── 昼前 -飛空艇-
「おうっ飛空技師、怪我の具合はどうだ?」
「まあまあだ、昨日よか良いが…まだまだ安静が必要だな…」
一夜経ち、来たる2日後の決戦に向けての話し合いをする為、ベジルが飛空艇にやってきた。私さっき起こされたばっかだから…まだ若干頭が働いてない…。
とりあえずアクアスに応対を任せ、慣れない左手で歯を磨いた。口をすすぎ、顔を洗い、ようやく頭が目覚めてきた。
顔を拭いてベジルのところへ戻ると、ベジルはL字ソファーに座ってカーファを飲んでいた。私も反対側に座ると、アクアスが素早く私の分を持って来てくれた。
目覚めの一杯を口に運ぶと、今度は朝食が出てきた。湯気と一緒にいい匂いが漂ってくる、今日も素晴らしい朝食だ。
【メニュー】
・骨付き
・じんわりキノコスープ
・ふかふかパン
こんがりと焼かれた
わざわざ来てくれたベジルには申し訳ないが、消化不良を起こさない為にもゆっくり味わわせてもらおう。ではいただきます。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「──食い終わったか…? 幸せそうな顔でじっくり頬張りやがって…」
「今日の予定全部忘れてるのかと思ったニ…」
ちょっとゆっくり味わいすぎたな…これはアクアスが悪い、美味すぎた。
アクアスが食器を片付け終えるのを待って、私達はようやく本題に入った。2日後に控えた魔物討伐に関する話し合いだ。
「今言うことじゃないかもしれないニけど、一体何を話し合うニ? こう言っちゃなんだけど…魔物相手にあれこれ策を考える意味ってあんまり無くないニ…?」
「そんなの百も承知だ、だからここでは細かいことを話し合うんだよ。どこで魔物と戦うのか~とか、魔物はどんな行動してくるのかな~とか」
ざっくりニキから聞いた話じゃ、
シヌイ山ん時はまだネコの姿だったから絶望感少なめだったが…ワニはちょっとなぁ…。腕どころか体ごと食い千切られそう…。
「待て待て、どこで魔物と戦うかって…こっちで戦場を選べる相手なのか…? 所かまわず暴れ散らかすような奴に見えたが…」
「その点はきっと大丈夫だ、魔物の習性を利用させてもらう」
魔物はかなり気まぐれ…唐突に姿を見せては人や自然に害を及ぼす存在…。どこに潜伏しているのか分からず…いつ目の前に姿を現すかも不明瞭…。
だが魔物はどういうわけか…自身のテリトリーの外に石版を持ち出そうとすると、何故かそれを感じ取って追行してくる。
前はそれで傷癒えぬまま思わぬ戦闘を強いられたが…もしそれが魔物の習性ならば、こちらが利用することは理論上可能な筈。
「まずは石版を持って砂漠を離れれば、きっと魔物は釣れる。そうしたらUターンして、予め決めたポイントまで魔物を誘導するだけだ、簡単だろ?」
「そんな上手くいくもんニ…? まあ仮に上手くいったとして、どこで戦うニ? 周囲に人が居ないのは絶対だとして、他に何か条件必要ニ?」
「人が滅多に訪れない場所でなくてはなりませんね。戦闘中に誰かが足を運んでしまっては…戦いに巻き込まれてしまいます…」
周囲に人が居らず、かつほとんど人が足を運ばない場所が好ましい。もっと言えば厄介な障害物が少ない場所がいい、アクアスの射線が通りやすい。
だがそこには問題あり…。前者は何とかなるが…後者がとても難しい…。砂漠は山のように盛り上がった部分がちょうど遮蔽物になるから…見通しが凄く悪い…。
しかもそれが砂漠の大部分を占めているから…余計に場所決めが難しい…。土地勘のあるベジルが頼みの綱だ…。
「条件に見合う場所はありますかねェ…ベジルさん…?」
「そうだな…、ちょっと地図広げてもいいか?」
ベジルは地図を持ってきており、テーブルの上に広げた。私が持ってたのより大きく、私のやつより記載があった。
さてさて、このだだっ広い砂漠の中から戦場を決めなくちゃならないわけだが…さっぱり分かんねェなこりゃ…。
9割方砂だし…のっぺりとした地図じゃどこも同じにみえるな…。かと言って名の付く場所は人が集まりそうだし…──んっ?
