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第109話 隠弓神、機械人形の住処を探す

 さっそく俺は新都のララに遣いを出した。

 伝令をセイレーンのステラに頼もうかと迷ったが――殺人鬼が潜むモロルド島を、こんな幼い娘に行き来させるのは不安だ。


 申し訳ないがここはセリンに新都に戻ってもらった。


「すまないセリン。せっかく来てもらったのに、追い返すような形になって」


「気になさらないでください旦那さま。私は、アドレさまにご挨拶できただけで満足です。旦那さまの育ての親に認められたとなれば、正妻としての立場は安泰というもの……!」


 素直に俺の求めに応じてくれたのは助かった。

 ただ、正妻云々については深くは触れまい。


 認めてもらうという件については、入れ替わりでやってくるララの方が、よっぽど認められているだろう。なにせ彼女もまた、彼に育てられた養女なのだから。


 なんとも言えず黙り込んだ俺を傍目に、セリンはアドレの親父どのの手を取り、どうぞよしなにと丁寧な別れの挨拶をするのだった。


 さて。

 セリンが村をさって数刻後。

 久しぶりに海竜の姿になった精海竜王と共に、ララが村にやってきた。


 ちょくちょく村に帰っていたらしいが、今回は帰り方がよくなかった――。


「なんだあの巨大な龍は!」


「おい見ろ! ララが龍の上に乗っているぞ!」


「まさかララが調伏したのか!」


「草の民の顔役になったと聞いたが、よもやここまでとは」


「ケビンよりもララの方がすごいんじゃないか!」


「ララ! ララ! ララ!」


 精海竜王のせいであらぬ誤解を招いてしまった。

 さらに、調子に乗った岳父どのが「そうよ、我はこの海の支配者精海竜王。小娘に調伏され、今はそこな領主の使いっ走りよ」、などと彼が言うものだから大変だ。


 村は祭りもかくやの大騒ぎ。

 ララはどうしていいかと、盛大にテンパることになった。


 まったく、精海竜王さまも困った方だ。


「カッカッカッカ! 仙宝娘捜しとは! 面白そうなことを思いつくではないか、ケビンよ! よし、ここはこの精海竜王が手を貸してやろう!」


「それはありがたいですが、隠居するんじゃなかったんですか?」


「まあまあ、よいではないか! お主には神仙関連の勘所がないし、そこな仙宝娘は腕こそたしかだが、発言がだいぶ胡乱じゃろう! ワシの知啓を借りたいだろう? のう? そうじゃろう、どうなんじゃケビンよ?」


 そして、少年の姿になったと思ったらこの煽りである。

 ただし正論すぎてぐうの音も出なかった。


「ワシはこれでも神仙となんどもやりあったことがある。というか、妻も神仙の使いじゃからのう。大船に乗ったつもりで任せるがよいぞ」


「まあ、そこまでおっしゃるなら」


「それでケビン、仙宝娘の隠れ家を探すって聞いたけれど、いったいどういうこと? セリンさんから聞いた話しだけじゃ、ちょっと要領を得なかったんだけれど?」


 とりあえず、ことの経緯をあらためて説明する。

 村の防衛のために土の巨人(ゴーレム)を造ってみたはいいもののいまいちな仕上がりに、他の神仙たちが造った土の巨人(ゴーレム)や仙宝娘を参考にしたい。

 そんな俺の要望に、ララは呆れた顔を浮かべ、精海竜王はカッカッと喉を鳴らした。


「よし任せよ! 我にかかれば、仙宝娘の所在なぞすぐに分かるぞ!」


 居ても立ってもいられぬという感じで、紅顔の少年が村から飛び出す。

 あわてて俺たちは精海竜王の背中に続いた。


「精海竜王さま? 仙宝娘の集落に心当たりがあるんですか?」


「ない!」


「ないんですか……⁉」


「なあに、仙気の類いはワシも感じ取ることができる。怪しい場所など、モロルドの空を飛び回れば自ずと分かるというもの」


「千年を生きておいて、居場所に心当たりがない時点で詰んでません?」


「いちいち小うるさいのうケビンは。ワシは東洋の海を滑る海竜の王ぞ。ちまちまとしたことには神経を割かぬだけのこと……」


 自信満々で飛び出した割りには、行き当たりばったりなことを言う。

 ヴィクトリアよりは頼りになるかと思ったが、精海竜王さまも変わらぬかもしれぬ。


 となると、本命の隠弓神だが――ララは、俺たちの後ろに続きながら、なにやら小難しそうに顎先に手をあて唸っていた。


 もしかしなくても、これは心当たりがあるのでは?


「ララ、もしかして心当たりがあるのか?」


「いや、心当たりっていうほどじゃないんだけれど。そのね……私が、弓術を習った師匠が、実はこの島にいるんだ」


「ララの弓の師匠?」


「それはもう神妙無比な弓使いで、まるで的の方から当たりにきているんじゃないか……ってくらい、見事な腕前だったのよ。彼女に弓の奥義を習っている時は、気にもかけなかったんだけれど」


 人の手に余る弓の技。

 そして、それだけの技を持ちながら素性を隠すワケ。

 さらにララから話を聞けば、彼女は仲間と森の奥に隠棲しているのだという。


「今にしてみると、どことなく風貌がヴィクトリアさんに似ているような」


「ララ、もしかしなくてもそうだよ。きっと、ララが弓を習ったのは、俺たちが探している、仙宝娘に違いない!」


 やはり、頼りになるのは聡明な狩人にして幼馴染みだ。

 すぐに俺は彼女の手を握りしめ、そこに案内してもらえないかと頼んだ。


 さきほど、精海竜王の額に乗って現れた時よりも、さらにあわてふためくララ。

 なにをそんなに驚くことがあるのか。


「ララおねーちゃん、おかおまっかっかなのぉー! おもしろーい!」


「ふむ、セリンにもこんなかわいげがあったらよいのにのう。いや、おくゆかしさか。なんにせよ、この小娘はなかなかに男を惑わすのが上手い。獣だけではなく、男も得意な狩人とみたぞ……カカカカカカッ!」


「な、なにを言ってるんですか! 精海竜王さま! ステラちゃんも!」


 子供たちに囲まれてからかわれるララ。

 すぐに彼女は真っ赤な顔を両手で隠すと、森の方へと駆けていき――野太い木の幹に頭を激突させて、その場にひっくり返るのだった。


 ううん。

 狩人のララは頼りになるが、幼馴染みモードのララは、まだまだ心許ないな。

 まあ、そこが愛らしくもあるのだけれど。


 なんにしても、これでゴーレム造りは大きく前進だ。

 待っていろよ、神仙たちが造った仙宝娘たち……!

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