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サイコキラー『アンダイイング』のプロファイル。

 ゴールデン・エイプ教団対策本部から帰り、葉月は特殊犯罪捜査課に寄る事にした。その際に、富岡から新たなファイル(犯行現場)を渡された。


「これは?」

「アンダイイング(不滅なるもの、不死なるもの)という新たな連続殺人犯の資料です。もう、御存じだと思いますが、ワー・ウルフの模範犯と同じ場所に死体を晒していましたが。こちらは新情報です。別の場所で“クリスマスツリー”が二つ見つかりました。あらゆる装飾品でコーディネイトされた、臓器のクリスマスツリーです」

「ああ、向こうの部署で聞いているわ。でも、新情報に関しては知らされていない。調べてみるわね」

 葉月は飄々とした顔をしながら、白々しくファイルを手に取る。

 既に、アンダイイング本人と、LINEでコンタクトを取っている。

 もちろん、特殊犯罪捜査課の他のメンバー達に知らせるつもりは毛頭無いが。


 腐敗の王のメンバーにいて、判明している人間の一人。

 葉月は未だ、直接、会った事は無いが、大体の概要は把握している。

 だが、富岡は分からない。


 まだ、腐敗の王との繋がりを特殊犯罪捜査課のメンバーに話すつもりは無い。

 生輪の方も、葉月の秘密を他の人間に漏らすつもりは無いみたいだった。

 葉月はいつものように、さも、もっともらしい顔をしながら、熱心にファイルを丹念に読んでいた。葉月は、アンダイイング本人から、次の大体の標的まで聞かされている。だが、それを今、同僚の富岡に伝えるつもりは無い。


「後。見て欲しいファイルがもう一つあります」

「…………。もしかして、例の“胎児の塔”?」

「はい。よく分かりましたね」

「大体、分かるでしょ。今、ネット上で相当、騒がれているから。まあ、まずは、この臓器のクリスマスツリーを作り、犯行現場にて『アンダイイング』と自己紹介した殺人犯の方のプロファイルを行うわ」

 葉月は瞳に邪悪さを孕ませていた。


 アンダイイング(Undying)の文字の隣に、小さく赤と黄色が混ざった竜の絵が描かれている。葉月はそれを見て、ピン、と来た。


「臓器のツリーが作品で、作者名が描かれている。作者名の隣には、小さい黄色の色彩のドラゴンか…………」

 アンダイイングの詳細は、腐敗の王からも、本人からも知らされていない。

 葉月は、ゲーム感覚で、推理する事に決めた。


「何か分かりますか?」

 富岡はお茶を汲んでいた。

 彼は葉月の為に、笹団子を戸棚から取り出す。


「分かったわ。この殺人犯が、自身を何に見立てているか」


「それは?」

 富岡は葉月の席に、お茶と笹団子を置く。


「まず。こいつは『ファーヴニル』だ」

「ファーヴ……なんですか?」


「黄金のドラゴンよ。北欧神話の伝承に登場する人間から竜へと変化した存在だと言われている。黄金を独り占めする為に毒の息を吐くドラゴンに変化したとも、盗んだ黄金を生み出す指輪の呪いでドラゴンに変化したとも神話では言われているわ」


「黄金のドラゴン、ですか…………」


「ええ。神々のトラブルで家族を殺害されて、神々から黄金を渡された。神話においては、家族を差し置いて黄金を独り占めしたとされている」

 葉月はそれを口にしながら考える。

 何故、アンダイイングは自身を『ファーヴニル』に見立てる?

 家族が殺害された……。

 神の手によって…………。


 …………。成程。

 腐敗の王が彼女にとっての“神”とするならば、王のメンバーの手によって、アンダイイングは家族を殺されている。だとすると、殺したのは誰だ?

 クリスマスツリーのデザインの印象からは、吸血鬼と天使の連続殺人犯を意識しているように感じる。犠牲者をオブジェにしている。この二人に家族が殺害されたとなると、このタイプの犯人は、リスペクトするだろうか? もっと歪んだ形で作風に現れるんじゃないのか?

 …………、此処から先は、直感になる、が。


 …………。

 スワンソングか。

 アンダイイングは、過去にスワンソングに家族を殺害されている。

 ならば、スワンソングの犠牲者遺族の誰かがアンダイイングだ。


 その可能性に関しては、葉月は、富岡に話す事を避けた。


 葉月は笹団子に手を伸ばす。

 そして、それを口に含む。

 その後、茶を啜る。


 一息付いた後。

 代わりに、別に思い至った事を述べる。


「黄金とは富の象徴ね。あるいは、栄光の象徴とも解釈出来るわね。権力の象徴とも解釈出来る。北欧神話には、その解釈は無いかもしれないけど、一般的な黄金が象徴する比喩としては、そう考えるべきね」


 富岡は、いつものように、葉月の話を熱心に聞いていた。


 ……なるほど。ファーヴニルが手にしたのは黄金を生み出す“指輪”と言われている。腐敗の王とのやり取りでは、アンダイイングは、王と何か特別な関係があった筈だな。となると、あの二人は恋人同士。あるいは元恋人同士なのかしら?