「この〝
「円形に砂地が窪んだ場所でな、昔はそこに罪人共を落としてたらしい。かつては観光名所だったが…今は色々あってほとんど人が寄り付かねェ場所だ」
聞けば、十数年前までは観光客がよく足を運ぶ場所だったそうだが、時々観光客が落下したりのトラブルが起こっていたそう。
その為救助隊が駆け付ける前に
結果的に一般人の接近は規制を受け、現在は指定三級立入禁止区域に定められているそうだ。一般人は来ず、遺跡でもないので学者も滅多に来ないらしい。
「俺ァ実はここを提案しようと思っててな、ここならオマエの言う条件にピタリと合うだろ? 足元から時々人骨がこんにちはしてるくらいで、他には何もないしな」
「だいぶ怖いけどなそれも…、視界にチラつく度にビクッとしそうだ…」
「なんか呪われそうニ…」
だが確かに好条件な場所だ、好きに暴れるにはちょうどいい。念の為に後で
物好きな学者が万が一にも訪れたりしないようにだ。いやいっそ街の外へ出るのも規制してもらった方がいいか…? うーむ…どうしたものかな…。
「とりあえず、戦場は
「「 はいっ!
ニッ! 」」
「ノリ良いなオマエ等…」
ひとまず決戦場所は決定し、その後は当日の動きについてあれこれ決めた。だが戦闘が始まってからの動きについては特に何も話してない…。
ニキの言ってた通り、常識外れな魔物相手にはあれこれ策を練ったりせず…むしろその場その場に合わせて動いた方が良い気がするからだ…。
となれば次は何をしたものか…やはり
それとも
決戦まで残り少ないというのに…あれこれやっておくべきことが多い…。これじゃ気が休まない…心労が積み重なる一方だ…。
とは言え弱音をこぼしている暇はない…、私は重たい腰を上げた──。
<砂と舞の街 ─ノッセラーム─ >
現在私とアクアスは馬車に揺られながら、
ニキとベジルとは別行動、あの2人は
「スムーズに話が進めばいいですね」
「そうだな、さっさと終わらせてゆっくり休みたいぜ…」
私は荷台の窓際に肘をついて、外に広がる街並みの景色を眺めた。統一感のある家々、賑わうバザール、道を行き交う活気溢れる人々。
魔物がここに襲来すれば…この景色もあっという間に過去のものになるだろう…。そこにあった当たり前も幸せも…一瞬で瓦礫の下に埋もれる…。
私は視界に映る景色を目に焼き付け…改めて覚悟を締め直した。絶対に奪わせない…必ず守り抜く…、ユフラ村のようにはさせない…。
“ゴンゴンッ!”
「おっ! 到着したのか、全然気が付かなかったぜ…」
早く降りろと荷台を叩く音に急かされ、私達は急いで馬車から降りた。無愛想な御者に運賃を支払い、去っていく馬車を横目に、私達は
中にはもちろん憲兵達が居るが、街全体の外出規制を要請するとなれば…直接
見た感じそれっぽい人は居ないし、私達の対応をしに来る憲兵に頼んでみよう。もし渋られたら、間髪入れず女王直筆の許可証を見せつけて…こちらが只者ではないことを堂々と示そう。
「どうされました? 何か事件でも?」
「いえ、ですが少々重要な話がありまして。
「
言葉の途中で何かに気付いたような素振りを見せた憲兵は、駆け足で2階へと続く階段を上がっていった。何だろう…「まさか」って言ってたけど…。
少し待つと、さっきの憲兵が
「御二人が例の方ですね、我々は何を?」
「えっと…後程詳しく説明しますが、明日明後日の2日間…この街から人が外に出るのを規制していただきたいんです。何を言ってるか分からないと思いますが…これにはれっきとした事情がありまして…」
「いえいえ、皆まで言わずとも分かっておりますよ。2日間の外出規制、
思わぬとんとん拍子に、つい私とアクアスは顔を見合わせた。まるでこっちの頭の中を全て見透かされているような感じだ…ちょっと怖い…。
〝例の方〟ってのもどういうことだ…? 誰かから私達の
「他には何かありますかな? 遠慮せず頼ってください」
「えっと…じゃあ
「分かりました、すぐに使者を遣わせましょう。避難経路もこちらで綿密に考えておきますので安心してくだされ。他には何か?」
「あっいや…もうないかな…? ご協力感謝します…」
話し終えた私とアクアスは、足早に
脳内では色々な疑問がぐるぐる渦を巻いて…互いにぶつかってはどんどん膨らんでいく…。しばらくそのまま立ち尽くし…やがて正気に戻った…。
「えっ…なっ…何だったんだ今のは…?」
「
私達の動きが先読みされていたかのような…上手く言えないけどめっちゃ気味悪い…。スムーズに話が進めばいいなとか思ってたが…この結果はちょっと予想斜め上…。
仕事早過ぎる憲兵達のおかげで、もう私達の仕事が終わってしまった…。ニキ達の手伝いに行く予定だったが…その必要もなさそうだ…。
「──帰るか…」
「そうですね…帰りましょう…」
── 中宵 -飛空艇-
明昼頃に飛空艇へ帰ってきた私達と違い、ニキは陽が沈んだ頃に帰ってきた。交渉に手を焼いていたのかと思ったが、そうではなかったらしい。
どうやらニキ達の方も速攻で終わっていたらしく、ベジルは家に帰り、ニキは商売を楽しんでいたそうだ。
「へェ~、じゃあそっちも似たような感じだったのか」
「そうニよ、戸惑って頭真っ白になっちゃったニ…」
更に謎が深まった…マジでどういうことなんだ…? うむむ…訳分からん…、何者かに仕組まれているかのようだ…。
誰かに見られてる…? まさかあのネズ公か…?! 懲りずにまたストーカーしてんのか…?! 捕まえたら絶対半殺し絶対半殺し絶対半殺し…!
