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158. 鮮烈な紅蓮の柱

 直後、褐色かっしょくの肌を持つ戦乙女ヴァルキュリが素早くヌチ・ギを羽交はがい締めにする。その瞳には、解き放たれた意志の光が宿っていた。


「レヴィアを殲滅せんめつせよとの命令を果たします」


 その声には、長く封印されていた自らの意思がにじんでいた。


「お、おい、何するんだ!? 止めろ!」


 混乱と狼狽ろうばいに彩られた叫びが響く。物理攻撃無効で最大限のパワーを持たせた戦乙女ヴァルキュリが本気を出すと、さすがのヌチ・ギでも腕を振り払えない。


「命令を果たします」「命令を果たします」


 残る四人の戦乙女ヴァルキュリたちも呼応するように唱和し、ヌチ・ギの四肢を固定する。そして一斉に、運命の火口へと飛翔した――――。


「放せーーーー!」


 絶叫ぜっきょうが火口に木霊こだまする。


 ドロシーの震える指が赤いボタンを探り当てた。


「あなた……私は、間違ってない……よね?」


 問いかけは虚しく宙に消えるのみ。


 うっうっう……。


 涙でにじむ視界の中、ドロシーは指先に決意の力を込めた――――。


 ガチッ!


 重い機械音が響き渡る。瞬間、神殿内の無数のモニターが一斉に紅く染まり、『EMERGENCY』の文字が不吉な輝きを放つ。古代いにしえの龍の咆哮を思わせる重厚なサイレンが、神殿の壁を震わせた。


「ごめん……なさい……」


 懺悔ざんげの言葉は、か細い吐息のように零れ落ちる。ドロシーはテーブルに突っ伏し、肩を震わせた。


 刹那――――。


 大地がきしむような轟音を上げ、眠りし火山が目覚めた。鮮烈な紅蓮の柱が空を引き裂き、天を焦がす。


 灼熱しゃくねつのマグマは容赦なくヌチ・ギと気高けだか戦乙女ヴァルキュリたちの姿を飲み込んだ。彼女たちの最期の叫びは、噴火の轟音に掻き消されていく――――。


 まばゆいばかりの深紅の柱は空へと伸び続ける。それは解放の象徴であり、同時に永遠に消えることのない贖罪しょくざいの印だった。


戦乙女ヴァルキュリさんたち……ごめんなさい……うわぁぁぁ!」


 初めて人を手にかけてしまった――――。


 世界のためとはいえ、その底なしの罪悪感がドロシーを蝕む。


 轟々ごうごうと続く噴火は、まるで天の怒りのよう。真紅の溶岩と黒煙が天空を覆い尽くし、世界が崩れ落ちる予兆のようにすら見えた。


 硫黄いおうの匂いが鼻をつく中、ドロシーはガックリと神殿の床に膝をつく――――。


 彼女の目の前で、五人の乙女たちは紅蓮の炎の中へと消えていった。レヴィアの周到な準備により、彼女たちの誇るべき加護も、マグマの灼熱には耐えられなかったようだ。


 ズン! ズン! と止めどなく続く衝撃に神殿が揺れ、壁に亀裂きれつが走り、破片が落ちては転がっていく。


 神殿が倒壊の危険すらある中、ドロシーは動くことができなかった。


「うっうっうっ……ごめんなさいぃぃ……うわぁぁ!」


 涙が止まらない。戦乙女ヴァルキュリたちの清々しさすら感じさせる最期の表情が、瞼の裏に焼き付いて離れなかった。世界の存続か、五つの命か──そんな残酷ざんこくな選択を、彼女はしなければならなかったのだ。


 罪の意識が全身を覆い、ドロシーは床に突っ伏して嗚咽おえつを漏らす。世界を救うための必要な犠牲だと、頭では理解している。でも、心が追いつかなかった。


 神殿に響く悲痛な泣き声は、まるで魂そのものが引き裂かれるような痛みを帯びていた。その響きは、いつまでも薄暗うすぐらい神殿の空間に漂い続けた……。



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