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108. 揺らめく魔法陣

「よし! 行こう!」


 俺はパンパンと自分の頬を張ると、アバドンを見上げてグッとサムアップする。


 アバドンもニヤッとサムアップしながら静かにうなずき、お互いに目で最後の確認をした。死を覚悟した無理筋の救出劇、もはや後戻りはできない――――。


「では王都まで参りますよ。ついてきてください」


 アバドンは壁に金色に光る魔法陣を浮かべ、その中へと入っていく。まるで異世界への扉である。


 俺も恐る恐る魔法陣の中に潜っていく。


 魔法陣の中は真っ暗で、上下もない無重力空間だった。アバドンが呪文をつぶやくと、向こうの方でピンク色の魔法陣が浮かび上がる――――。


「さぁ行きましょう」


 俺の手を取ったアバドンは魔法陣までスーッと移動する。


 どんどんと大きくなっていく魔法陣。


 闇の中で美しく輝きながら揺らめく魔法陣、それは希望か絶望か……。俺はゴクリと息を呑んだ。


 魔法陣の前にそっと止まると、アバドンはそっと魔法陣の向こうに顔を出し、辺りをうかがった――――。


「大丈夫です。行きましょう!」


 魔法陣を抜けるとそこは人気ひとけのないすさんだダウンタウンだった。王都の中なのだろうが、荒廃した街並みからはすえた悪臭が漂い、俺は思わず顔をしかめる。さわやかな高原の空気とは大違いだった。


「旦那様こっちです」


 スタスタと歩き出すアバドン。その大きな背中に、頼もしさを感じる。彼には本当に感謝しても感謝しきれない。


「凄い魔法陣だね。いきなりヌチ・ギの屋敷には繋げないの?」


 追いかけながら聞いてみる。


「元々ヌチ・ギの作った魔法ですから、セキュリティかかってて使えないですね」


 アバドンはチラッとこっちを見て肩をすくめた。現実は厳しい。


「そりゃそうか……」


 魔法では攻略できないようになっている。当たり前の話ではあるが、世界の管理者という存在の破格さに圧倒された。


「ヌチ・ギの屋敷まで二十分くらいです」


 アバドンの説明に俺は静かにうなずく。


 憧れの王都に着いたが、治安はアンジューの街よりは悪そうだった。俺たちはチンピラたちの目に留まらないよう、静かに歩く。


 道すがら、俺はドロシーを思い浮かべる。酷い目に遭わされてはいないだろうか? 泣いてはいないだろうか? 思えば思うほど気は焦る。しかし焦っても解決には近づかない。今はただ静かに歩く以外ない。その現実が胸をきつく締め付けるのだった。



        ◇



 高級住宅地に入ってくると、豪奢な石造りの邸宅が続く。それぞれが静かな威厳を放ち、まるで富と権力の展示場のようにすら見えた。


「左側三軒目がターゲットです」


 アバドンは隠しきれない緊張感を滲ませながら、静かに言う。


「了解、まずは一旦通り過ぎよう」


 見えてきたヌチ・ギの屋敷の玄関には警備兵が二名、槍を持って前を向いている。姿勢正しくビシッと直立し、彫像のようにすら見える。


 石造り三階建ての邸宅は、その威圧的な佇まいで周囲を睥睨していた。入り口には黒い巨大な金属製のドアがあり、固く閉ざされている。この辺りの邸宅は隣家とのすき間がなく、通りに沿ってまるで一つの建物のようにピタリと並んでいた。なので、身を隠す場所がないのだ。


 くぅぅぅ……。どうしたら……。


 と、その時、向こうの方から荷馬車がやってきてヌチ・ギの屋敷前に止まった。どうやら荷物の配達らしい。これは思いもよらなかった絶好のチャンスである。俺の心臓がドクンと高鳴った――――。


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