「名前にそんなに意味があるんですかね? 俺はクソ野郎の名前が何だっていい」
「重要だろう。たとえば、女帝の異名も持つ『吸血鬼・ブラッディ・メリー』はな。重度の違法薬物乱用者の男が血を飲まないと死んでしまう、という妄想で何名もの通行人に切り掛かってナイフに付いた血を舐めたせいで、その事件を知ったマスコミが面白おかしく“邪悪な吸血鬼の再来”だ、“吸血鬼ドラキュラか?”といった記事を書いた。そのお陰で、女帝は、腹いせに、マスコミの一人を全身から血を抜いて“球体上”にして晒し者にした」
生輪は冗談っぽく言う。
「連中には、繋がりこそ無いが、序列みたいなものがあるって事だ。その一件があって以来、日本で吸血鬼は一人でいい、って事になった。連中の怒りを買うのは得策じゃない」
「いつか、ブラッディ・メリーも俺が殺してやる…………」
「頼もしいな」
令谷の態度に、生輪は苦笑する。
令谷は生輪の要望で自宅に彼を招き入れる事になった。
特殊犯罪捜査課の部署に生輪がいるのはやり辛く、かといって、生輪の部署にこの事件を持ち込むわけにはいかない。生輪の自宅も遠い。なので、令谷のアパートの中でパソコンを使う事になった。生輪は部屋を一瞥すると、何とも言えない表情を浮かべた後に、ノートパソコンを開く。
そしてソフトの一つを起動した。
「たまにテレグラムでのやり取りもするが、奴いわく、そこも安全じゃないらしい。なので、専用のソフトで奴とはやり取りをしている」
パソコンの画面上にZOOMの画面のようなものが開かれる。
「奴が創ったツールだ。これでやり取りしている」
画面上にはモザイクがかった頭部の無い人間のアイコンが現れる。
「よう。デュラハン。そっちの国は何時だ?」
生輪は画面の人物に訊ねた。
<朝の9時だ。そちらは?>
ザー、と、機械で合成した声が聞こえた。
「夕方の五時って処だ。…………場所はそうだな……ドイツか?」
<…………。さてな……。それよりも要件は?>
「日本で三件の頭部が消失する事件が起きた。何かお前の見解が聞きたい」
生輪は令谷から借りたファイルの詳細を読み上げる。
<シンプルな感想を言っていいか?>
「なんだ?」
<この事件の犯人は天才に憧れる凡人だ。劇場型殺人の体裁を為しているが、自分が天才であるという事を誇示したがっている凡人だな>
「デュラハン。……お前は確かに天才だろうよ。だから、そう思うのか?」
<そうだ。天才は周りに自身の有能さを誇示したがる。俺もそうだった。だが、それが愚かな行為だと気付いてから、誇示するのを止めた。自分は隠れて生きる方が相応しいってな。有能だと周りに言われたいのは、自分に自信が無い証拠だな>」
「成程…………」
生輪は頷く。
「おい。あんた、この事件、何処まで分かるんだよ? 俺は犯人を今すぐ撃ち殺しに行きてぇ!」
令谷は叫ぶ。
<果敢なガキだな。お前の大切な身内を凶悪犯に殺されたんだな>
「お、お、お前はあああああ…………………」
令谷が叫んで、すぐさま、生輪が彼にヘッドロックを掛けて取り押さえる。
「デュラハン。頼むから、こいつ刺激しないでくれよ。令谷、お前も捜査に協力して貰う身だ。もう少し言葉を選んでくれ」
<客観的に見て思うのは>
画面の向こうのデュラハンは何事も無かったかのように話す。
<犯人は何らかの異常な妄想に取り憑かれている。もし、その妄想の正体が何なのか分かったのなら犯人を絞れ、特定出来るかもしれないな>
「他に心当たりは?」
生輪は訊ねる。
<俺はFBIのプロファイラーとかじゃないからな。当てずっぽうで言うが、もしかすると、そいつは…………>
デュラハンは言い淀む。
そして、見解を示した。
「分かった。そこを当たってみる」
†
「なんだよ。妄想って、殺人鬼を捕えて始末するのに、証拠とか、本人の特定が出来ればそれで充分だろ?」
令谷は不満そうに言う。
「シリアルキラーはそいつなりの秩序があるんだよ。誰だって信念を持っている。令谷、お前、ちゃんと捜査するんなら、多角的に物事を見ろよ。そんじゃ、犯人に辿り着けないっ!」
二人は人気の無い喫煙所にいた。
それぞれ、生輪はラーク。令谷はメビウスを吸っている。
「捜査なら、まず刑事課がやって俺達に回されるんだ。俺は化け物を撃ち殺すだけ、連中の考えなんて知った事じゃないですよ。大体……」
令谷は歯軋りするように言う。
「幼少期に親から虐待されていたからだとか、金が無くて貧乏だからだとか。病気持っていて世の中から排除されたとか、俺、そういう風に犯罪者擁護する意見、大っ嫌いなんだ。俺みたいに家族を殺されてから言えってんだよっ!」
令谷は怒りで握り拳を振るわせていた。
「俺も被害者遺族だ。俺の父親も親友も凶悪犯に殺された。そしてその凶悪犯は野放しのままだ。だからこそ、仇を討ちたいなら、クールに考えろよ」
そう言って生輪は令谷をたしなめる。
…………。あの日から、全てを奪われた。
それは、令谷も生輪も同じだった。
「それよりも。お前の処の富岡に調べて貰ってくれ。あいつが言っていた心当たりをな」
犯人はおそらく、被害者の“顔”を収集している。
“頭部”では無い。
頭部ごと持ち去ったのは、顔を剥がす為のフェイク。
大きな屋敷に住んでいる。
おそらくは孤独な人物。
見晴らしの良い場所に住んでいる。人を転落死させたくなるような場所。
醜形恐怖症であり、整形手術を受けた経歴があるかもしれない。
他人になりたいと思っている。
最初から持たざる者では無い。一度は社会的成功を収め、挫折している。
異能力はサイコキネシス系。対象の自由を奪い、操作する。
「信用出来るんですか?」
令谷は訊ねる。
「他に手掛かりが無いだろ。捜査が振り出しに戻るだけだろ」
「生輪さん。貴方の“異能”で何か出来ませんか?」
「…………出来ればいいんだけどな。もう少し、犯人を絞ってからだ」
「俺の“眼”の代わりになるくらいだよ。本来、人が行けない場所が見えて、本来、人が聞けない音が聞こえる。それくらいだな」
生輪は吸い終えた煙草の吸殻を捨てる。
「さてと。富岡には俺の友人から得た推理を言っているか? 人物を絞れないか言ってみてくれ。被害者はみな、関東に集中している。関東方面の人間だけでもあたってみたいとな」
「…………。分かりました。情報をLINEで富岡さんに送りますね」
令谷はデスクワーク担当である富岡に、この連続頭部破壊犯の人物像に対しての『デュラハン』からの推理内容を送る。
それにしても、見晴らしの良い場所とは何なのか…………。
令谷と生輪は街中を歩いていて、ふと、辺りを見上げる。
そこには、そびえ立つ摩天楼。二十階建てのタワーマンションが見えた。
「ビジネスで成功して、タワマンに住んだ事がある奴。そして、そのビジネスの成功が続かずに、タワマンを追いやられた奴を富岡さんに調べさせてくれ」
生輪が言い、令谷は頷く。
†