目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

難破船の歌い手『セイレーン』事件

セイレーンの闇の中。

 人間を別の物体と接合するグロテスクなオブジェを作成していた異能者かつ猟奇殺人犯『マンティコア』を始末した次の標的は、『セイレーン』か『マンドレイク』の方だった。


 生輪は気付いている。

 令谷は、去年の暮れにおいての腐敗の王のメンバー達との戦いにおいて、酷くプライドが傷付けられたのだと。余りにも自身の無力さについて、自分自身が赦せないのだろう。


 これでは復讐を遂げられない……。

 令谷の根底には、両親を守れず、彼方を守れず、彼方の両親を守れなかった心の傷がある。生輪はそれについて知っている。


 腐敗の王達と戦う前に、自らの腕を磨きたい。レベルアップをしたい。何より自尊心を取り戻したい。それが、未解決事件になっている異能者達との戦いだった。


 プロファイリングを行える葉月無しで、犯人達に挑んでいる……。

 葉月が現れる、これまで通りだ。無謀な戦いだ。


 葉月と令谷は、おそらくは決別するだろう。

 いや、そもそも初めから同じ境界線上にさえいなかった。


 葉月は動いている。

 腐敗の王達と共に、何かを画策している。

 あるいは、もっと大きな何かと戦っている。


「『セイレーン』も『マンドレイク』も、これまでずっと捕まえられなかった連中だ。銀の弾丸を撃ち込めなかった連中だ。令谷、気持ちは分かるが、昼宵葉月の分析能力に頼るべきだと思う」

 生輪は忠告する。


「………………。あいつのプロファイリング能力なんて、自身が異常者だから、他の異常者に共感出来る。理解が出来るって奴だろ? 俺はそれに対してずっと、反吐を感じていた」

 令谷は不機嫌そうだった。


 昼宵葉月は、証拠収集に適した有能な刑事なわけでも、犯罪心理に長けた外国のプロファイラーというわけではない。薄々、気付いていた事だが“死者を蘇らせる事以外の、別の異能の類”によって、葉月は犯人を特定している。そこに探偵小説の探偵のようにトリックを暴いているわけでもない。ただ、葉月は自らと同じようなサイコキラーにシンクロしているだけに過ぎない。


 そんな人間を、化け物を狩る為の場所にいて良い筈が無いというのが、令谷の考えだった。どうしようもないくらいに、二人の溝は深い。


「冷静になれよ、牙口令谷。お前の目的はこれ以上、犯罪者遺族を増やさない事だろう? 俺は何度も言っているだろ、冷静になれって」

 生輪は兄貴分として、彼の心情に同意しながらも、なおも𠮟りつける。


「昼宵葉月を頼れってのか? あのサイコ女を………………」

 令谷は握り拳を作る。


「彼女が八月に特殊犯罪捜査課の刑事になって以来、ずっとそうしてきただろ? 彼女がいなければ『リンブ・コレクター事件』。『ナイト・リッパー事件』。『ベリード・アライブ事件』は解決しなかった」

 生輪は強く、葉月の社会貢献の度合いを言い放つ。


 令谷は自分一人でも解決出来た、犯人を倒せた、と言おうとして、口をつぐんだ。

 スワンソングの言葉を覚えている。

 お前はいかに、無力なのか、と。


「で。どうするんだ? 『マンドレイク』の方は、もう数十年以上も犯人像が分からない。可能性があるとすれば『セイレーン』の方だ。『セイレーン』は、今も犠牲者を出し続けている」

 生輪は、小さく溜め息を付く。


「お前の私的な感情を俺は何度、止めているんだよ。本当は腐敗の王達のメンバーによって殺されていた。分かるよな?」


 令谷は返す言葉も無い。


 令谷は大きく溜め息を付き、舌打ちをした後、葉月にラインを送った。

『セイレーン』というサイコキラーについて、分析して欲しいと。



 漁船に乗る者達。

 漁師達の間で囁かれている怪物。

 船員達の間で囁かれている怪物がいる。

 それは、船を難破させる事を好む怪物『セイレーン』が存在するのだと。


『セイレーン』は都市伝説中の怪物だったが、同時に特殊犯罪捜査課と刑事課の間では、極めて危険な凶悪犯として認識されていた。


<今。オフィスにいて『セイレーン』の資料を調べているけれど、ある程度の犯人像は分かったわ>


「それはなんだ?」

 令谷はラインに文字を打ち込んでいく。


<犯人は複数犯。血縁的な者かもしれない。最低二人はいる。あと、年齢は十代くらい>


「何故、そう思う?」

 令谷は訝し気に訊ねる。


<この犯人は自分一人ではなく、誰かと同時に楽しみたいのだろうと思ったから。でも共犯者はどれだけ信頼出来るのだろう? 船を沈める事に対して。戦利品を誰かと楽しみたい幼い子供のように思える。異能者なら私みたいに若くても異常な事が出来るわよね。家庭環境は当然、複雑だったんじゃないかしら。断言するけれど、物凄く悪かったと思うわね。もしかすると、兄弟かも。船を沈める事をまるで無邪気な子供が行うゲームのように思っている。あるいは宗教的な儀式とも。ああ、何故、私にそれが分かるかって? 今更、答える必要は無いでしょう?>


「ゲームか。反吐が出るな」

 令谷は、葉月からのラインを見ながらうんざりした顔をする。

 葉月には、殺人犯の気持ちが理解出来る。


 刑事課の者達は、物的証拠ばかりを追い求める。犯行当時のアリバイなども重視する。

 ただ、サイコキラー達はそんなものが通じない。

 なので、葉月みたいな存在は必要なのだ。


 殺人衝動。グロテスクなものに対しての希求。サディズム。支配欲。自己顕示欲。異能という力を持ってしまった者故の傲慢さ。知的なスリル。破壊衝動。ルサンチマン。コンプレックス。


 葉月には、サイコキラー達のそのような感情が手に取るように分かるのだろう。

 証拠品なんて、見つけていない。

 葉月は、ただ犯人像を想像して言い当てているだけだ。

 もはや、それは異常な的中率を誇る占い師の類だった。


<ゲームや宗教儀式と言ったけど……。いや、やはり、より深く彼らを理解する為の言葉はそれじゃないわね>

 葉月は自ら分析した事を否定する。

 ファイルを見ながら、事件の詳細、被害者状況、被害者の状況。何故、セイレーンが船を難破させるのか? それらの分析を始めているのだろ。


<これは“歌”ね>

 奇妙な断言だった。


<彼らにとってやっている事は“演奏会”なの。よく分かるわ>


 最後に葉月は奇妙な事を言った。


 船を難破させて漁師達を殺害する事を、演奏会だと思っている?

 だからこそ『セイレーン』と呼ばれているのか?


 令谷は、異能者の匂い、感覚を知っている。

 それは自分の特殊能力なのだろうか。

 リンブ・コレクター事件の時にも、家を突き止める事が出来た。

 令谷の嗅覚なら、セイレーンに辿り着く事が出来るかもしれない。


 ひとまず、一番、犠牲者が出た海。海岸に行こうと思っている。無駄足かもしれないが、今の令谷は何も行動しない事の方がストレスでしかなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?