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第21話 絶倫領主、遺跡の主を起こす

 ルーシーを説得した俺は、さっそく鐘楼から地面に降りた。

 読み通り遺跡は絡新婦たちのねぐらで、俺たちに彼女たちはすぐ群がってきた。


「みんな、やめや。このお方は、うちの大事な旦那はんやさかい……」


 しかし、ルーシーが凄むと、彼女たちは一斉にその場で動かなくなった。


 冷や汗を流して凍りつく絡新婦たち。

 風が吹いても手の先すら動かない。

 みな、ルーシーに気圧されていた。


「ぴぇえぇ……る~し~おね~さんって、こわいひとぉ~?」


「そうみたいだな」


「絡新婦たちのボスというところでしょうか? いけすかないですね……!」


 怯えるステラに、対抗心をむき出しにするセリン。

 海上では分からないが、陸上での戦いはルーシーは頼りになりそうだな。


 心強い仲間を得ることができた。


「ほな、これからうちらはケビンはんの傘下に入ります。あんじょうよろしう」


「いいのか? なんだかワケありという感じだったが……?」


「心配あらしまへん。うちも覚悟を決めました。たとえ子孫を残せなくても、ケビンはんの女になれるなら……本望どす♥♥♥」


 ルーシーはまるで姫でも扱うように俺を抱きかかえた。

 これは逆ではないのだろうか?


 セリンにしてもそうだが、俺はどうも嫁さんに頼りっきりだなぁ。


「こらっ! なれなれしくベタベタするな! 私はお前のようなどこの馬とも知らぬ奴の嫁入り、絶対に認めませんからね! 正妻権限で拒否させていただきます!」


「なんで許可を得やなあきまへんの? 愛し合う二人の愛に割って入るやなんて……ケビンはん、こんなん三行半をつきつけて、田舎に帰した方がええんやおまへんか?」


「言ったわねアンタ! もう絶対に認めませんから! だいたい、人を食わなくちゃ生殖できないのに、後宮に入ろうっていうのが……!」


「セリン、ルーシー、それなんだが……俺に考えがあるんだ」


 俺を慕うばかりに、暴走しかけているセリンを制する。

 そして、種族の呪縛に縛られながらも、俺のために尽くすことを誓ってくれたルーシーのため、俺は自分が彼女にできる最大限の誠意を伝えた。


 好きになった相手を喰らわなければ子を成せない。

 人間社会で、それはとんでもなく異質な性質だ。

 だからこそ彼女たちはこの森に隠れ棲まい、その存在を隠してきた。


 吉祥果の森の鬼子母神という畏怖さえ受け入れて。


 しかし――。


「俺が思うに、生殖後の捕食は本質的に意味がない行動だ。必要なのは男性の精子であり、相手を食べるのは――子を育てるための栄養を補うためではないだろうか?」


「どないしてそう思いはるん?」


「西洋の蜘蛛にも似たような性質があるからだ」


 一部の蜘蛛が生殖後に雄を喰らうことが知られている。

蜘蛛が化けた絡新婦にも、そんな習性があってもおかしくない。


 もちろん、確証はない。

 だが、種の宿命を悲観し、人間社会から逃げる必要もない。


「つまりだ。生殖のあと、栄養のあるものを食べれば、捕食の必要はなくなる」


「……そないしたら、うちはケビンはんの子供を身ごもれる、ってこと?」


「…………おそらく!」


 そしてそれは、他の絡新婦たちも同じだ。

 彼女たちも好いた相手との間に、子を設けることができる。

 そして、一緒に暮らすこともできるのだ。


 ワッと遺跡に歓声が湧く。

 ルーシーの威圧に固まっていた絡新婦たちは、すぐさま近しい者たちと抱き合い、呪縛から解放されたことを喜んだ。

 みな、それほどまでに種の呪縛に悩んでいたのだ。

 そしてそれがどうにかなるのなら、もう隠れる必要などない。


 かくして遺跡に住む絡新婦たちは、新たなモロルドの領民になった。


 これで万事解決。

 中継拠点の目処もたった――。


「おーい、ステラ! ケビン! セリン! 無事かぁ!」


 と、そんなところに、燕鴎四姉妹次女が降りてくる。


「マーキュリー。どこをフラフラと飛んでいたんだよ……」


「ごめんごめん! それより、空で待機していた探検隊の娘たちが、降りたいって言っているんだけれど、もう大丈夫かな?」


「あぁ、これで脅威は取り除かれたよ……」



「う゛ぉぁああああ!!!!!!」



 そう言った矢先。

 遺跡の奥から謎の咆哮が聞こえてきた。

 大地を、遺跡を、空を飛ぶセイレーンたちを、揺るがすような大咆哮が。


 どうやらまだ、この地には違う脅威が眠っていたようだ。

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