「アンダイイングは家族に劣等感を抱いている。自分の人生は価値が無いものだと。だから、栄光が欲しい。伝承によれば、ファーヴニルは黄金を独り占めしたい為に家族を殺害している。この殺人犯は、家族を殺害しているか。もしくは、何らかの形で憎い家族を殺害されて喜んでいると思う。憎い家族が死亡した事によって、シリアルキラーとして動き始めた」

 葉月は眼を閉じる。

 アンダイイング。

 腐敗の王の仲間であり、LINEのやり取りで断片的にしか、会話を交わしていない。

 臓器のツリーを作った女である事しか知らない。

 葉月は、この女に関して考察する事にした。


「この黄金を独り占めしたドラゴンは、魔剣『グラム』によって殺害されたとされているわ。魔剣グラムは、ファーヴニルの兄弟である者が鍛冶師となって創り上げたとも、北欧神話の最高神であるオーディンが生み出したとも言われている。まあ、伝承によって細部が違うのよね」

 葉月は楽しそうに言った。


 アンダイイング。

 ……お前は妹の残り火であり、彼女を殺害したスワンソングによって殺されるのか?

 ……それとも、腐敗の王の手によって殺害されるのか?

 神話の伝承通りなら、そういう結末が相応しい。


 葉月は、しばし、その嗜虐的な空想に囚われていたが、すぐさま、その空想を振り払った。協定を結んでいる者達同士の仲間割れは良くないだろう。現時点では。


「捕まえられそうですか?」

「分からないわね。でも、今はワー・ウルフの模範犯。そして、カルト教団。特に私は後者を優先事項にしている。アンダイイングと、胎児の塔の奴に関しては、…………、うーん、今は協力出来ないわね。私だって全てを押さえる事は出来ない」


「そうですよね。ホント、すみません。ムチャな駆り出し方をして」

「別にいいわよ。何か私に聞きたい事、協力して欲しい事があったら言って。私の出来る範囲でなら、協力するわ」



 LINEで、アンダイイング本人にメールを送った。

 富岡及び、特殊犯罪捜査課が嗅ぎまわっていると。


 そして。

 葉月は、富岡に話した、彼女のプロファイルを書き記してみた。


<何故。お前は私が明かしていない情報を知っている?>

 そうメッセージが返ってきた。


「プロファイルしてみたから。まあ、推理って事。私の実力は分かって貰えたわね」


<確かにお前は、腐敗の王が高く評価し、是非とも仲間に入れたがるわけだな。しかし、お前は実際、どっちなんだ? 特殊犯罪捜査課の中における私達のスパイなのか? それとも、特殊犯罪捜査から我々に潜入している二重スパイ?>

 アンダイイングは、あえて訊ねてきている。


「私はどっち側でも無い。どの道、私もシリアルキラーだ。どっちの味方でもあるけど、どっちの味方でも無いって事。私は私自身の楽しい事を優先するわ」

<ふん。頼もしい限りね>

 LINEメッセージを送ってくるアンダイイングは、葉月にも対抗意識を燃やしているみたいだった。



 …………恐ろしすぎる少女だ。

 星槻氷歌は、LINEでのやり取りを終えた後、素直に、シリアルキラー『ネクロマンサー』の推理力と分析力。そして、味方をも欺いて警察組織の内部から、こちら側に協力し、何か他にも色々な事を企んでいる事に関して、絶句以外の何物も返せなかった。


 それにしても、だ。

 腐敗の王との関係を見破られた、か。

 氷歌は溜め息を付く。

 嫌でも、王との記憶が蘇ってくる。


「組織のボス、という事に縛られているけれども、一年前は、私と恋人同士だった。でも、貴方は立場によって私との関係を破棄したな。私は今でも貴方の事が好きだ」

 氷歌は腐敗の王に対して、恨めしそうに呟く。


 氷歌の前では、腐敗の王はフードを外して素顔を見せる。

 彼の顔立ちは端正で、かつ精悍な顔をしている。

 三十代後半だが、年相応とは思えない。

 二十代と言っても信じる者も多いだろう。


 もう一度、彼に愛されたい…………。


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