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星槻氷歌。

2020年 12月。


 氷歌は連続殺人犯として秘密裏に行動し、腐敗の王の“隠し玉”として動いていた。正確には元々の王の正式メンバーは空杭と氷歌だけだった。『ヘイトレッド・シーン』、凄腕スナイパーの菅原剛真と王は元々、知り合いだったのだが、菅原は暴力団組織の裏の世界にずっと嫌気が差してきて、完全に腐敗の王に協力する姿勢を示したのは、今年の春か夏頃らしい。


 少なくとも、王は、氷歌をグループの他の者達に会わせてくれない。

 スワンソングと会うのは気まずいだろうと言うのだが、氷歌はまるで気にしていない。もっとも、向こうの方が気まずく感じるだろう、との事なのだが……。


「面白くないなあ。何故、私を冷遇する?」

 自宅のソファーに座りながら、氷歌はTVのワイドショーを見ていた。

 たまにニュースをチェックすると、王の仲間達の事件のニュースが流れる。最近はワー・ウルフの事件。スワンソングがワー・ウルフに挑戦状を送った事が話題になった。


 ……自分もそろそろ、TV出演してみたい。自分の作品をTVで取り上げて欲しいものだ。


 氷歌はタイミングを見計らっている。

 既に殺害した人間は三名。

 行方不明扱いされていた。


 壁には凶器となる日本刀が立て掛けられていた。

 クーラー・ボックスや冷蔵庫の中には、犠牲者の身体の一部が入っている。


 もうすぐ、クリスマスが近い。

 クリスマスに相応しいデコレーションをしようと、考えている。

 一年前に最初の犠牲者と次の犠牲者は、殺害した。けれども。


 一年前。氷歌の事件は報道規制が敷かれた。

 タイミングが悪かった。

 当時、芸能人の不祥事などが多く、他にも与党政治家の息子だかが秘書の女性に性的暴行を行っただかで話題になった。世間はマスコミへのバッシングも多くなった。また、有名官僚が自動車事故を引き起こしたという話もあった。


 マスコミは報道を慎重にならざるを得なかった。

 結局、氷歌の事件は警視庁のデータベースには載っているが、ささやかに、YouTuberをしている男性。死亡。ファンからの怨恨説か? といった、小さな見出しだった。事件が猟奇的なものであった事までは報道されていない。


「でもまあ。今回は無名のYouTuberじゃなくて、俳優だ。私の名が響き渡るな」

 そう言いながら、氷歌は満足そうに冷蔵庫を眺めていた。


 氷歌はシガレット・ケースから煙草を取り出し吸う。

 ジッポで火を点ける。


 壁には腐敗の王から貰ったものが、沢山、飾られている。

 その一つに眼をやる。


 それは黄金色に輝く紅いドラゴンだった。

 北欧神話に登場する黄金を独り占めする竜。『ファーヴニル』をモチーフにした絵らしい。


「それにしても。女にお揃いの絵画をプレゼントする男なんて聞いた事無いな」

 氷歌は腐敗の王が好きだった。

 付き合った男は何人もいたが、所詮、愛情など無く身体だけの関係でしかなかった。


 腐敗の王は、今まで会ったどんな男よりも魅力的だった。

 初めて恋愛感情というものを抱いたのかもしれない。


「あんたの心を私は支配してやりたいな。……何故、私と恋人にならなかった。一年前は何度も、身体を重ねてくれた……。だが、私との関係を切ったのは。何が“組織を作る上で、規律を作りたい。トップが一人の部下を優遇しては体裁が悪い”だ。大企業の社長とかも、秘書とか愛人にしてるってーの」

 彼は、何かズレている。

 妙な部分で真面目というか、思考が変だ。


 氷歌は一年前、腐敗の王と恋人同士だった。

 彼から色々なものを教えて貰った。

 だが、組織を作る上で、彼は氷歌を遠ざけた。


 今は、スワンソング、ブラッディ・メリーなどの新参にばかり構っている。彼らに自分の存在を明かしていない。


 氷歌から見れば、腐敗の王は、行き当たりばっかりだ。

 少なくとも、一年くらい前の当初は、明確な目的を持っていなかった。

 だが。ギャラリーを作りたい、と考え始めたのは、エンジェル・メーカー空杭の作品を見ていくうちに考えた事だ。それも知っている。


 ニュースで有名なサイコキラーとして、スワンソングとブラッディ・メリーを仲間に入れる事を望んでいた事も聞かされていた。腐敗の王は、警察内部のコンピューターをハッキングし続けていたので、両者の犯行現場の映像、写真なども入手して、氷歌に頻繁に見せていた。


 最近では、ネクロマンサーと呼ばれている二十歳前後の少女を仲間に引き込んだらしい。

 後は、ワー・ウルフを仲間にしたがっている。


「まあいい。私は私のやりたい事をやる。私の何も無い人生を栄光に満ちたものに変えてやる」


 そう言うと、氷歌は流行のポップソングを鼻歌で歌いながら、冷蔵庫の中身をクーラー・ボックスの中に入れる。

 そして、飾り付けの入ったバッグを手にする。

 彼女は、ナポレオンジャケットを身に付けて、日本刀を竹刀袋に収納すると、部屋を出ていった。



 ……………………。

 都会の闇に紛れ、満月の夜に必ず犯行を起こす犯罪者『ワー・ウルフ』。


 星槻氷歌はボイス・チェンジャーを付けて、新宿警察署に電話を入れていた。


「あの。その、私、連続殺人犯『アンダイイング』なんだけど。……あ、これ、悪戯電話じゃなくて、その、今、西新宿から少し離れた通りのビルで場所は…………」

 氷歌は混乱していた。


 雑居ビルの中だった。

 此処は、焼き肉屋をやっていた場所だが、経営難で潰れて無人の場所となっている。設備品などは全て引っ越し業者などの手によって片付けられていた。


 氷歌は混乱していた。

 自分の動向を知る者がいる。

 ……泳がされているのか…………?


 死体が三体あった。

 一体は氷歌が運んできた。

 既に、解体された臓器は、コーディネートを付けて、飾り立てた。

 小腸。大腸。胃。膵臓。心臓。肺。

 それらに、宝石やフリル、レースを付けて、部屋の中に吊り下げた。

 後は、被害者が誰か分かるように、薔薇の造花で飾り付けた男性俳優の頭部を置いた。


 氷歌はその作業をしながらも、背後をちらちら、と見る。


 …………。……………………。

 別の殺人犯が、既に、この場所に訪れており、死体が二体あった。

 若い女が二人。


 頭蓋骨を開かれて、中身が露出している。

 防腐処理が施されており、死後、どれくらい経過しているのか分からない。


 状況から見て、ワー・ウルフの犯行だ。

 …………、もっとも、模範犯の可能性も高いが。


 氷歌は煙草を吸おうとして、すぐに自身の痕跡を残す事に気付き、煙草の箱をポケットに仕舞う。


「なんなんだ? 私は追跡されている? 警察じゃない? ワー・ウルフか、その模範犯に? ……とにかく、王にも連絡を入れないと…………」

 そう一人呟くと、彼女は三体の死体を後にして廃屋となった場所を出ていった。


 自分が殺害した分の男性俳優の死体の頭部には、紙を加えさせていた。

『アンダイイング Undying』と。英語のスペルで。

 こちらは自分の作品だと主張する為に。

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