目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

マンティコア事件。

『マンティコア』。

 それは、人喰いの怪物を現わす単語だった。

 リンブ・コレクターも人喰いの化け物だったが、日本において人喰いの連続殺人鬼を現わすのはマンティコアが最初だったと記憶されている。


 十数年間、犯人は見つかっていない。


 此処、数年間、海の辺りで暴れ回っている船を難破させて楽しんでいるサイコキラー『セイレーン』。


 そして、数十年前から事件が続いている何十名もの人間を“加工”している『マンドレイク』。


 それぞれ、全てが危険なサイコキラーばかりだった。


 牙口令谷は、幻霊生輪と落ち合った。


「もし、逮捕あるいは始末するとしたら、マンティコアからだろうな」

 令谷は生輪の部屋で、かしわ餅を出されてそれを口にする。

 生輪は、ぷかぷかと煙草を吸いながらマンティコアに関する資料を見て、何かを思索しているみたいだった。


「つまり、お前は腐敗の王達のグループと戦う為のトレーニングがしたいってわけか」

 生輪はそう結論付ける。


「ああ。……そうなのかもしれない……。今の俺では実力不足だから…………」

 令谷は項垂れていた。


「マンティコアは、当時の資料によると、怪物として警察の間で報道規制が行われている。日本においてこんな残虐で異常な事件が行ってはならないからな」


「他の二人のサイコキラーも同じだな」

 令谷は自然と握り拳になっていた。


「ああ」

 生輪はあぐらをかきながら、テーブルの上で頬杖を付いて何かを考えていた。


「もしかすると、すでに犯人は亡くなっているケースもあるか。しかし、マンティコアは生きていたとするならば、仮に当時、犯人が二十歳だとして、今は四十近くになっているな」


「マンドレイクの方は、六十を超えている筈だ」


「それでも、事件は今でも、数年おきに起きている」

 生輪は暗澹たる表情をしていた。


 連続殺人鬼は、あまりにもこの国において放置されている。警察の上層部、特に刑事課の者達は無能極まり無いのだろうか? こんなにも腐った土壌の中、安全という言葉は幻想でしかないのに、日本人は平和ボケして生きている。それが令谷とっては、どうしようもなく許せなかった。被害者遺族は泣き寝入り。どんなに被害者を凌辱されても泣き寝入りする事しか出来ない。


 連続殺人鬼は異常者ばかりで、かつ、加害者でしかないのに、葉月や崎原は、腐敗の王のメンバーとやり取りを行っているみたいだった。


「俺達だけで捕まえたいな」

「そう。そして可能なら始末する。それが狼男達の末路なのだから。俺の手で銀の弾丸を撃ち込みたいっ!」

 令谷は叫び出しそうだった。


 マンティコアの居場所は、大体、特殊犯罪捜査課で把握している。

 葉月のプロファイルもあって、幾つかの凶悪犯罪者の正体には近付きつつあった。

 だが、それだけでは駄目だろう。

 マンティコアは強力な異能者だ。

 普通の人間、特に刑事課の人間では捕まえる事は出来ないだろう。


「マンティコア。そんなに胸糞悪い敵なのか?」

 生輪は訊ねる。

 令谷は頷く。


 女ばかりを狙う殺人鬼であり、身体に工具やピアス、様々な物品などで死体を加工する。死体になるまでならいい。マンティコアは犠牲者の腕や脚をバラバラにした後、色々なものを接合したがる。それは人魚の模型を模した脚だったり、鳥の翼だったり。極めてサディスティックな印象を与える怪物であり、生き残った被害者いわく自分の身体の一部を喰われたのだと言っていた。つまり、化け物としか言いようのない異能者だ。被害者は生きて帰れた場合、大抵、四肢の幾つかを欠損して日常生活を送る羽目になっている。身体に縫い付けられたり、接合された物体を取り外す治療も大変らしかった。


 その人物の現場まで向かう。

 居場所は葉月によって、特定されていた。

 そう言えば、リンブ・コレクター事件の事を想い出す。

 腐敗の王達の動向など色々あって、マンティコアは見逃されていた化け物だ。

 だが、今後共に見逃すわけにはいかない。


 令谷は銀の銃弾が入った拳銃を握り締めていた。

 生輪は車で、その現場へと向かっていた。


 そして廃屋のような一軒家へと辿り着く。


 その廃屋で暮らしていたのは、老人だった。

 全身、毛むくじゃらで獰猛そうだった。


 令谷は警察手帳と捜査令状をその老人に見せる。


「あんたがシリアル・キラー、マンティコアだな?」

 令谷は淡々とした表情で告げる。


 老人は何か反論しようとしたが、次第に観念した顔になっていく。だが、その瞳の獰猛さを隠す事は出来なかった。老人はすぐに飛び掛かろうとして、隠し持っていた小さな鎌を振り回す。令谷はその攻撃を避けた。


