画廊にて。
エンジェル・メーカーの作品を見ていると、自分の作ってきたオブジェが社会に対する憎悪と怒り。そして自分自身の怪物性に対する嫌悪感を象っているようなものばかりで、崇高なものに至れない、と感じてしまうのだ。
空杭は『剥製職人』だった。
空杭は人間の死体を使って、剥製を作る。
老若男女問わず、また、様々な職業の人間を剥製にしていた。
そこは『小さな天使達の回廊』と名付けられた場所だった。
沢山の赤ん坊の剥製に翼が接合され、天井や壁に天使となった子供達が張り付けられている。
†
彩南は幼少期から思い至る事は、孤独だったという事だ。
厳しくも優しい父親。
彼はエリートだったし、企業のキャリア組として生きていた。
だが、大企業の出世コースであるが故に、競争社会に疲弊し切っていた。自分が幼い頃、父親は彩南に対して厳しくあたっていたと思う。十代になって、父親が上司からパワハラを受けていた事を伝えられて和解したのだけど、彩南が幼い頃に父親から言われた言葉は“弱い人間は生きている価値が無い。女だろうと関係無い。強くなれ”だった。
高校受験に失敗してから、父親は彩南に優しい言葉をかけてくれた。
「もう。頑張らなくてもいいからな。父さんも少し……頑張らない」
そう言って、父親は心療内科に通い始めた。
病名は鬱病だった。
父親は、競争と優越性を根幹とする男性社会の中でボロボロになっていた。
彩南は母親が苦手だった。
転職した父親をなじっていた。
彩南の母親は自分の容姿を鼻にかけて高慢だった。
母親は看護師で、給料の高さを自負していた。
母親は父親と結婚する前、沢山の男達を騙して、高いアクセサリーを買わせたりしていた。父親と結婚したのも、愛と言うよりも、給料が良いからという打算だろうと思った。
彩南の容姿は母親に似ていた。
豊満な肉体に、男を騙すテクニック。
そして、肥大化した自尊心。
男性を魅了するふくよかな胸に腰。そして、何よりも顔だ。
学校の同級生達の女は、そんな彩南に外見だけで嫉妬した。だから、彩南はイジメの標的にされたり、周りに溶け込めず、友達を作れない彼女に対してとても陰湿だった。
彩南は男性社会に疲れた過保護な父親と、女性社会で権威を主張する両親の下で育てられた。
“猟奇殺人犯”が幼少期に、カエルを生きながら解剖したり、トカゲの手足を引き千切っていた。猟奇殺人犯は子供時代から。動物虐待を行うといった奇行を始める。
彩南は菅原に対する負い目があった。
菅原の心の拠り所は、小動物だからだ。
菅原には家庭が必要であり、彼には子供が必要だと思った。幼い頃に受けた虐待の連鎖を断ち切る為に、家庭を持ち、子供に自分のしてきた仕打ちを向けないように良き父親になれる事を願っている。
彩南は子供が欲しくなかった。
もはや、子供が生まれるという行為に嫌悪感さえ抱く。
それは、恐怖だった。
自分みたいな子供になってしまったらどうすればいいのか?
もし、自分が親になれば、絶対に子供を虐待するだろうと思った。
「信仰を持つ事は自分自身の救済になるかもしれない…………」
化座は自らの両耳に嵌めた十字架を握り締める。
彼女は今、胸にも十字架のペンダントを身に付けている。
もし、イエス様が二千年前に西洋において復活を遂げたとしたら、自分みたいな化け物にも慈悲と許しを与えるだろうか?
