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戦闘 朧花と果吉

「この雀たち、爆発しますの。それはそれは派手に」


 急に言われて、ヨウマはその意図を訝った。


「なんかやばいんじゃないか?」


 隣に立つキジマが言った。


「かもね」

「さて、これで条件は満たしましたわ。死んで頂きます」


 雀の群れが彼らに襲い掛かる。そして爆炎。


「さて果吉、帰りますよ」

「酷いじゃん」


 煙の中から声がした。それが晴れれば、半透明で紅い壁がそこにあった。


「こんなんじゃ死なないよ」

「チッ……」


 朧花は整った顔を歪めて舌打ちした。


「お嬢様、ここは自分が」


 果吉が前に進み出た。


「援護をお願いいたします」


 そう言うと彼は返事を待たずにヨウマに向かって走った。素早く抜かれた刀がその重い一撃を弾く。


「遅いね」


 二人の斬り合いは、イニ・ヘリス・パーディの力を解放したヨウマが優勢と言ったところだった。キジマも加わり、果吉は1歩、また1歩と後退する。このまま押し切れる。そう確信したキジマの左肩を、何かが貫いた。雀だ。鋭利な嘴を有する雀が弾丸めいて飛来したのだ。その小さな小さな鳥はそのままの勢いで彼らの背後に控えていた戦士たちのすぐそばで爆発し吹き飛ばしてしまった。


「小さい癖に……よくやるよ」


 剣戟が落ち着き、少し果吉との間に間合いができたところでキジマが言った。


「この爆発、わたくしに負担がかかりますから乱発はできませんのよ」

「ペラペラ喋るね。何か裏があるって思っていい?」

「この雀たちはわたくしの影から生み出されるもの。わたくしの類稀なる才能によって詠唱無しで無限に生み出せる……恐ろしいですか? いえ、聞くまでもありませんね、恐ろしいに決まっています」

「残念だけど、そんなことでビビるほど肝は小さくないよ」

「なっ……! 果吉!」


 ヨウマの方に向かおうとした果吉の前に、キジマが立つ。


「任せたよ、キジマ」

「おうよ」


 一言言葉を交わした瞬間、雀がヨウマに襲い掛かる。結界で受け止めはしたが、次から次へと飛んでくる爆撃に彼は動けなくなった。やがて頼れる壁に罅が入る。


「さあ赦しを乞いなさい! 自分は負け犬だと、亜人に与する純粋種の裏切りものだと!」


 連撃が一瞬止む。魔力切れか、それとも罠か。だとしても彼は突撃した。結界はいつか破られる。どこかで攻めなければ負けるのだ。それが後か先かの違いしかないと思えば、決断的に行動できた。


「上なる者よ──」


 詠唱しようとした朧花を、彼は斬りつけた。咄嗟の回避行動で顔に深い切り傷をつける程度のことしかできなかったが、彼はそれ以上の攻撃をしなかった。右太ももを雀に撃ち抜かれたのだ。


「わたくしの顔に、傷を……」


 よろよろと動いた彼女は、燃え盛る殺意を惜しげもなく晒す目つきでヨウマを睨んだ。


「……慢心しておりました」


 雀を5羽、10羽、20羽と生み出す。それが黒いカーテンのように彼女を覆って、ヨウマを威圧する。


「果吉」


 呼びかける。


「帰りますわよ」


 果吉は左腕の中ほどを圧し折られていた。


「よろしいので?」

「亜人の排除という目的は達しました。これ以上の戦闘は無益でしょう」

「承知しました」


 人差し指と中指を立てる、あのポーズ。阻止しようにもヨウマは片足を引きずる格好になってうまく動けなかった。


「必ず殺しに参りますわ」


 そう言い捨てて二人は消えた。敵が消えると、そこに残された惨状が嫌でも意識される。前には血と肉体だったもの、そして首のない死体。後ろにも飛び散った真っ赤。この世の地獄と言えばこういう情景を指すのだろう、とヨウマは思った。


