一週間ぶりくらいに、怜子は葉月と会った。
人魚教の教祖との戦いで、葉月は疲弊した顔をしていた。
明らかに、葉月はこの処、無理をしている。
怜子も、それを分かっている。
黄昏だ。
クリスマスは終わった。
十二月が終わり、新年を迎えようとしている。
上城怜子は何気なく侵入したビルの十二階にいた。
怜子は薄着だった。
生身ならとうに凍えて耐えられないだろう。
だが、怜子はもはや人間では無い。
怜子は十四階建てのビルの手すりにつかまり、地面を眺めていた。
「そう言えば親友の誕生日を知らなかった。怜子。貴方、幾つだっけ?」
よく見知った声が背後から聞こえる。
強風が二人の髪をないだ。
「一月だよ。一月三日。私の誕生日。今年の三月の下旬に飛び降りた頃、私は十八歳だった」
「十九歳を迎えるわね。私と同じように」
葉月は手すりに両腕をのせる。
時刻は夕方の六時を少し回っていた。
太陽は沈み、空は昏い。
「また、死にたくなった?」
葉月は優しく笑う。
「うん。そうだね…………。気付いたら、此処にいたから。葉月ちゃんは、また、私がペシャンコになっても生き返らせるの?」
「どうだろう? 貴方がこれ以上、生きる事を望まないのなら。未来に一切の希望が無いのなら、私はもう貴方を呼び戻す事は無いのかもしれない」
「葉月ちゃん。貴方…………」
怜子は少し考えてから問いかける。
「死にたい、って思った事、無いでしょ?」
怜子は確信に満ちた言葉を投げ掛ける。
「ああ。確かに、大きな失敗してしまって、死にたいわ、これ。みたいな事は何度もあったけど。そうね。本当に自殺してやりたい。このまま死んでしまいたい、って考えになった事は無いなあ。だから、怜子。私は貴方の事は分からない。貴方の心の闇もね」
葉月は感情の灯らない声音で告げた。
今年に入って、余りにも色々な事があった。
色々な人々に出会ったと言ってもいい。
急速なまでに、普通の人間が体験出来ないような経験を何倍も何十倍も、この一年で起こった。樹海に共に行った時に、怜子は葉月の仕事の事を知った。
「貴方の両親によって踏み躙られて壊れて傷付いた心も、貴方の死人としての身体も。私はこれから治したいと願っている。第二の人生を貴方にプレゼントしよう、と」
葉月はそう言いながら、少し言葉を濁す。
「怜子。父親の幻覚にうなされる?」
葉月は怜子の事を知っていた。
怜子は頷く。
「人の肉を食べたい?」
「うん…………」
怜子は地面に屈み込み、顔を覆う。
「私は何の為に生まれて、何の為に今、生かされているの?」
「貴方は両親のエゴと欲望の為に産み落とされて、私のエゴと欲望の為に蘇らされた」
「私は…………。死後の世界の事を覚えている。輪廻の世界なんて無い。天国も地獄も……。私はただただ、無だった事ばかりを覚えている」
「そう」
生まれてきた事が幸福とは限らない…………。
怜子はぽつり、と、そう呟く。
「私は怜子の身体を完全な人間に戻す。その為に私は戦い続ける。そして、怜子の生きる意味も、同時に見つけられたらいいと思っている」
葉月は怜子の顔を見ない。
怜子の葉月の言葉に、涙を流していた。
ぽつり、ぽつり、と、雪が降り始めていく。