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『人魚教』

 石段を登り終えた後、生輪は周囲を警戒し、誰もいない事を確認して小声で葉月に話し掛ける。


「ゴールデン・エイプの派生団体である教団、人魚教・シャーク・エイプの人数は構成員が三千名程と言われている。教団内にいるのは、およそ、五十人程度だと言われているが、実際の数は分からない」


「葉月。お前の“隠している能力”を俺に教えてくれないか? 下手をすると、数百名、千名以上の教団員と戦う可能性がある。互いにサポートし合う上で、悪い状況を脱出出来ると思うんだが」

 葉月は少し考える。


「お前が『特殊犯罪捜査課』。及び、令谷に教えているのは、死者をゾンビ化させる能力『ネクロマンシー(死霊術)』だけなんだろ? 他にもあるんだろう?」


「…………。そういう事は此処に来る前に事前に相談、打ち合わせして欲しかったわね」


「悪い。此処の禍々しい気……。俺が全力を出しても打ち勝てるかどうか…………。少し想定外だ。末端とは言え、やはり連中はヤバい…………、俺達が全力で力を合わさなければ命を落とす事にあるかもしれない……」

 生輪は周囲を窺い続けていた。


 葉月も、気配を感じている。

 その気配は獰猛な獣のようでもあり、泣き叫ぶ赤子のように感じた。


 葉月は生輪の耳元で囁く。


「私の隠している能力か。当然。あるわよ。でも、それよりも、此処に来る前に聞いて欲しかったわね。今、何処で誰が見ていて、私達がどうやって、監視されているか分からない」


「段取りが悪かったな。しかし、実際にヤバいんだって、分かった。末端とは言え、此処はかなりヤバい。俺がこれまで対峙してきた邪教や霊的存在の中でも、トップクラスだな」


「三つまでなら、教えられる…………。それで駄目?」

「出来れば、全部、知りたいんだがなあ?」


「私は本質的には連続殺人犯だ。警察の人間に教えるわけにはいかない。だから、生輪さん。他の人達には口外しないって事なら、三つまで教える」


「分かった。口外しない」

 生輪は考える。


「俺もなんだが。対サイコキラーを相手にする場合、能力が相手に知られていると、そのままリスクになるからな。もっとも、俺は幽霊的なものや呪術的なものを始末する為に特化したものだが」


「まず、知っての通り、私のネクロマンシーは、人間及び、動物、鳥、虫などをゾンビ化する事が出来る。ゾンビ化して動いた死体は、知性を失い、生ある人間や他の生き物に襲い掛かる。血肉を欲してね。処で気付かない? 一つ。何故、彼らは私を攻撃しないのか? 二つ。何故、怜子には知性がある?」


「成程な」


「一つ目の話。ネクロマンシーの能力には、勿論、ゾンビ化した術者には攻撃させないまでが条件。勿論、そういう風に命令しているのだけど、人間の場合、命令を無視して私に襲い掛かる可能性がある。勿論、そんなリスクは背負いたくない。そんな時の為に、私は二つ目の能力を常時、使えるようにしている。奥の手だけどね」


「なんだ?」


「『ライフ・ドレイン』。つまり、他者の生命力を奪い取る事が出来る。体力から、体組織まで奪い取る事が可能。ゾンビ相手にも有効。もっとも、怜子には、いざとなった時に私を食べても構わないようにしているけど。基本は、私は攻撃手段。しかも、奥の手として隠している。怜子だけは、私はこの力を知っている」


「三つ目は?」


「怜子だけは何故、知性があるのか? これは私の三つ目の能力に関わってくる」


 葉月はバッグの奥に仕舞っている、小さな紐を取り出した。


「紐状のもの。糸、鎖など何でもいいけど、結び付けて、引っ張れるもの。仮に『魂寄せ』とでも言うわね。怜子の生前、魂寄せに関する話をしていたから、彼女の精神も死の淵から蘇らせる事が出来た。……私は怜子以外にも、何年も前に亡くなった親族を生き返らそうとしたけど、駄目だった。精神が蘇った肉体に固定されない。そもそも、精神とは、魂とは何なのかって話になってくるけど」

