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50話:ロッティの言い付け

 穏やかさを取り戻した『癒しの森』は、何事もなかったかのように沈黙していた。その静けさに波紋を広げるように、王女のか細い声が響き渡る。


「…痛みが…消えております…」


 胸の辺りを両手で触り、チェルシー王女は何度も瞬いた。


「姫様!!」


 モンクリーフは弾かれるようにして花のベッドの傍らに行って、不思議そうな表情かおをするチェルシー王女に涙目の笑顔を向けた。


「姫様!」


 レオンも小走りに駆け寄り、その場に跪いた。


「モンクリーフ、レオン…」

「ごめんなさいひめさまあ!アタシが悪いんですアタシのせいで姫様が、わざとじゃないんです、本当ですうう」


 大声で泣き喚きながら、モンクリーフは謝罪と言い訳をぶちまけた。


「今ここで、カミングアウトするんかい…」


 ロッティは薄笑いを浮かべてモンクリーフを見た。

 一瞬なんのことか、という表情かおをしていたチェルシー王女は、やがて穏やかに笑んで、モンクリーフの頭をそっと撫でた。


「しょうがないわね、モンクリーフ」

「ごめんなさああい」


 大泣きするモンクリーフ。それを見て、呆れながら苦笑するレオンとフィンリー。

 チェルシー王女は身を起こし、慌ててレオンが支えた。


「”癒しの魔女”様」


 その場に座り込んでいるロッティに、チェルシー王女はそっと頭を下げた。


「お助け下さいましたこと、本当にありがとうございます。どんなにお礼の言葉を尽くしても足りません」

「呪いの後遺症もなさそうですね。本当によかったです」


 ロッティは僅かに苦しそうな表情を浮かべて笑んだ。


「元はと言えばモンクリーフの悪戯が発端。そしてコンセプシオンの勘違いが招いた誤解の被害者です、殿下は。魔女の迷惑を被ったのだから、私どもに礼など不要ですよ」

「経緯がどうあれ、お助け下さったことにかわりはありません。本当に、ありがとうございました」


 レオンに支えられながら、チェルシー王女は立ち上がった。


「姫様は病み上がりだけど、一刻も早くフラワータワーへお送りしてあげようよ。国王陛下も大喜びすると思うし」


 やんわりとフィンリーが入ると、モンクリーフとレオンは大きく頷いた。


「そうね!早くお城へ帰りましょう!」

「ロッティ、姫様を送ってきます」

「ええ、そうしたほうがいいわ」

「おねーさまも一緒に行きましょうよ」

「私はあとで合流するわ。ちょっと疲れたから休憩してからね」


 小さくウィンクして、ロッティは先を促した。


「判ったわ、おねーさま。フィンリー卿も行きましょう」

「あー、俺は弟子として、師匠を小屋まで連れて行くからパスね」

「おっけぃ。んじゃ!」


 スラスラと移動用魔法陣を描き、モンクリーフ、レオン、チェルシー王女は飛んだ。

 3人を見送ると、ロッティは崩れるように倒れた。


「ぴよ!」

訳:[ご主人様!]

「ロッティちゃん!」


 フィンリーは慌ててロッティを抱きかかえた。


「500年溜め続けていた魔力を一気に放出したから、さすがに身体にくるわね…」


 額に汗を滲ませながら、ロッティは苦笑いした。


「ぴよ、ぴよ」

訳:[ご主人様、ご主人様]

「大丈夫よメイブ、本当に大丈夫…」


 フィンリーはロッティを花のベッドに寝かせた。


「後のことは俺とメイブたんに任せて、ロッティちゃん」

「うん、任せたわ」

「ぴよ…?」


 メイブは不思議そうにロッティとフィンリーの顔を交互に見つめた。


「あとで話してあげるね、メイブたん」


 にっこりとメイブに笑いかけ、フィンリーは立ち上がった。そしてロッティの顔の傍に座り込んでいるメイブを掌に掬い上げる。


「おやすみ、師匠」

「おやすみね、メイブ、フィンリー」


 小さく微笑み、そしてロッティは目を瞑った。



* * *



「なんじゃとおお!!」

「顔近いっす…」


 身を乗り出してきたコンセプシオンに、フィンリーは仰け反りながら冷や汗を浮かべた。

 フィンリーから離れると、コンセプシオンは勢いをつけてソファに座り直す。


「ぴよぴよぴよ!」

訳:[なんでフィンリーしゃんだけに話したんですかご主人様は!]


