最初に起こった事件は電車だった。
轢死した死体。
その死体は見事に頭だけが車輪によって潰されていた。
被害者は次々に現れる。
二人目の人間は屋上からの転落死。
三人目の人間は山での遭難の末の滑落死。
みな、見事に顔を潰されていた。
一見。バラバラの事件であり、共通項は頭部が潰されている事だけだったが、事件現場には、一つの名前が残されていた。
赤いインクで描かれた『D』の文字だ。
赤いインクは生き物の血によって文字が描かれており、それぞれ、現場には頭部が消失した鴉、ネズミ、コウモリの死体が置かれていた。
そして、犠牲者の全ては潰れた頭部が持ち去られていた……。
†
牙口令谷は十八歳になった。
一人暮らしの部屋は、荒廃しており、煙草の吸殻と缶ビールの空き缶が転がっている。汚れた壁には穴が開き、大量の怨嗟の言葉が書かれていた。
スマートフォンが室内に鳴り響く。
令谷は気だるそうに、電話に出た。
<おい。令谷。事件だ>
「なんだ。崎原さん。今度はなんだよ? また半グレ連中の詰まらねぇー抗争とかだったら、俺は現場に行かねぇからな」
<おい。それも回された仕事だろ。だが、今回は刑事課がお手上げだ。いわゆる……>
「……化け物の起こした事件なのか?」
<ああ。その可能性が高い。今の処、被害者は三人だ>
「ただのフツーの人間の連続殺人とかじゃねぇだろうな? それなら刑事課だろ。俺達の仕事じゃねぇ」
<被害者は三名。三名の共通項は見当たらない。金品なども盗まれていない。動機は不明だ>
「動機なんて、楽しいからやっている、とかだろ? 考えるだけ無駄だ」
<知り合いの怨恨とかの線も薄いって事だ>
「まあ行ってやるよ。化け物だったら、撃ち殺してやる」
令谷はそう言ってスマホを切ると、警察手帳とハンドガンをバッグの中に入れた。
†
特殊犯罪捜査課。
この課は、所謂『異能者』による凶悪犯罪を取り締まっている。メンバーは他の課からやっかい者扱いでほぼ左遷されたような状態の崎原と冨岡、そして警察学校も卒業せずに警察手帳を受け取り、ピアスに長髪青髪といった風貌の少年、牙口令谷の三名だけだった。
「おい。未成年が堂々と警察署内で喫煙するなって言っているだろ」
崎原はコツコツと指先で机を叩く。
「別にいいだろ。あんただって、未成年の頃から吸ってただろ?」
「此処は、警察署内だから流石に止めろって言ってるんだよ。少しくらいは配慮しろよ、この課の印象が悪くなって、上から怒られるのは俺なんだから」
令谷は十八歳。
普通の少年でも反抗期真っ最中の年齢だ。
本来は、まだ親と喧嘩しながらも、親の元にいたい年頃だろう。
だが、令谷の両親は彼が十七歳の時に亡くなった。
世間で『ワー・ウルフ』と呼ばれている連続殺人犯の手によって、二人共、殺された。
「さてと。早速だが、お前にこの事件の捜査をして貰う事になった」
部屋の奥では、パソコンでカタカタと書類を作っている眼鏡姿の体格のいいでっぷりとした男がいた。彼の名は富岡と言う。順当な反抗期を迎えた娘に悩まされている、四十路の刑事だ。
「ファイル、出来ました!」
令谷は富岡から、ファイルを受け取り、読む。
びっしりと、ファイルには事細かに事件の詳細が記されていたが、令谷は必要事項だけ頭に叩き込むようにしている。
『デュラハン』の事件。
被害者は三名。
今月と先月で三名、亡くなっている。
最初は四十三歳のサラリーマン男性が鉄道で轢死。頭部が無くなる。
次は二十一歳の専門学校生の女性が十四階建てのビルから落下して、顔が潰れた死体として発見される。
三人目は五十五歳のタクシー運転手の男性。山で登山中に滑落して顔が潰れた遺体で発見される。
そして現場には必ず顔を潰した動物の血液で“D”の文字が描かれている。
血痕や頭蓋骨の破片などの痕跡から頭部が潰された事は明白だが、犠牲者の頭部は、全て持ち去られている。
別々の事件で被害者には何の共通項も無いが、顔を潰し、現場にDの文字が描かれているという事は、事件が共通の犯人の仕業である事を示唆している。わざわざ現場に血文字。犯人は自己顕示欲の強いタイプと分類される。
目撃証言無し。指紋や体液などの痕跡は無し、金品などの持ち去られた形跡は無し。なお、被害者は、無差別に見えて、犯人のみが知る共通項、隠されたミッシング・リンクが存在するかもしれない。
被害者が過去に何らかの同じ集団に所属していたという履歴は無く、金融会社から金を借りていたという事も無い。
犯人がデュラハンと名付けられた理由は、現場にDの文字が残されているのと、頭部を奪っている事。
デュラハン(Dullahan)はアイルランドに伝わる首無しの騎乗者。
頭部の無い男性の姿で馬に乗り、胸元に自身の頭部を抱えている。
首無しの御者の馬車。
馬にも首が無いとも言われている。
アメリカの作家アーヴィングの短編集では首無し騎士とされている。
アンデッド(不死者)であるとされている。
……デュラハンは特殊犯罪捜査課が付けた名称だが、Dは別の文言を意味するかもしれない。
†
「お前一人の手には負えないだろ」
令谷を特殊犯罪捜査課に推薦した青年である、生輪(なまわ)が現れた。
彼も茶髪にピアスといった、今風の若者だが、これでも刑事である。ただ、令谷とは課が違う。
「生輪さん…………」
令谷と生輪の二人は、屋上の喫煙所で煙草を吹かしていた。
寒空だ。
もうすぐ年末になるだろう。
「探偵が必要だろ。俺が出張ってやるよ」
生輪は柵に持たれながら、煙を吐く。
「いいんですか?」
「ああ。どうせ、ウチの課は上からのイジメもあって捜査が進まない。だからお前達の処に回された事件の面倒を見てやるよ」
生輪は少し苛立たし気に言った。生輪はカルト宗教関連の捜査をする『新興宗教破防課』に所属している。
「処でその事件の犯人。本当に『デュラハン』でいいのか?」
生輪は奇妙な事を訊ねる。
「なんで?」
令谷は首を傾げた。
「二つ理由がある」
生輪は笑った。
「一つはデュラハンってのは自身の頭部を持ち去っている怪物だろう? この事件の犯人は他人の頭部を持ち去っている。なら“首を狩る者”とかが適切じゃないか? それに頭部が重要なんじゃなくて、顔が重要かもしれない。聞いた処によると、二番目の被害者は顔が潰れていただけで脳はあったんだろ?」
「確かにそうだけど………もう一つの理由は?」
「『デュラハン』と呼ばれている人間は、別の犯罪者の名だ。国際的なハッカーだよ。ちなみに…………」
生輪は笑う。
「『デュラハン』は俺の友人だ。……今の処はな。この事件について、彼に訊ねてみるか?」
生輪は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
†