「……何が出来る?」

 生輪は鋭い視線を葉月に投げる。


 葉月は肩を竦めた。


「貴方を死の淵から、蘇らせる事が出来るかもよ?」

「…………。ごめんだな。俺は人として死にたい」


 生輪は本当に嫌そうな顔をする。


「ふふっ。話を続けるわね。もし、私達が向かう教団が“異空間”だった場合だけど。“魂寄せ”を“元の世界に戻す手段”として使う事が出来る。この前の『ベリード・アライヴ事件』の時に、あのサイコキラーの作り出した山中の異空間の中から、脱出して、奴を始末する為に使用した。…………、というか、上手く使えるようになった。元々は怜子を死後の魂を死後の世界から引き戻す為に、生み出した力だけど」


「異空間から、現実世界に引き戻す力か…………。呪術的な教団が相手なら、かなり有用だな」


「ええっ。生身の殺し屋とか、連続殺人犯が相手なら、使い道が無い力だけど」

 葉月は笑う。


「四つ目の能力は…………?」

 生輪は当たり前のように、訊ねた。


 葉月は黙る。

 そして、おもむろに、生輪の額の方をわしづかみにしようとする。


「ふふっ。この場で始末しようか? 私の事を必要以上に探ろうとする人間は、たとえ、味方でも容赦しない」

 彼女の眼は本気だった。


「分かったよ。じゃあ、お前を信頼するから、このまま行くぜ」



 神社の中はさながら、迷宮だった。


 所々が、海と隣接しており、近くは観光産業が発展しているらしい。


「観光産業だけど、みかじめ料みたいに、このカルト教団に貢物をやっているらしいわよ」

「山吹色の菓子ってわけか」


 化座と氷歌の二人は、大体の敷地の面積を図っていた。

 彼女達が侵入したのは、既に教団内部の人間に知られている形跡がある。


「二十人、いや、三十人ちょっとって処かしら?」

「数も分かるのか? スゲェな。どうやって、数えている」


「足音の数かな」

「…………。この怪物が…………」

 氷歌はゲンナリとした顔をすると、腰から刀を引き抜いた。


 どうにも、人であって、人の気配では無い。

 何か得体の知れない怪物達が、二人へと近付いてくる。


 だが。

 二人は確信していた。

 この教団、何か重要なものを隠している。

 それが何なのか分からないが。

 おそらく、国家を転覆させられるくらいのものだと見ていい。


「ま。何人いても、関係無いけど。どっちが多く殺せるか競争しない?」

「負けず嫌いなのね。別にいいけど」

 化座と氷歌の二人は、その場を離れた。


 ネクロマンサー、葉月。

 彼女をこの迷宮の中で始末するつもりだったが、どうも、その計画を遂行出来ないかもしれない。ならば、どうせ手土産を持っていくのならば……。

『人魚教』。

 一体、奥深くにどんな“お宝”が存在するのか?



「訪問者に対して、罠ばかりが張ってあるわね」

 葉月は、生輪に告げる。


「そうか。俺は大量の呪詛のようなものが渦巻いているのを感じる」

 生輪は、札を取り出した。

 森の中に迷い込んでいた。

 辺りには、灯篭などがある。


 おそらく、監視カメラか、それに類するものが設置されている。

 それにしてもだ。


 完全に迷いの森だ。

 締め切ったお堂があったり、鳥居が点在していたり、意味が分からない。墓石なども存在する。十一月に『ベリード・アライヴ事件』の時に樹海は散々、彷徨ったが、何と言うか、此処は天然の要塞といった感じだった。高台に登ると、海が見える。