“ゴンゴンッ、ゴンゴンッ”
「んぉ? こんな夜分に誰だ?」
ネズ公への殺意を抱いていると、扉をノックする音が聞こえた。ここを訪れるような人物は限られているし、ベジルが何か言い忘れたかな?
アクアスは今夕食の準備をしているし、私が応対しにいく。階段を上がって扉を開けると、そこにはリーナが立っていた。
「おぅ…どうしたんだリーナ…?」
「ごめんねこんな夜分に…でもどうしても今言いたいことがあるの…! 昨日と今日…私なりに色々考えて…、それで決めたの──私も一緒に戦わせて…!」
リーナの目は本気だった…覚悟の決まった
「ずっと葛藤してて…、それで昨日の夜…もし戦いに参加しなかったとしても…私にできることを最大限やろうと思って…、皆に全部話したんだ…」
「皆? 皆って誰?」
それは昨日の晩の事。戦いに参加するか否かで迷い悩んだリーナは、どちらを選択したとしても悔いが残らぬよう、とある行動に出たという。
リーナは酒場へと足を運び、そこに居る大勢の客達の前で全てを話したそう。魔物の存在、現在この街が置かれている状況、そして私達のこと。
「そうか…まあ話す分には別に問題ないが…、そんなこといきなり言われたって誰も信じないだろ…?」
「ううん、皆疑わずに信じてくれたよ。ほら、私これでも人気No.1の踊り子だからさ? 影響力が物凄いんだよね私」
「恐ろしいなオイ…」
だが本題はここから。リーナは魔物の脅威に曝されている実情から、いつでも街から逃げれるように準備してほしいと懇願した。
普通であれば急にそんなことを言っても混乱を生むだけだが…客達はその発言を完璧に信じ、そこから客達による謎の連携が始まったという…。
リーナの熱狂的なファンの中に
今日のやけに早かった対応の理由はこれか…、熱狂的なリーナファン達によるえげつない団結力の賜物…。
もしやその場に筆頭憲兵殿も居たのだろうか…? そういうタイプには見えなかったが…人は見かけに寄らぬものだ…。
そしてそんな客達の姿にリーナは心を打たれ、自分もやれることをやろうという思いが湧いてきたらしい。
「店長に私も戦うって意思を伝えて、お姉ちゃんに遺書も書いて、私物の整理もしたの…! 戦いで命を落としてもいいようにって…──だから…私も戦わせて…!」
「その言葉を待ってたぜ…、むしろこっちからも頼む…力を貸してくれ…!」
私はリーナとガシッと握手を交わし、共に戦う覚悟を固めた。これで魔物討伐に全員で臨める…本当に嬉しいことだ。
「じゃあ私帰るね、明日も店長に休み貰ったからゆっくり体を休めるよ! カカも安静にね、当日までにちゃんと治すんだよ~!」
「言われんでも気合で治すよ、オマエも遅刻したり寝坊したりするなよ? それじゃあな、おやすみ」
街へ帰ったリーナを見送って中に戻り、2人にリーナ参戦の報せを伝えた。
決行は2日後──5人と1頭で魔物に挑む。明日はゆ~っくり体を休め、その翌日の朝に討伐へと出発…サザメーラ大砂漠の未来を懸けた戦いが始まる…。
不安は一切消えないが…それでも戦るしかない…。覚悟を胸に、私はテーブルに並べられた夕食を口に運んだ。優しいスープの味が、じんわり口に溶けていく…。
──第81話 その日までに〈終〉