「コラン!!」
部屋から一番に脱出したユユが遠回りな通路を疾走し、壁の向こう側に到着する。真っ先に目に入ったのは青紫色の腕を押さえながら壁に背を預けて座り込んでいるコランだった。
「ユユ姉ちゃん……よかった、出られたんだね……」
「見せて!」
苦し気な呼吸を続けるコランの腕を、ユユはすぐに確認する。
無数の刺された跡は少年が勇気を振り絞った勲章だ。
「こんなになるまで……無茶してッ。……どんなのに刺されたか説明できる?」
「む、ムカデみたいな気持ち悪いのと……サソリみたいな……」
頑張って応えるコランの肩口にしつこくくっついている毒虫を、ユユが躊躇なく引き掴んで壁に叩きつける。他にも残っていた数匹や地面を這い回っていた個体はまとめて一気に魔法で焼却した。
「我慢して」
ユユが邪魔そうにフードをもち上げた。
衣服の一部を切った即席の布でコランの肩口をギュッときつく締めた後に、腕の刺された箇所に口をつけて毒を吸い出してはペッと吐き捨てていく。
「熱い……身体が……」
「しっかりしなさい。意識を失ったら殺すわよ」
「……乱暴なんだから、ユユ姉ちゃんは」
可能な限り傷口の毒を取り除いたユユが緑色の液体が入った小瓶と数枚の黄色い葉を取り出して、液体の方を傷にかけていく。毒消しの効果が効いたのか、紫色に腫れ上がった腕が少しだけ元の色に戻っていった。
「なんで?」
「……?」
毒の処置を進めていくユユが発した問いかけの意味が、コランは最初分からなかった。
「どうしてここまで無茶をしたの。私は止めたはずよ?」
「……さっき、もう言ったよ」
「好きだからってヤツ? 人間のくせに魔族の私が好きなんて変なヤツね。この前から目も合わせられなかったのに」
「……――ッ、――――ぅ」
毒によってコランの意識は徐々に怪しくなっていた。
その様子に気付いたユユが「ねえ」「ちょっと」と声をかけるが、反応は鈍い。
「ちっ」
ユユが舌打ちしながらコランの額に手をあてると、大分高い熱が出ているのがわかった。毒の進行は抑えたはずだが、大量に打ち込まれた毒は即座に回復しない。
「食べて」
毒に効く黄色い葉を口元に押しつけるが、コランの口は弱々しく小さく開くだけで葉を食べれなかった。続けて「飲んで」と水筒を押しつけても零れるだけ。
「……めんどくさッ」
苛立ったように告げると、ユユは黄色い葉を自身の口内に放り込んでもむもむと咀嚼してゆく。ついでに水も含んでから、彼女はコランの顔をがっちり抑え込んで口移しをした。
「……んぐっ……んぐぅ?!」
「~~~~~ッッ!」
特に言いもしなかったが、黄色い葉は毒には効くが強烈に苦くて不味い。
その苦みで意識をハッキリさせたコランは手足をジタバタさせたが、ユユは全部飲みこむまでは許さないとばかりに口移しを止める事はなかった。
「……ふぅ~」
「げほっ、げほっ!? に、にがっ、まずっ!! えっ、えっ、なに今のッッ」
「ちゃんと全部飲みなさい。じゃないともう一回ねじ込むわよ」
「…………」
容赦のないユユにコランが唖然とする。
コランが黙りこくったのは、準備する間もなく良薬口に苦しを実践されたこと。それからまがりなりにも好意を寄せる相手に口移しをされたこと。どちらがより大きな原因だったかは彼にしか分からない。
「安静にしなさい。何かあったらすぐに言って」
「げほっ……じゃあ、ひとつだけ」
ユユが心配げにコランの顔を覗き込む。
「なに」
「誤解を解きたいんだ」
「誤解って……?」
コランは申し訳なさを滲ませながら少しだけ口角を釣り上げた。
「ユユ姉ちゃんが魔族だって、僕は前から知ってたんだよ」
「……! へ、へぇ……そうなの、ふーん」
「だからさ、僕がユユ姉ちゃんを嫌いになるわけないよ。ぎくしゃくしちゃったのは……角や髪の色、種族が違うからじゃなくて」
「……」
「温泉で裸を見ちゃって恥ずかしくなったせいなんだ」
「は?」