 途中、頻繁に池のようなものが見つかる。

 池の中には何かが泳いでいる。


「まあ。本当に戻れなかったら、あの石段の上で“マーキング”したから、良いけど。生輪さん、どうする?」

「ああ。同じ処をグルグルと回っているが、近付いている。監視の数が増えている。それから」


「それから?」

「俺達以外の部外者が、俺達を監視している。何者なのかは分からない。おそらく、かなりの実力者…………」

「何者か分からないけど、今の処、私達を襲ってくる気配は無いわね。目的は別の事なのかもしれないわね」


「だといいんだがな」

 生輪は周囲を見渡した。


 グロテスクな怨霊のような姿をした怪物達が、次々と二人へと襲い掛かってくる。

 生輪は、それらの怪物を片っ端から、札を放り投げて弾き飛ばしていった。


 もうすぐ、本殿が見える。

 本殿はどうやら、水に囲まれているみたいだった。


 ゆらゆらと池の中には何かが泳いでいる。

 形からみて、錦鯉に見えるが、魚に似た別の何かかもしれない。


 陰鬱な空気が漂っている。


 人魚教……。

 人と魚の合成物か……。


 葉月はこれまで、はっきりと言葉にしにくい事を訊ねる事にした。


 生輪も頷く。

 十年以上前に起きた猿人間の事件。


 現場から発見された、猿の体毛。猿のDNA…………。

 そして、不可解な事に、ゴールデン・エイプとその派生団体のファイルは肝心な部分が黒塗りされている。

 すなわち、犯人像に関して…………。

 彼らが何をしているのか…………。


「ゴールデン・エイプは”キメラ”を創っている。人間と別の生き物で、違う?」

 葉月は訊ねる。


「ああ。そういう事になるだろうな。あの教団のファイルを調べていて、俺も馬鹿馬鹿しくなっている」

「クローン技術の応用、移植技術の応用を、一つのカルト教団がテクノロジーを独占しているという事になるわね。十数年以上前だっけ?

 ネズミの身体に人間の耳を移植した実験など。批判されていたり。他にも、顔の右側と左側で、綺麗なまでに経路の違う猫の映像が出回った」


「連中はそういった技術を教団内部に隠しているんだろうな」

 生輪は溜め息を付く。

「そう。俺が対峙している連中ってのは、無差別殺人を犯す”一般市民”よりもタチの悪い、政府そのものかもしれない。あるいは、複数の国を敵に回しているのかもな」


 葉月は考える。


 キメラ、か。


 葉月のネクロマンシーでは、怜子を完全な人間に戻す事は出来なかった。


 クローン技術や移植技術を利用すれば、怜子を完全な人間に…………、少なくとも、今よりは元々の人間に近い状態に戻せるのではないか?


「私は元々の目的があった」

「なんだ?」

「怜子の為に、特殊犯罪捜査課に入った」

「…………?」


「その目的が叶うかもしれない」

 葉月は反魂香の焚く線香を強く握り締めていた。


「…………でも、身体がどうとかじゃない。人が人足らしているもの。それは何? 私もおそらく人間という概念から逸脱している。

 怜子は深刻に心にダメージを負っている。PTSDに苛まれ続けている。元々、人間扱いされてなかったから、


 今の彼女は人間らしい心を持っていないとも言える」

 葉月は独り言を呟き続けていた。

 生輪は彼女の独り言を聞いている。


「まず。先に進もうぜ。警戒を怠るなよ?」

「ええ。分かっているわ」

 二人は本殿の中へと向かう。


 本殿の扉を開く。

 そこは、地底湖へと続いている長い長い階段が見えた。



 湿地帯だった。


「こいつは…………」

「ええ…………」

 氷歌と化座は息を飲んでいた。


 大量のワニが人を生餌にして食べていた。

 巫女装束に包まれた女達が縛られて、生きながら鈍色のぬめる鱗を輝かせる爬虫類達の牙の餌食になっている。

 池の中は血で染まっていた。


「この先に何かありそうな気がするけど、進むか?」

「まあ何が出てきても構わないわね」


 ブラッディ・メリーは指先をこきり、こきりと鳴らしていた。

 先ほど、現れた教団の者達、全員が人の姿をしていなかった。

教団内部にいる者達の姿は異様だった。


 タコやイカの脚。サメの歯などを持っている教団員達に襲撃された。


 馬鹿馬鹿しいが、所謂、『改造人間』という連中だろうか。

 それから。

 知覚は出来ないが、眼に見えない何かからも攻撃きている。反撃は出来ない。ただ、二人共、気配のようなもので攻撃を避ける事は出来る。


 二人は、ある倉の前に辿り着いた。

 その倉の見張りである、魚介類の頭部をしている者達二人の頭を弾き飛ばして、扉をムリヤリ蹴破る。


 中にトラップらしきものは仕掛けられていなかった。

 表こそ木で出来ているが、中は壁も床も綺麗なタイルによって覆われていた。


 まるで、医療機関のような場所だ。

 アンダイイングは監視カメラを壊して回る。

 二人はあるものを手にする。

 保冷剤の大量の入ったケースだ。

 薬入れといった処か。

 それを開いて開けて見る。


「薬…………?」

「間違いないな。これが例のお宝だろうな」

「これ、持って帰る?」

「そうしようか。ネクロマンサーを始末するのは、また今度だな」

 二人は薬箱を手に入れて、この場を立ち去った。


 薬には、二種類あるみたいだった。

 説明書が付属されていた。


 一つは、人間と別の生物を合成する事に必要な薬。

 もう一つは…………、異能を、意図的に覚醒させる薬。


 腐敗の王は、間違いなく、特に後者の薬に興味を持つだろう。

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