十二月は中盤に差し掛かろうとしていた。
寒い夜だった。
そこは公園だった。
時間帯は夜明け前の午前四時。
早朝ランニングをしていた青年がそれを発見した。
青年は“それ”を見て愕然としていた。
余りにも理解不可能な光景だったからだ。
まずそれは、遠目には公園に創られた新たな遊具の類だと思った。だが、このランニングコースには無いものだ。ただただ、奇妙なオブジェとしか言いようが無かった。
最初、それは塔のようになっている肉の塊のように見えた。
だが、確かに人間らしき部位に見える。
よく見ると、沢山の顔だ。
無数の顔によって、そのオブジェは作られている。
青年はしばらくして、それが何なのかを理解する。
小さな嬰児、胎児の頭部ばかりで作られている。頭部の一つ一つにあらゆる鳥の翼は接合されている。青年は何度もそれを見て悲鳴を上げた。それが作り物ではなく、本物の人間の子供を素材にしているのだけは分かった。青年は警察に電話を入れた。
数十分後。
現場には沢山の警官が集まっていた。
その数メートルはある、胎児で作られた“塔”は警官達を愕然とさせていた。数十体はある。幼い子供を殺害したのだろうか。……塔の中には胎児だけでなく、生後、数か月くらいの子供や三歳児、四歳児くらいの子供の頭や胴体まで縫い付けられていた。樹脂でコーティングされて綺麗な剥製と化していた。
司法解剖の結果、胎児や子供達は“死んだ後にオブジェにされた”形跡があった。
刑事課の人間達は知っていた。
証拠が無く、マスコミも騒いでいないが、表沙汰にされていない事件で、産婦人科で中絶胎児の遺体が大量に盗まれている事件。そして、児童虐待が疑われている家庭で、虐待死させたと告白している親達の元から子供の死体が盗まれる事件。
それらの事件と照合して“胎児の塔”の作成に使われた盗まれた死体の身元はDNA鑑定でも一致した。
犯行現場には文字が刻まれていた。
『エンジェル・メーカー(Angel Maker)』と英単語で…………。
現場にいた者達は、その余りのグロテスクなオブジェを見て、悪夢にうなされる事が多くなったらしい。
「ワー・ウルフやらスワンソングやらが捕まらずにマスコミを騒がせている間に、新たに現れた異常者『エンジェル・メーカー』はろくでもない事をしてくれたもんだな。どうしてもシリアルキラー共は俺達警察の捜査を妨害したいらしい。まるで連中はチームのように動いているとさえ思えてくる。それにしても、本当に迷惑極まりない。日本はいつから、年中行事のように、異常連続殺人犯の作り出す“作品”の展示会場になったんだ? 後始末はいつも俺達がする事になるんだが」
崎原は現場で眠たい眼をこすりながら溜め息を吐いていた。
傍には令谷がいた。
「崎原さん。不謹慎な比喩は止めてくれ。アンタ、正直、楽しんでいないか?」
「笑うしかないだろ。遺族の方々には憐れみがあるし、亡くなった者達はご冥福を申し上げたいが。“アーティスト共”はそんな倫理観も被害者遺族の心の痛みにも興味が無いらしい。連中は、人体を画材か粘土だと考えてやがる。まるで、前衛芸術の競い合いだ」
そう言いながら、崎原は面倒臭そうな顔をしていた。
「俺はその”被害者遺族“だ。アンタがよく分かっている筈だ。言葉を選べよ」
「…………。悪かったよ。だが、俺も感覚が麻痺してきている。人間は一定量、理解出来ない刺激を見続けると慣れてくるらしい」
「アンタはそうでも、…………俺の憎しみは消えない…………」
令谷は酷く落ち込み、そして怒りと憎悪に燃えている眼をしていた。
腐敗の王のグループに散々な眼に合わされ、挙句に、ワー・ウルフの模範犯である柳場の犯したであろう殺人を立証する証拠がまるで無い。令谷は正直、心の中で焦っていた。
「我らの名探偵であり、プロファイラーの葉月いわく。『エンジェル・メーカー』の人物像は、おそらくは、二十代。妄想などを持っている精神病者。そして、過去に酷い虐待経験を受けている。“胎児の塔”を創った理由は、子供達に対する供養の気持ちらしい」
崎原は、葉月からのLINEのメッセージを読み上げていく。
「しかし。上層部が騒がしい……。どうやら『エンジェル・メーカー』とやらは、あるカルト教団の私物を盗み出して塔の中に縫い付けたみたいだな」
