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冬の夜の闇の中。

 ある、カルト教団のメンバーが事件を起こした。

 事件は十数年前にさかのぼる。


 当時、刑事や鑑識が揃って犯行状況に対して困惑していた。

 被害者は妊婦だ。

 腹を裂かれて、胎児を取り出されている。

 犯人は妊婦の腹に自らの頭部を突っ込んだ形跡がある。


 犯行現場から検出されたのは、マンドリルの毛とDNAだった。


「犯人は猿ってわけかあ? あれか。小説家のポーの『モルグ街の殺人』かよ……」

 当時、二十代前半だった崎原は、その事件に関わっていて愕然としていた。



 刑事課は各県を跨いで『ベリード・アライブ』事件に関して、事件の全貌の調査を行っていた。結局、樹海からは二十七名の被害者の遺体。そして山の中の捜索にあたった十二名の警官達が餓死して、野犬や鳥、虫などに喰い散らかされた遺体で見つかった。二十七名の遺体は激しく損壊し、互いを喰い合った形跡があった。……それらの遺体が死後“共喰い”を行ったという事で検視官、解剖医達を悩ませる事になった。


 葉月は何処吹く風といった雰囲気だった。


「聖世孤志が最後の殺人を犯そうとする直前に、メールのやり取りをしていた人間の正体が分かった。聞いて驚くなよ?」

 崎原は仰々しそうに言った。


「誰?」

 葉月は余り興味無さそうに訊ねる。


「なんと、刑事課の柳場だっ! 奴が捜査線上に上がったっ! 嫌味ったらしくエリートぶった男の裏の顔を俺達は知る事になったんだなっ!」

 崎原はとても楽しそうな顔をした。

 葉月は人差し指を額に置いて考える。


「…………。誰?」

 葉月は明らかに困惑していた。

「おいおい、誰って、いただろっ! リンブ・コレクター事件の時だよ、嫌味ったらしく、お前にも文句言っていただろっ! 俺は奴には何度も煮え湯を飲まされてだな」

「興味の無い人間は覚えていないわね」

 葉月は本当にどうでも良い、と言った顔をしていた。


「俺は知っているし、覚えているぜ」

 令谷は部屋の片隅でむっつりしながら告げる。


「柳場か。ワー・ウルフと何らかの接点があるのかもしれないな。俺は柳場の調査に乗る」

 令谷は眼付きが豹変していた。

 ようやく、手に入れた手掛かりだ。

 令谷にとって、全ての始まりのシリアルキラーだ。


「ああ。そうそう。葉月。各県の刑事課連中、警視庁上層部が、俺達、特殊犯罪捜査課。というか、葉月、お前に直々に依頼のようなものをしたいんだとよ。まるでお前は、傭兵か殺し屋みたいだぜ。あるいは推理小説の探偵か? お前に解決して欲しい事件があるんだとよ」


「何かしら?」

 葉月は胡乱げに訊ねた。


「カルト教団の起こしている事件だ。『ゴールデン・エイプ』教団。通称『黄金の猿』事件。ネット上ではまことしなやかにカルト教団扱いされていて、公安もマークはしているんだが、尻尾を出さない。何名か刑事達も潜入捜査として団員として潜り込んでいるが、教団の教えに取り込まれて、そのまま狂信者になっちまった奴さえいる。俺が警官になりたての頃、十数年前から、連中は事件を起こしていた。最近、どうも教団の“私物”が盗まれたとかで、騒いでいるらしい。だから、上の連中は、ゴールデン・エイプに対して警戒心を強めている」


「それで、私に何をして欲しい?」


「『ベリード・アライブ』はイカれた妄想狂だった。お前の話いわく、自分で独自の宗教体系を作っていた奴だったそうじゃねぇか。だが『ゴールデン・エイプ』は“宗教団体”だ。そして幾つかの殺人事件、テロ事件の疑いが掛けられている」