「動けるか?」


 ヘッセで応急処置をしているところに、キジマが話しかけてきた。その頬には切り傷ができていて、腕には犬の歯型のような傷ができていた。


「歩くのは無理かも。救急車まで運んでくれる?」

「お安い御用だ」


 と彼は親友を持ち上げた。


「しっかし、だいぶ死んじまったな」


 死んだ戦士は6人。それが撒き散らした内臓に足を取られないよう慎重に彼は歩いた。


「随分よく喋る敵だったね」


 階段を下る振動に揺られながらヨウマが言う。


「それも自分の得にならねえことばっか。何かあるのかもな」

「例えば?」

「喋れば喋るほど強くなる呪縛、とか」

「それありそう。条件って言ってたし、何か呪縛を使ってることは確かだ」

「だとすれば、とっとと黙らせられなかったのは痛いな」

「うん、話なんて聞かずに殺すべきだった。これは僕のミスだ」

「そう背負うなよ。気づかなかった俺にも責任がある」

「じゃあおあいこだ」

「都合のいい奴だぜ、ホント」


 救急隊員にヨウマを引き渡して、キジマは見送る。空は突き抜けるように晴れていた。





「おかえりだにゃ」


 コンクリートの部屋に帰還した朧花と果吉を迎えたのは火増だった。打ちっ放しの冷たい壁の空間には、半径3メートルほどの円が浮かび、その向こうには畳と襖の建物の内部があった。


「果吉ちゃんは陽議ようぎちゃんのところに行くにゃ?」

「そうさせてもらいます。朧花様はどうなされますか?」

「わたくしはただの切傷ですから自分で治せます」

「それでは」


 この空間は、構成員の魔術によって地球にある彼らのアジトと繋がっていた。それによって、単なるビルが豪華な屋敷と化しているのだ。


 果吉は右手に靴をぶら下げ、腰に斧を下げ、いくつか座敷を超えて、障子を開いた。庭を鋏で手入れする、白いシャツにジーンズ姿の男がそこにいた。


高禍こうかさん、陽議さんはどこに?」

「診察所にいるよ。怪我でもしたのかい?」

「腕を折られました」

「そりゃひどい。復讐してやろうか?」

「けじめは自分でつけます」

「ハハ、わかったよ。行っておいで」


 腕に痛みを食いしばり、外に出る。そこは日本の原風景とも言うべき穏やかな村が広がっていた。舗装されていない道の端には雪が山になっていた。


「果吉様、お怪我をなされたので?」


 すれ違う若人が尋ねた。


「こんなもの陽議さんに診せればすぐ治ります。ですが、心配していただきありがとうございます」


 礼を交わせば、過ぎ去った。


 陽議というのは影術師団とそれに感化された者達である『冥道衆めいどうしゅう』の医療関係を担当している団員だ。断面が奇麗だったとはいえエルアウスの腕を元通りにする程の医療魔術の使い手で、即死しない限り治る可能性があるというのは影術師団の持つ大きな強みだった。


「酷い骨折だ」


 白衣姿の陽議は果吉の腕を見て言った。髪を短く切り揃え、眼鏡の奥に怜悧な印象を与える瞳を持つ中年女性だった。その傍らには真っ黒な猿がいる。彼女の式神だ。


「少し魔力を借りるぞ」

「ええ、お構いなく」


 彼女は相手の左腕に手を翳す。猿もやってきて、手を重ねた。魔力を式神にプールしているのだ。


「源よ、輝く空よ、癒えたりて。消え去る者に幾許かの猶予を。回」


 詠唱を受けて発せられた暖かい光が傷を癒していく──。


「──よし、これでいいな」


 痛みもすっかり消え、果吉は深く頭を下げた。


 魔術による回復には二つの種類がある。肉体の構造を理解し、魔力によってパーツを生み出して補完する方法。そして、魂の形──つまりその生命体の本来あるべき形を知覚して肉体をそれに合わせる方法。陽議が用いるのは前者だ。というよりも、魂の形を知覚できる人間はほとんどいない。


「いつも助かります」

「いいさ。これが私の役割だからね」


 彼女は柔らかく笑う。血で乾いた果吉の心を少し潤した。


「朧花お嬢様は良くしているかい?」

「ええ」

「火増クンと並んで影術師団の未来を担う存在だからね、健康でなければ困る」

「わかっています」


 彼女がカルテに色々と書き込んで、それを傍の机に置く。


「これは誰にも言わないで欲しいんだが」


 と話し出す。


「フロンティア7の制圧、できると思うかい?」

「鉄傑様がやると仰った。ならやるまでです」

「我々が管理しているこの村も、人口はざっくり300人。その200倍を超える人口をフロンティア7は抱えている。朝起きれば急に支配者になれるわけじゃない……もっと段階を踏むべきだ」

