていない。
ワー・ウルフに関しては、外国から調査機関が乗り込んできて、検挙しようとしたが、結局、捕まえられなかったらしい。それ以来、日本国の事は日本人が解決しろ、といった態度を各国は主張している。米国ならFBIか。ワー・ウルフは唯一、FBIまで派遣させた、日本のシリアルキラーだ。
何故、ワー・ウルフが犯行を止めたのかは、分からない。
腐敗の王いわく、ワー・ウルフの正体は警察の官僚か、政治家か、その辺りを疑っていると言っている。
……死体を晒さなくなっただけで、今も何処かで満月の夜に被害者を増やし続けているだろう。
「でも。私の方が殺しているかも。私は数十人くらい解剖してバラバラにしているわ」
吸血鬼・化座は冷たく言い放つ。
「朔。なんで、罪の意識を持つの? 貴方は正常なの? 違うでしょう? ネクロマンサーだって、貴方より殺している」
「分からない。僕はどうしたいのか…………」
「この国はシリアルキラーが増え過ぎたわね」
そういう化座の表情は、何処までも冷たかった。
「何にしても、次の満月まで、もうすぐ。ワー・ウルフは被害者の死体を晒すのか」
白金は暗い表情をしていた。
「令谷の親友である、彼方が何か知っているかもしれない」
化座は、ふと、呟いた。
「ワー・ウルフの正体を知っているかも。でも、口を閉ざしている」
「令谷なら、それくらい考えて、知っている筈だ。…………、いや…………」
あるいは、もしかすると、牙口令谷は、もうワー・ウルフの正体に迫りつつあるのか?
「それは無いわ。だって、令谷は、執念と復讐心で異能者のシリアルキラーを追い続けているわけでしょ? 本当に手掛かりを何一つ掴んで無い筈」
白金の考えている事を読み当てて、化座は話す。
「三、四年前の全国の警察が、FBIなども巻き込んで、日本全国中を捜査したんだ。けれども、捕まっていない。警視庁のみならず、『特殊犯罪捜査課』が散々、捜査した事件だ。僕達が正体を探って、今更、何が出てくるのか…………」
「糸口はある筈。…………」
白金も、おそらくは、ネクロマンサーの方も、自分達が殺人犯であり、自分達が同じ立場に置かれていたら、どのような事をするのか、といった、思考で犯人像を分析して、犯人を特定していった。
だが、ワー・ウルフの犯人像をイメージする事が出来ない。
特殊犯罪捜査課のファイルによると、葉月の方もワー・ウルフ事件のプロファイルを行っていて、途中で止めてしまったらしい。
化座はLINEを返していた。
「水商売での客?」
「いや。もうやっていない。LINEもアカウント変えたし。ドール・ハウス事件の子供達の一人。会話相手になっているの、朔ちゃんは?」
「ああ。僕もその子達とは、LINEをしている」
「そもそも、LINEグループ。十名で作成したじゃない? たまには顔出してよね」
ワー・ウルフは日本全国の警察が躍起になって探しても見つからなかった殺人犯だ。
だが。
スワンソング、ブラッディ・メリーだって、同じだ。
証拠を全て消し去っていき、犯行を重ねている。
自分達ならば…………。
ワー・ウルフに辿り着く事が可能なんじゃないのか?
「ねえ。思ったんだけど」
化座は思考を巡らせていた。
ワー・ウルフが何を目的としているのか。
ワー・ウルフが何をしたがっているのか。
「人間を“別のものへと変えたい”のだとしたら、彼好みの作品となった人間を置いておくと思うのよね」
「沢山の人間が住める場所があると?」
「そうかもしれないわね」
ファイルを整理している部屋の中に、一人の人物が入ってくる。
四十代の髭面の男だった。
菅原剛真。
腐敗の王のメンバーの一人。スナイパーだ。
「おい。化座、白金っ~。俺に何か手伝える事はあるか?」
菅原は少し顔を赤らめて、伸ばした顎髭に触れる。
「何~? スガー。私達の、恋路を邪魔にしようとしているのかなー? それとも、サクちゃんに対する、嫉妬で狂いそうー?」
化座は挑発的に、菅原を睨む。
「そんなんじゃねぇよ」
部屋の隅に置かれているパイプ椅子に座る。
そして、携帯灰皿を取り出して、煙草を吸い始める。
「テメェらの手助けをしたいっつってんだよ。俺達は仲間だろ?」
菅原はニヒリスティックな顔付きだが、少し純朴そうに二人の顔を交互に見る。
「おい、白金。……いや、朔。俺達はみんなチームだ。テメェには、少し悔しいが、俺はお前を認めているんだぜ。“同じ男としてな”」
そう言って、少し格好付けた様子で菅原は言う。
「いや。菅原、私、貴方のそういう処が、かなりキモいと思っているんだけど」
化座は淡々と辛辣に言い放った。
言われて、菅原はハードボイルドに生きる男としてのプライドを露骨に嘲笑されて、全身を震わせる。
「男として認めるんじゃなくて、仲間として認める、って、言い方をなんで出来ないの?」
化座は更に追いうちを掛けた。
菅原は何とも、情けなさそうな顔をする。
「ヤクザだかの男性社会のマッチョな考えを持ち込むな。私は貴方の浅はかな考えが手に取るように分かる。みっともないから、言葉選びは考えた方がいいわよ!」
化座には、口で敵わない。
ついでに、以前、菅原は近接戦において、化座相手に完全敗北をしてしまっている。
裏社会で頂点の殺し屋とまで恐れられる菅原だが、ブラッディ・メリーの前では、タダの空回りしたニヒルなマッチョな俗物の中年男性でしかなかった。銀座のホステスや、新宿のキャバ嬢に頻繁に絡んでは、頻繁に痛い客として、よく着信拒否をされたり、LINEもブロックされるような男だ。それが菅原だ。
……もっとも、銃を持った時の、彼の評価はまるで180度変わるのだが。
化座は、彼にフォローを入れる事にした。
朔も、チームの調和がこれ以上、乱れる事の望んでいないだろう。
「だけど、菅原。私は貴方を大切な仲間だと思っている。貴方も、そうでしょう? 朔ちゃんにも、そう言ってくれた。だから、私は貴方の事を信頼している」
「僕も、貴方ともっと仲良くなりたいです」
白金も柔和な顔で言った。
壁際で煙草を吸っている菅原は、明らかに嬉しそうだった。