 メイブもテーブルの上で、怒り心頭で喚いていた。


「いや、メイブたんに話すと、全力で儀式を止めに入るからって、ロッテッちゃん言ってたよ」

「ぴ…ぴよ…」

訳:[うっ…確かにそうします…]


 複雑な表情かおを浮かべるコンセプシオンとメイブを見て、フィンリーは苦笑を浮かべた。




「じゃあ、師匠として最初の言いつけをするわ」

「なんなりと」

「儀式が終わった後のことよ」


 弟子入りした直後に、師匠ロッティから言付かったことがあった。


「儀式が終わったあと、私はすぐ眠りについちゃうわ」

「え!?」

「私の生命維持ギリギリの限界まで魔力を放出しないと、『癒しの森』の力や『フェニックスの羽根』を使っても、『魔女の呪い』を払いのけられるかどうか判らないの」

「そんな」

「そのくらい呪いは強力ってことね。

 『魔女の呪い』は魔女なら全員使える負の魔法。なんでこんな魔法が授けられているのかは、グリゼルダ様ですら知らない。

 こんな厄介な魔法、使うバカはこれまで”不平等を愛する魔女”くらいなものだったけど。本当に本当の奥の手でもあるから、使えることすら忘れてるくらいが一番良いんだけどね。

 私自身、祓うのは初めてのことだし、こんな大掛かりな力を使う儀式も初めて。失敗しないためにも、ギリのギリまで全力を使うつもり。でもそうすると、私は暫く眠りにつかなきゃいけなくなる」


 不安そうに見てくるフィンリーに、ロッティは明るく微笑んで見せた。


「失った魔力を戻すためと生命維持のためよ。

 どのくらい眠こけるかは判らない。だから、私が眠りについた後、メイブと”曲解の魔女”コンセプシオン・ルベルティにこのことを話してほしい。

 メイブにはついでに、このメモの内容を。そしてコンセプシオンには『フィンリーとメイブが付き添うから、チェルシー王女に謝りに行きなさい』って付け加えといてね」

「ひえっ」


 黒髪を振り乱して喚いていた姿を思い出し、フィンリーはゾゾっとそそけだつ。


「メイブに頼めば、連絡してくれる。そしたら彼女は『癒しの森』まで来るから」

「へい…」

「あと」


 ロッティは顔を赤くして俯く。


「レオンにも、話しといてね」

「えー?自分で言わないの?」

「だ…だって、レオンも止めてきそうだし…、レオンに止められたら、なんか、決心が揺らぎそうで…」


 もじもじするロッティを見て、フィンリーは「ぷっ」と噴き出す。


「確かに。そりゃ俺が話したほうがイイよねえ」


 あははっ、と笑った。


「ま、まあ、死ぬわけじゃないし。ただ、ちょっと眠るだけだから。だから、後は頼んだわよ、我が弟子よ」




 ロッティの言う通り、儀式の後、彼女はすぐに眠りについてしまった。

 魔力が回復しやすいように、言われた通り花のベッドに寝かせた。そんなロッティの世話は、魔法生物ゴーレムたちとメイブが見ている。


「それじゃ行きますか、”曲解の魔女”殿、メイブたん」

「…判った。身体を張ってまで王女を助けたロッティの頼みだ」


 人間嫌いのコンセプシオンが、人間の王女に謝るのは嫌だろう。それが自らの失態によるものだとしても。しかし駄々はこねなかった。


「ぴよ」


 メイブはフィンリーの肩の上に乗る。


「”曲解の魔女”殿、移動魔法お願いしまっす」

「判った」

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