崎原は、今回の異常なオブジェを置いた犯人よりも、むしろ、オブジェの材料にされたものの方に強い関心があるみたいだった。
令谷は少し腑に落ちない。
明らかに今回も異常快楽殺人犯の行動だ。
犯人を見つけ出し、捕らえ、化け物の類だった場合は令谷達が始末しなければならない。
「崎原さんさあ。あんたらしく無いぜ。なんか変な事情があるのか?」
令谷は首を傾げる。
「そうだな……。今回、胎児の塔を作った天使を名乗る異常者も、確かに警察の間で話題が持ち切りなんだが。それよりも、やはり、俺は塔の一部になっている子供がな……。以前、俺が若い頃に関わった“ある教団の起こした事件”と結び付いていてなあ……」
「それはなんだ? 崎原さん」
「この前、話しただろう? 聞いていなかったのか? 今、葉月が上から命じられて調査に乗り出している」
「悪いな…………。俺はワー・ウルフと、そして腐敗の王の連中の事で頭がいっぱいだった」
令谷は悪びれもなく言う。
「……だろうな。じゃあ、説明するぞ。連中は、黄金の猿団と言われている。『ゴールデン・エイプ』教と名乗っている。世間一般でも一部では危険なカルト宗教と呼ばれている」
「十数年前、俺が二十代前半で、現場を捜査する警官になりたての頃、その事件は起きた。今でもよく覚えている。最初はイカれたカルト教団だよ」
「話してくれ」
いつもは、どんな異常な犯罪であったとしても、何処か面倒臭そうな倦怠感と、物事を斜に構えている態度を取っている崎原にしては、妙にその団体に対しては思う処があるみたいだった。
「『モルグ街の殺人』事件とも通称で呼ばれている……。事件現場は、腹を生きたまま裂かれた妊婦が死んでいた。胎児を取り上げたのだろう。犯行現場には奇妙なDNAが残っていた。毛髪もだ。なんだと思う?」
「なんだったんだ?」
「マンドリルだ。猿だよ。当時は意味が分からなかった。状況からして、猿が素手で生きた妊婦の腹を引き裂いて、胎児を持ち去ったって感じだった。更に、マンドリルは、妊婦の腹に頭を突っ込んだ形跡がある」
「なんだ!? それは、意味の分からねぇえ変態だな!」
令谷は口元を押さえる。
「それで、調べてみると、事件の犯人はマンドリルの皮膚を身体に移植した男だった。そして、その男が在籍していたのが『ゴールデン・エイプ』という宗教だ」
令谷は、言われて、その存在だけは知っている。
名前だけは聞いた事がある。
だが、宗教団体に対しては、なるべく関心を示さないようにしていた。
宗教は個人の自由。
そもそも、どんなイカれた教義であれ、信仰の自由は守られるべきだと令谷は考えている。もっとも、新興宗教の中に、イカれたサイコキラーが混ざっているとなると、話は別なのだが…………。
「奇妙な宗教だな。教義を以前、聞いた事があるが、俺にはさっぱり理解が出来なかった。だが、そのカルト教団は何十年も前から行動しており、奇妙な事件を引き起こしている。問題は、政治家や芸能人、企業の社長にも信者がいる為に、中々、捜査が及びにくいんだ。だが、教祖が何処まで支持しているか分からないが、信者達の行動は、奇妙極まりない事が多く、更に、猟奇事件まで起こしている。日本の闇って奴だな」
崎原は口元に手をあてた。
「そして、その上層部は、我らが名探偵(プロファイラー)の力を借りたがっているみたいだ。『ゴールデン・エイプ』教団は、公安がマークしている。公安の連中が、葉月の力を欲しがっている。先月、個人で異様なカルト宗教を立ち上げていた『ベリード・アライブ』事件の犯人を始末してくれたからな」
「つまり、巨大な権力を持っている、警察にとって邪魔はカルト宗教を潰してくれって、葉月にお願いしているってわけか」
「そういう事だ。エンジェル・メーカーの方が、奴らの私物を“作品”に使ったせいで、ゴールデン・エイプは強い怒りを感じているらしい。近々、連中は何かを引き起こす」
「何か?」
令谷は口をひねる。
「カルト宗教『ゴールデン・エイプ』は実質的に政府認定のテロリスト団体って事になっているんだよ。過去に信者達が大量に事件を起こしている。連中の犯罪は凶悪極まりない。だが、奴らは癌のように社会にはびこり、誰が信者なのか分からない。本当に迷惑な連中だぜ」
そう言うと、崎原は缶コーヒーを開けた。