 老人は必死に廃屋の中へと入ると、奥へと逃げていく。


 車の中で生輪が煙草を吸いながら、その光景を眺めていた。


「俺も手助けしてやろうか?」

 生輪は令谷に訊ねる。

 令谷は首を横に振る。


「いや。あの化け物は、俺一人で倒す」

 それは令谷の頑なな決意だった。


 廃屋の中に入ると、なんだか生臭い臭いがする。

 令谷は慎重に中へと入っていく。

 それは、一体、何の生臭さなのか。


 周りを見てみると、水槽があった。ぷかぷかと魚が浮かんでいる。その老人は葉月の分析によると、元々は鮮魚店で働いていた人間で、欲望を押さえられなくなったのだろうと言っていた。鮮魚店。サディスティックな感情を押さえられなくなったのは、幼少期における母親からの暴行が原因ではないかと葉月は言っていた。葉月の言葉は令谷からすると、まるで魔術のようだった。胡乱な言葉をまき散らして、結果として、本当に事件解決の手助けになっている。葉月は猟奇殺人犯、連続殺人犯の思考が読み取れるのだろう。それは葉月自身が紛れもないサイコパスの類だからだろう。


 令谷は、葉月も許せない部分がある。

 彼女は追っていた真面目な刑事課の人間を殺害している過去を持っている。

 その事を知っているからには、彼女とタッグを組む事に関してはずっと令谷の信念が邪魔していた事もあった。


 そして、葉月は腐敗の王と繋がっている。

 腐敗の王は、連続殺人犯達のグループだ。

 それは令谷にとって、どうしようもない程に赦せない事実だった。


 だから、一人で怪物達を倒したい。

 令谷はそう自らを追い詰めていた。

 生輪も、令谷のその心情を理解している。そして、この後輩にあたる人間と共に戦っていこうと思った。


「なあ。令谷、お前は化け物になる必要は無いぞ」

 廃屋の中を見ながら、生輪は言う。

 生臭い臭いが酷く漂ってくる。


 あの老人は、確実にこちらを待ち構えているのだろう。



 地下へと続く階段の途中、床に腐乱した人間の指が何本か落ちていた。何か道具のようなもので切断したのだろう。それは余りにもおぞましく、余りにも醜悪極まりない悪意だった。


 令谷は拳銃を構え、生輪は式神を呼び寄せる札を手にする。


 ゆっくりと地下へと続く階段を降りていく。

 ぎぃー、ぎぃー、と、階段が揺れる。

 おそらく、地下は敵のホームグラウンドだ。

 どんなトラップが仕掛けられているのか分かったものじゃない。


「令谷。気を付けろよ」

 生輪は釘を刺すように言う。

「ああ…………。大丈夫です」

 令谷は慎重に身構える。

 生輪と組むのは、いつぶりくらいだろうか。頭部欠損事件、デュラハン事件以来だろうか。生輪とタッグを組むのは、令谷は非常に心が落ち着く。生輪はとても信頼出来る刑事だからだ。


 階段をゆっくりと下っていく。

 ぎぃー、ぎぃー、という音が揺れる。


 ……化け物の脳天に銃弾を撃ち込まなければならない。化け物に司法の裁きなんていらない。彼らはこの国で生きていてはいけない存在だ。令谷はそう考えている。


 地下室に降りる。

 そこはグロテスクな光景が広がっていた。

 未だ、生きている女性達が手足に魚や鳥、尻に蛇などを接合させられていた。奇形の怪物へと変えられた彼女達はとてつもなく悲惨な状態だった。この化け物は、『マンティコア』は人間と動物、あるいは無生物を融合して、奇形の化け物へと変える事が出来る。おそらく、奇形に変えられた者達はもう戻る事が出来ないだろう。

 切断した手足の部品に、工具用の電動ドリルを付けられた裸の女もいた。その女性はただただ悲痛な表情をしていた。人間を完全にオモチャとしか思っていない、悪意の結晶ばかりがそこには陳列されていた。


 令谷はただただ、その光景を見て怒りばかりが込み上げてきた。

 生輪は、札を手にする。

 ウツボ型の式神が、空中に生まれる。


 奥にいる怪物、マンティコアは手斧を持っていた。

 怯えた眼をしていた。


 マンティコアは異常な脚力で逃げようとするが、生の放ったウツボ型の式神に身体を捕らえられる。


 令谷は無情にマンティコアの額に向けて、容赦の無い銀の弾丸を撃ち込み続けた。


 ……もう、元通りにならない女達を見て、どうしようか令谷と生輪は話し合う。やはり親御さんの元に、家族の元に届けるのがいいのだろう。これは余りにも苦々しかった。


 それにしても。

 令谷と生輪、二人が組むのはいつぶりくらいだろうか。

 かつて、デュラハンと呼ばれる者を追い詰めて倒した時、以来だった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?