「私に何をして欲しいの?」

 葉月は崎原の眼を見据える。

 崎原は少しにやけたように笑う。


「教祖を始末して欲しい、ってのが本音だ。日本は法治国家だが、連中のいる場所は治外法権だよ。教祖を始末して欲しいみたいだぜ。ホント、まるで暗殺の依頼みたいだぜ」


「ふふっ。元々、特殊犯罪捜査課はそういう部署なんじゃないの?」


「まあ。そうとも言えるがなあ」

 崎原は苦笑する。


「じゃあ、私は今日は帰るわ。最近は身体を休めないとね」

 そう言うと、葉月はオフィスを出ていった。


 崎原は椅子を回し、令谷の方に顔を向ける。


「そうだ。令谷。今夜、酒に付き合え。お前、二十歳だろ?」

 崎原はレモン味のキャンディを口にしながら令谷にそんな事を言う。

「別にいいけど。珍しいな」

 令谷は少し面倒臭そうに髪を撫でていた。


「その前に、もう少し話さないか?」

「どこでだ?」

「屋上がいいな。俺は街並みを見ていると気分が良くなるんだ」

 そう、令谷は言った。



 警察署の屋上。


 令谷と崎原は煙草を吸いながら、夕焼けを眺めていた。


「確かなのか? 柳場と切り裂き魔が連絡を取り合っていたという事は」

「ああ。疑いようの無い証拠が、パソコンのメール欄の中から出ている。何かのオフ会で二人は出会ってやりとりしていたみたいだ」

「二人は同じ学校を卒業していたとかは?」

「柳場は四十一歳。聖世は二十八歳。十歳近く違う。もしかすると、クラブやキャバクラなどで知り合って、連絡を取り合っていたのかも」


 崎原は無精髭を反り上げていた。

 彼は意外にも精悍な顔立ちをしている。髪にワックスを付け、身なりを整えれば、美男子に見えない事も無い。


 柳場聡士(やなぎば さとし)。

 崎原は若い頃から彼の事が嫌いだった。

 エリート意識が強く、学歴を傘に来ている。

 だが、彼は本当に切り裂き魔の理解者だったのか?


 よく分からない。

 柳場をどう問い詰めればいいか……。


「俺が行く。崎原さん、俺が奴を問い詰める」

 令谷は執念に満ちた瞳をしていた。


 崎原は大きく溜め息を付く。


「いや。俺も行く。一緒に奴を詰めよう」


 崎原は令谷の事をよく知っている。

 ワー・ウルフの事となると、冷静でいられなくなる。この三年間でよく知っている。



 星槻氷歌が殺害したのは、二十六歳の男性ユーチューバーだった。ファンの数が十万人以上いる。元俳優で、YouTubeの動画内容は、主に料理にタレント業の裏話。旅行といったものだった。今回の殺害は、標的に殺害予告を起こしている。悪戯だと思ったのだろう。警察には連絡していないみたいだった。……それが、彼の人生最期の不運となった。もっとも、氷歌は警察に警備されている中でも、その元俳優を殺害するつもりでいたのだが。


 それにしても、自分が殺害した元俳優のユーチューバーの死体を遺棄し、飾り立てる場所に死体が置かれていたのは何故だ?


「ワー・ウルフは、私か……。いや、腐敗の王達の動向を知っている? こちらの情報を掴んでいる? どうやって?」

 シリアルキラー『アンダイイング』こと、星槻氷歌は、首をひねる。

 腐敗の王やそのグループと同じように、ワー・ウルフも、警察の動向を知っている?


 だが。

 状況からして、氷歌が標的を殺害する前に、殺害した女性二人は死後、随分と経過している。となると、氷歌は、標的の死体を飾り立てるポイントを誘導された、という事になる。どうやって、誘導した?


 腐敗の王…………。

 彼は、ビルの空き室に死体がある事を知っていたのか?

 だが、氷歌が死体を飾る場所は、彼女自身が選んだ。

 ならば、自分のスマートフォンなどがハッキングされているのか……? パソコンは……? 王ならば、その辺りの詳細は詳しい。自分の家の中に盗聴器やカメラの類が仕掛けられているかもしれない。今度、見て貰うしかない…………。



 腐敗の王は、氷歌のスマホ、パソコン。そして、部屋の中から盗聴器、監視カメラの類を探す。そして、首を横に振った。


「何も無い。だが、協力者からLINEのメッセージが入っている」

 王は、氷歌の顔を見据える。

「どういう事?」

「『ネクロマンサー』とやり取りしている。奴は『特殊犯罪捜査課』のメンバーであると同時に、我々のメンバーである事を承諾している。もっとも、今は別の事件の解決の為に“警察の駒”として動く事をしているがな」


<これは“寄せ餌”だ>

 LINEのメッセージ相手は写真を見て、そう告げていた。


<具体的に、何かは分からないけど、シリアルキラーを引き付ける立件。立地だとか、何となく雰囲気だとか。つまり、そういう条件が整っている。心当たりは?>


「罠、ってわけか」


<いや。多分“自分の方が優れている”と言いたいだけだと思う。少なくとも、今は>


 もうすぐクリスマスが近い。

 街中では、クリスマスのイルミネーションが飾られている。

 新宿のとある地区には、そのイルミネーションがでかでかと飾られていた。

 そのイルミネーションを高みから見下ろしながら、死体を飾れる場所…………。エンジェル・メーカーも、ブラッディ・メリーも死体を飾る…………。あの雑居ビルの空き部屋は、ちょうど良い位置にあった。


