「このディオティマを相手どり見上げた根性。ふふっ、素敵ですよ、ミスター
「それは光栄ですねえ。でも申し訳ないですが俺、パートナーには困ってないんで。それにあなたは、う~ん……ちょっとタイプじゃないですねえ」
「ふはっ! すばらしい! ますますほれそうです! わたしはそんな生意気な男を篭絡するが好きでね。さかしらぶっているほどよい。いや~、本当に、長生きはするものですねえ」
「あなたの場合ディオティマさん、長生きしすぎだとは思いますがね? 俺はむしろ、精神年齢は若いほうがいい。幼稚なくらいがちょうどいいんです」
「ミスター
「まさか~、
「そうですか、闘争の世界とはずんぶん、難しいものですねえ。ま、わたしはそういった連中を踏み台にしてここまでのし上がってきたわけですが」
「魔性、と言っては失礼ですが、いかにも業が深そうだ。そろそろこの辺にしておきませんか? 土の中に入ってゆっくりされてはどうでしょう?」
「よく回る舌ですねえ。そうやって、傷が回復する時間を練っているのでしょう? それにまんまと乗っかっているわたしも、ふふっ、とんだお人好しですが」
「あなたこそ、俺をどうやって仕留めるか、考えをめぐらせているのでしょう? ちょうど詰め将棋のようにね」
「利害が一致している、これはすばらしい事実です。どうせならもう少し、おしゃべりとしゃれこみましょうか?」
「ああ、もう大丈夫です。あなたをじゅうぶんやっつけられるくらいには治ってきた。それにまだ、お茶のみ友達を作るような年齢でもないし」
「ふん、わたしもです。すでに勝ちは見えた。量子コンピューターもおよばないわたしの演算能力で、あらゆるパターンは把握済みなのです」
「ビッグマウスですねえ。しかしそうは見えないところが、さすがのディオティマさんかと」
「ふっ、果たしてブラフかどうか、すぐにわかりますよ?」
「では、長話はこの辺にしておきますか? これが小説だったのなら、読者はさぞかし退屈しているでしょうねえ」
「そんな小説を書く間抜けの顔を一度拝んでみたいものですが」
「くくっ」
「ふふっ」
「はははははははは!」
このように長い長い前置きのすえ、
利害の一致とはこのように、第三者にとっては非合理な結果を生み出すこともある。
「ビヨンド・ザ・サン!」
鉄球のようなサイズのエネルギー弾が、前方へ向け鋭く発射された。
「
よけない?
何を考えている?
羽柴雛多はいぶかった。
光球が盛大に破裂し、着弾地点の周囲がマグマのように溶解してドロドロになる。
「最適解」
「……」
目の前にいた、気がついたときには。
アルトラの第二の能力で空間転移したのだ。
ワープを認識すらできなかったわけであるが。
「あなたが漢を見せてくださったので、わたしもそれに答えたまで。まあ、方便ですがね」
「あ……?」
両腕がなくなっていた。
「先っぽ」の姿はない。
幹部がブラックホールのようにうごめいている。
アルトラ「ファントム・デバイス」の能力で、空間ごと「削り取られた」のだ。
「くしくもこれが、正攻法だったということです。直球勝負というのは、ふふっ、本来好みとするところではないのですが」
両脚も抉られる。
痛みはないが、当然彼は地面へと転がることになった。
「アプリオリ……経験なしでの認識は果たして存在しうるのかというカントの命題は、ふふっ、その時点ですでに間違っているのです。土台がそもそも明後日だ。わたしにかかればミスター羽柴、認識なしでの経験がありうるのです。哲学など暇な年寄りの娯楽にすぎない。まさに徒労、恥の上塗りですねえ」
このようにかつて古代ギリシャの巫女だった存在は、ソフィストよろしく弁舌たくみに、人類の歴史に対して唾を吐いた。
もっともそれは、聴き手にとっては眠くなるだけの内容ではあったのだが。
「ああ……」
転がる青年は深くため息をついた。
「退屈でしたか? 老害でどうもすみませんねえ。わたしも年を取ったものです」
「いえ、おかまいなく」
「妙に冷静ですね。まだ隠し玉があるのですか? それとも、漢の心意気で覚悟を決めたのでしょうか?」
「さあ、どっちでしょうねえ、ふふふ……」
羽柴雛多は奇妙な笑みを浮かべている。
「どっちでもいいですね、まさに。このままあなたの変わり果てたボディを、アメリカにあるラボまで転送いたします。貴重な研究材料ですから。生き地獄を味わうことになりますので、念のため」
「そうですか、それはずいぶん、素敵ですねえ」
絶望あまって正気を失ったか?
油断させようとしているようには、とても見えない。
どんなに修羅場をくぐっていようと、しょせんはそんなものだ、人間など。
ディオティマは勘繰りつつも、自身の勝利を確信した。
「楽しかったですよ、ミスター羽柴? こんな年寄りにつきあってくださって、とてもうれしかった。本音を申し上げると、ときどきね、さびしくなることがあるのです。自分はいったい何をしているのかと、猛烈な自責の念に駆られることがあるのですよ。ふふっ、わたしも、まだまだですねえ」
こんなふうに彼女は「自嘲」した。
「ふふ」
「何かおかしなことでも?」
「いや、人間だなと思って。ウツロくんの言うとおりかもですね」
「ウツロ、またウツロですか……なんなんでしょうね、彼は」
「すぐにわかりますよ、すぐにね」
「気味が悪い……せっかくいい気分だったのに、興ざめです」
「そりゃ、すみません」
「また会いましょう、ミスター羽柴。そのときあなたは、フランケンシュタインになているかもしれないわけですが」
「俺の理想像です」
「漢ですね、ほんと」
ディオティマは右手を振りかざした。
ファントム・デバイスが発動する。
最後に見たその顔は――
「……」
次の瞬間、この世のものとも思えない絶叫が、地下シェルターの中にこだました。