一体どんな理由が飛び出してくるのか身構えていたユユは、とても拍子抜けしたせいで間抜けな声を出してしまった。
予想の斜め上どころではない。
そのアホさ加減は場の緊張感を一度に消滅させていく。
「ばっっっっっかじゃないの?」
「……やっぱり、そうやって罵倒されると思ったよ……」
「このエロガキ。私の裸に興味を持つなんて百年早いわ」
「はははっ……」
その後、ユユの罵倒はグラッド達が合流するまで続いた。
だが、二人の関係を遮っていた見えない壁は無くなっていたようで……拠点に帰るまで、むしろ帰った後も、ユユはコランに感謝するようにずっと世話を焼いていたのだった――。
◆◆◆
ユユの治療もあって、コランは毒からみるみる回復していった。
大事を置いて遺跡付近の拠点から家がある集落で安静にする時間もあったが、少年は変にこりた様子もなく探索に復帰することを選んだ。
「この前みたいな時に僕がいないと困るでしょ」
自信を持って胸を張るコラン。
その態度にグラッド達は苦笑しながらも改めてパーティの一員を受け入れた。この時、ユユがわずかに笑みを浮かべていたことは隣りにいたグラッドしか気づいていないだろう。
「ミリンは止めなかったのか?」
「すごい心配してたけど、僕がどーーーしても行くって宣言したら折れてくれたよ。……もし同じような事があったら私も付いていくって豪語してたけどね」
「ミリンが? それはまた剛毅だな」
「でもミリン姉ちゃんがコッチに来たら店番をする人がいなくなっちゃうよ。だから、今度はあんな罠にはまらないでくれよ!」
「わっはっはっ、約束は出来ないが気をつけるのだ。そもそもワタシだってあんな危険な罠にそう何度もかかりたくないのだ!」
「私だって好きではまったわけじゃないし」
「まあ、それぞれ気をつけて行くってことで!」
そうして、四階層の探索はゆっくり慎重に行われていった。
元々幾重にも道が分かれ、複数の横道がある四階層の探索は一~三階層と比較してかなりの時間がかかることとなる。
グラッドが感じていた神聖な力によるものか、四階層においてモンスターと出会うことはほとんど無かった。特定の部屋を守るように設置されたゴーレムのような人像と戦う機会は会ったが、それも極稀に出会うだけ。
その代わり……トラップの多さは一番だったと言ってよい。
「うお!?」
「きゃあ?!」
床や壁に仕込まれたスイッチを押せば、矢や振り子の刃が飛んでくる。
「う、後ろ! 後ろーーーーーー!!」
「わはははっ、こんな古典的なトラップに引っかかるとは不覚なのだ♪」
「笑ってる場合じゃないぞ! 走れ走れーーー!!」
特に特徴のない一直線の通路の後ろから、ゴロゴロと巨大な岩が転がってくることもあれば、別の通路から勢いよく鉄砲水が押し寄せてくるパターンもあった。
「もういっそグラッドを先行させるのはどう? あんただったらどんな罠があっても死にはしないでしょ?」
「お前に人の心はないのか」
「だって魔族だし。あるのは人の心じゃなくて魔族の心じゃない?」
力技が必要な場面はグラッドが身体を張った。
魔法的な扉や仕掛けはユユが対応した。
大人が調べづらい小さく狭い場所はコランが担当になり。
専門的な知識が必要な時はベクソンが読み解いてゆく。
つまりは適材適所。
四人の探索は、ゆっくりとではあるが確実に地下迷宮を攻略していったのである。
気づけば月日は数ヶ月以上の時を流れており、経過した時間の分だけ新たな発見があった。とりわけ大きい成果は地下迷宮四階層以降の情報が記されていた石板と、大きな壁いっぱいに描かれた壁画群だろう。
この調査にはベクソンがしっかり解読したいと申し出たため、しばらく彼は齧りつくようにしながら調べに調べていた。
「それで、どんな情報があったんだ?」
「ふっふっふっ、聞いて驚けなのだ!」
拠点でのとある夜。
ベクソンは目を輝かせながら自分の調査結果をグラッド達に語った。
「最下層にあるのは古代人が崇めた神的存在。それと遥か彼方へと続く”道”なのだ!」