小中高。大学と、マトモに友人関係を構築する事が出来なかった彩南は、マトモに社会人になる事を恐れた。まるで、大嫌いな母親がそうするように、夜の街で仕事をし始めた。……大嫌いなタイプの男達を相手にする接待…………、確実に、
そして、二十四歳の時に、彼女は連続殺人を起こす。
彩南は元々、IQが高く、事前に徹底して、物証の消し方と被害者の監禁の仕方などを調べていった。事を起こすと、まるで、自分はマシーンのように、やり遂げた。
狙ったのは、金持ちで良好そうな家族関係を構築している者達だった。
特に、母親に似た女が妻をしている家庭をブチ壊してやりたかった。
激しい憎悪の感情ばかりが、彩南の中で呼び覚まされていた。
“他者の痛みに感情移入を示さない”。
サイコパス傾向は、幼い頃に、父親が彩南に言い聞かせていた事や、父親が上司から言われ続けていたであろう事を反芻していた。大企業のエリート程、サイコパシー傾向が強いとされる。エリートは他人を蹴落としてでも、社会のトップに行きたがる。彩南は、そんなこの社会の構造を激しく憎悪した。
自分はファザコンだし、朔はマザコンだと思う。根底にはそれがある。
互いに、サイコキラーの理解者が欲しかった。
二人を繋げてくれたのは、腐敗の王だ。
彼には感謝をしている。
†
「異常な拷問好きのイカれた女がいるって聞かされたんだけど、結構、綺麗だな。俺のタイプだわ」
精悍な顔立ちに顎鬚を蓄えている男、菅原剛真と初対面で会った時の第一印象は、こいつは“同類”だな、と感じた。
他のヤクザ達とは明らかに異質だ。
大抵の場合、裏社会で生きている人間達は、何かしら心に闇を抱えている者が多い。家庭環境に問題があったり、ヤンキー社会出身でマトモに社会人になれなかったり、親自体がヤクザの家系だったり、犯罪歴があったりだ。
菅原もそれらのタイプに漏れないが、この男からは“連続殺人犯”としての共通点を感じた。
「人を沢山、殺しているわね? 貴方」
化座は菅原に訊ねた。
「ああ。お前もそうなのか? 美人なのに怖んだなあ? 女の幸せってのは、惚れた男に守って貰うのが一番良いと思うんだけどな」
「煩いわね」
化座は少し腹が立った。
失礼な奴だ。
「おい。少しこいつと二人で話させてくれないか?」
組の他の者達に言う。
組の者達は、菅原を少し恐れているみたいだった。
高級ソファーが並ぶ部屋の中に呼ばれた。
菅原はもっともらしく、大げさにソファーに座る。
「お前、上玉の女だな」
「…………。他の此処の連中からも言われる」
「だが、眼が怖い。それから、他人が嫌いだろ? 俺もそうだ」
「私は貴方と話しが合うとは思わないわね。でも、貴方も、私の事を“同類”だと思っていない?」
「合わせたい人間がいるんだが、会いに一緒に会いに行くか?」
「またヤクザの偉い人か何か? あんまり興味無いのよね」
「そんなお方じゃねぇよ、もっとスゲェ奴だよ」
菅原は笑った。
『ブラッディ・メリー』。化座彩南は、一体、どんな人間なのだろう、と首を傾げていた。
実際に会ってみて思った印象は、自分にとって、都合がよく、そして面白い変人、といった処だった。精悍な美男子なのに、いつも黒づくめでフードで顔を隠したがる。よく分からない人物だと思った。
だが、やはり変人だ。
都合がいいから、彼のグループに入る事にした。
†
爆破事件の報道を聞いて、菅原は現場に向かった。
そのビルはガレキの山と化していた。
菅原は、腐敗の王の話を思い出す
………………。
……………………。
「元々、俺は『エンジェル・メーカー』の為だけに画廊を作っていたんだがな」
腐敗の王を名乗る男は、菅原に楽しげに訊ねる。
「王様よー。あんたはこれから何がしたいんだ?」
菅原は素朴に訊ねる。
真っ黒なフードを纏って顔を隠した男は、顎に手を置いて考えていた。
「今はまだ決めていない。だが、俺は集めたいな。空杭やお前みたいな連中を…………、もっとも、俺は指導者としての素質に欠ける。野心を持って、社会的成功を収めるよりも、オンラインゲームで栄光を得ている方が優越感に惹かれるなあ」
腐敗の王は何かを考え続けているみたいだった。
「そうだ。俺は“ゲーム”がしたい。俺はゲーム・マスター。ゲームのルールは、国家憲法と法律。舞台は日本社会。俺と連中、どちらが優れているのか。俺はプレイヤーとなって、この国を燃やし尽くしたいなあ!」
腐敗の王は昏く淀んだ眼をしていた。
淀みの奥は、不気味に澄み渡っていた。
「シリアルキラーを沢山、集めたい。彼らを集めて、この社会をぶっ壊す。俺はこの国がどんな風に壊れていくか見たいんだっ!」
「ははっ。この社会を壊すんなら……王様よー。政治家とか経営者も仲間に必要だな。そいつらは、人殺しなんてしねぇーぞ。権力と金稼ぎを求めるぜ。人なんてぶっ殺している暇なんてねぇー」
「なら。孤独な連中が集めたい。菅原、君は孤独感を抱えている筈だ。この社会に根本的に、自分の居場所なんて何処にも無いと考えているな」
「あんた、この社会を壊したい、って」
「俺はテロリスト、という事になるな」
腐敗の王は、とても無邪気で楽しそうな双眸をしていた。
†
白金は、あの雨の日の事を想い出す。
腐敗の王は言っていた。
スワンソングは、この消費社会に対するアンチ・テーゼであり、資本主義批判の象徴的存在になり得るのだと。経済学部にいた白金は何か妙に納得した。
それから、王は、白金の為にあらゆる事を手伝ってくれた。
†
そして、それぞれの記憶が現実へと帰る。
TVの報道を、菅原と化座。
そして、白金は眺めていた。
腐敗の王は、席を外していた。
「やはり、我々のボスが一番、狂っているな」
白金はそう呟く。
化座も菅原もうなずいた。