「成程…………。私はその“ネズミ捕り”に引っ掛かったってわけか」

 氷歌は煙草をくわえて、火を点ける。

「良かったな。警察のアイデアなら、お前は捕まっている」

「ふん。とんだ失態。物凄くプライドが傷付くな」

 氷歌は露骨に怒りを露わにしていた。


「同じ異常者だから、同じ思考に辿り着くだろう、って考えか。王、犯人はワー・ウルフ本人、それとも、模範犯だと思う?」

「模範犯だろうな。ネクロマンサーも俺と同じ見解を示している」

 腐敗の王はスマートフォンをポケットに仕舞った。


「処で、王。せっかく、だから、今日、私の家に泊まっていかない?」

 氷歌は腐敗の王に訊ねる。


 王は、少しの間、黙っていた後、首を横に振る。


「俺は、お前とは関係性を変えた筈だがな」


「…………。愛している。腐敗の王。何故、昔みたいに私を抱いてくれないの? 色々な男と付き合って、身体を重ねたけど、私は貴方だけを好きになれた。初めてなの……、恋愛感情なんてものを抱くなんて…………」

 氷歌は悲しそうな顔をしていた。


「お前と性的な関係性を持ったのは完全な失敗だ。組織を運営していく上でな。一年前の当時は、俺は組織を作ろうと考えていなかった。俺は空杭の保護者で、ビジネスのコネで、菅原という裏稼業の殺し屋の知り合いがいるだけだった。だが、今、俺は組織の運営を考えて、メンバーを増やしていっている」


「だから、私との恋人関係は、無かった事にしろ、ってわけ? ふざけるなよ! 私は、貴方に認められたくて、サイコキラーになったんだ」

 氷歌は壁を拳で殴り付ける。


「俺達のグループにはスワンソングがいる。スワンソングはお前の双子の妹を殺害している」

「だから何? 私は灯花をずっと妬んで恨んでいた。死ねばいいと思っていた。私は妹の影に隠れて、誰も好きじゃない、何者にもなれない孤独な人生を生きていた。スワンソングには感謝している。私は、何者かになる事が出来た、スワンソングと、そして他ならない貴方の手によって…………、もっとも、世間の人達から忌み嫌われる、猟奇的な行動を行う、連続殺人犯っていう存在としてだけど」

 氷歌は、壁に飾られている、宝石を飾り付けた臓器の標本を指差す。

 彼女が殺害して解体した人間で作り上げたものだ。


「私は人間を解剖する『ブラッディ・メリー』と人間を剥製にする『エンジェル・メーカー』を目指した。だから“こんなサイコな事をしている。貴方が喜ぶから”。そして『スワンソング』を意識して、有名人を標的にしている。貴方の望んだ女になれた筈だ。貴方は、もはや、私の救いで、私の生きる意味なんだ」


「俺はカルト教祖になるべきだろうが。駄目だな……。俺は教祖どころか、リーダーとしての資質も無い。『アンダイイング』、まだ、グループにお前の席を用意出来ない。晩餐会の際に、スワンソングと対面されるのは困る。お前は俺達にとっての、隠し玉だ」


「氷歌って呼んでよ。…………、そんな態度なら、いつか殺してやる…………」

 氷歌は、まだ煙草の詰まっている煙草の箱をくしゃくしゃに握り締める。


「今日はもう帰るぞ。また何かあれば、呼んでくれ」

 そう言うと、腐敗の王は、彼女の部屋を出る。


「………………。愛してる………………」

 一人残された氷歌は、煙草に火を点けて吸う。

 立て掛けた日本刀をまじまじと見る。

 王からのプレゼントだ。

 標的の首を落とす時に使っている

 今や、王の首を落とす事を、時折、夢想する。


 妹に対する執念と劣等感で氷歌は社会的地位の高い人間との交際を求めた、今や腐敗の王に対する強い愛憎が、氷歌を強くする。

 完全に彼に心を弄ばれているのか?

 実際、腐敗の王に対する恋愛感情と信仰に似た感情、そして、同時に強い憎悪ばかりが日増しに膨れ上がってくる。


「聖書において、神をもっとも愛していたのは、サタンとして堕落するルシファーだと聞く。王、もし、貴方を殺せたなら、私はどんな世界をイメージ出来るんだろうな?」


 氷歌はオンラインゲームのアカウントを開く。

 腐敗の王のアカウントが見つかる。ログインしている。


「帰りの電車の中でやっているのかよ。無課金で! このネトゲ依存症が!」

 氷歌は呆れた声を出した。


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