「それ以上言うと自分はあなたを殺さねばならなくなります」

「ならここまでしておくか。忘れてくれ」


 キイッ、と椅子の軋む音。


「一応痛み止めを出しておく。ないと思うが、傷が痛んだら飲んでくれ」

「ありがとうございました」


 果吉は診察室を去る。待合室の長椅子にどかっと座って、呼び出しを待った。その間に、5歳ほどの子供が母親に連れられて診察室に入っていく。彼はそれを微笑んで見ていた。


(凩檜橋……)


 正式に総督となった者の名を思う。


(彼奴とその腹心の部下達を殺してフロンティア7の政治機能を麻痺させる。それが鉄傑様の計画。しかし正面からは無理だ。ヨウマにグリンサ、イルケといった戦力を無力化できなければ不可能に近い。私の役割は露払い。檜橋殺害は誰がやるのか……)


 考えていると、名前を呼ばれた。


「処方箋が出ていますから、薬局に寄ってください」

「わかりました。それでは」


 外に出て、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込む。紛れ込む、堆肥の匂い。嫌いではなかった。むしろ安寧の象徴として好んでいる部分もあった。


 前を走る、燥いだ子供達。空には小鳥。薬局に入って、痛み止めを受け取って、出る。


(ああ、着替えるのを忘れていた)


 裾を見れば血の跡だ。


(今日は随分と殺した……)


 オフィスにいたニェーズを斧で血祭りに上げた。心地よさを感じたのは事実だ。


 彼は影術師団に加わる前、皇国軍の魔術師部隊に属していた。だが、亜人部隊によるクーデターが起こった。その過程で妻子が人質に取られ、結果死亡した。30歳の時のことである。それから6年。軍を脱走し、影術師団に接触を図り、そして今に至る。今日まで殺した亜人の数は覚えていないが、80を超えていることは確実だろう。


(穢れた亜人は徹底的に殺さねばならない)


 それが彼、ひいては影術師団と冥道衆全体の軸となっている思想だった。殺して、殺して、殺して。それで何も得られなかったとしても、引き下がる選択肢は彼らにはない。亜人は敵。それが真理として共有されてしまっていた。


(まあいい、茶屋に寄って帰ろうか)


 風の吹くまま、彼は歩く。15分ほどのんびりと風景を楽しみ、赤い暖簾を出した店の前に立つ。同じ色の布がかけてある椅子に座って、茶と団子を女中に頼んだ。


 ポケットからスマートフォンを取り出す。鉄傑から愛された魂の様子を見てくるように、とメッセージが届いていた。それを見て言葉を選んでいる内に団子と茶が来た。


 この村には地下を流れる魔術的エネルギーを電気に変換する装置が置かれており、インターネットも言語魔術を使って高度に偽装された上で利用可能となっている。そういうわけで、生活水準自体はそう低いものではなかった。


「ごちそうさまでした」


 金を払う。日本円が流通している。違法な魔術符──呪文を紙や布に書き、誰でも扱えるようにしたもの──の裏社会での売買が主な収入源だ。これは魔力を媒体に込める必要があってそう量産の効くものではないが、それ故に希少価値があった。


 その生産を取り仕切る役目を彼は担っていた。冥道衆の中から魔力の多い者を選び出し、愛された魂と契約させて、札の作製をさせる。そうやって得た金は影術師団の金庫に納められ、組織への貢献度合いに応じて冥道衆に分配される。そうやって経済は回っていた。


 彼が訪れたのは、影術師団の屋敷にある離れだ。とはいってもその規模は相当なもので、影術師団の保有する愛された魂総勢10人が暮らせるほどの大きさがあった。箏と三味線の音色が響いてくる。


契者けいしゃ様」


 縁側に正座して、障子の向こうにそう呼びかけた。契者というのは鉄傑が考えた愛された魂の持ち主への敬称である。


「お変わりありませんか」

「誰も異状ありません。新たな呪文がご入用ですか」


 嗄れた女の声だ。


「そういうわけではございません。ただ鉄傑様より状況を確認せよとの命を受けまして」

「鉄傑が自分でくればよろしいこと……あなたに話すようなことはありません。帰りなさい」

「仰せのままに……」


 礼をして立ち去る。


(ご機嫌が優れんようだが……撤退したことが耳に入っていたのか?)


 耳が早すぎる、と彼は思う。


(火増さんあたりが情報を流したのか……? まあいい。次の任務で挽回すればいいからな)


 離れから母屋へ。その奥にある自室へ。腰を下ろした。

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