「おいで、ウサちゃん」
「ぎ……
「エロトマニア、アバウト・トゥ・クラッシュ!」
大量の子ウサギが放たれる。
着弾点火型の爆弾だ。
「ふっ――」
鷹守幽は軽々とそれらをよける、が――
「――っ!?」
一部は壁にぶつかって爆発したが、それ以外のウサギの群れはグルっと旋回し、引き続きターゲットへと向かってくる。
「バカめ、自動追尾機能くらいついてる。この世の果てまで、貴様を追いかけるぞ?」
くすっ――
黒衣のアサシンは笑った。
「なにっ――!?」
バニーハートが驚く。
「アンダー・ザ・ムーン」
コンクリートに映し出された無数の「影」が、その持ち主自体をたちどころに包みこんでしまった。
「器用な、やつだ……」
鷹守幽はじゅうぶんに間合いを確保し、スッと地面へ降り立った。
「おバカちゃん♡」
「ぐ……なめやがって……」
ウサギの怪人は激高を隠せない。
「もう、終わり?」
暗殺者は退屈そうな顔で挑発する。
「くそっ、こうなったら物量作戦だ!」
再び大量の子ウサギが放たれる。
「あ~あ」
こいつはもう、打つ手なしだ。
鷹守幽はそう思った。
案の定、飛んでくるウサギの群れは下からの「影」によって串刺しにされる。
「――っ!?」
塊にされたそれらは爆発、するのではなく、粘液となって周囲に拡散した。
しまった、と背後へしりぞいたが、すでに遅かった。
よけないよりはマシとはいえ、大量のジェルに体を絡めとられてしまう。
それはものすごい勢いで固まり、暗殺者の動きをほとんど封じることに成功した。
「ぎひひ、誰が爆弾しかネタがないなんて言った? さっきの小芝居のお返し、テンパっているフリをしていたのに気がつかなかったとはな」
「ぐ……」
鷹守幽はすっかり縛り上げられ、地面をのたうち回っている。
バニーハートはここぞとばかりに彼の頭部を踏んづけた。
「ぎひぎひ、いいかっこうだな? 芋虫みたいになって、お似合いだぞ?」
彼はこれでもかとグリグリ踏みつける。
「さて、貴様をつるし上げてゆっくりと切り刻んでやる。僕を怒らせた恨み、たっぷりと後悔させてやるぞ? 体でな、ぎひっ、ぎひひ……」
「やっぱり」
「あ?」
「おバカちゃん♡」
「なん、だと……」
ウサギ戦闘員の「影」がもぞもぞとうごめいている。
「が――っ」
アッパーカットの要領で、豪快にぶん殴られた。
「あが……」
さすがの怪人も急所までは鍛えられない。
あごをしたたかに打たれ、完全に平衡感覚を失った。
「くすっ、視界、ドロドロ」
アサシンは自身の影を操り、まとわりつくジェルを切り払う。
「くそっ、くそ」
千鳥足状態のバニーハートは焦りに焦った。
鷹守幽の腕が伸びてくる。
「ぐっ」
首をつかまれ、上方へ締めあげられる。
すさまじい力で宙へと浮かされた。
「あっけ、ない」
意識が遠くなってくる。
ここまでなのか?
バニーハートは思い出していた。
焼き尽くされた故郷のことを。
滅亡に追いやられたわが国を復興する。
それが彼の悲願だった。
そのためならなんだって利用してやる。
たとえそれが、あのディオティマさまであろうと――
そんなことを考え、なかばやけくそになって自分を奮い立たせた。
「負けない、僕は、負けない……!」
「……」
ウサギ少年は歯をくいしばった。
何かをする気だ。
暗殺者は身構えて中空をにらむ。
「エロトマニア……!」
「――っ!」
アルトラを媒介するウサギのぬいぐるみ。
それがカッと強烈な光を放った。
閃光弾のようなそれに、鷹守幽は目がくらんでしまう。
それでも首筋を握っている手は離さなかった、が――
「……」
彼が手にしていたのはウサギの首ではなく、その辺に散乱している同じサイズくらいのパイプの残骸だった。
本体の姿は、見当たらない。
気配すらいっさい感じないのだ。
「逃げ、た?」
肩透かし、その言葉が適切だった。
てっきりこちらがひるんでいるすきに、攻撃をしかけてくるものだと思ったからだ。
がっかりだ、この程度のやつだったのか?
しかしすぐに、何か理由があるのではないかと考えた。
戦うのではなく、逃走を選んだ理由が。
勝てる算段がつかなくなった、それは確かだろう。
だとしても刺し違える覚悟くらいはあるやつだと思っていた。
そこを曲げて逃げたということは?
これまでの戦いをとおしてわかりきっていたが、間違えても死をおそれるようなタイプではないだろう。
あくまでも仮定にすぎないが、それほど恥をしのんでも守りたい何かがあったのかもしれない。
それは特定の人物なのか、あるいは概念的な何かなのか……
具体的なことはわからないが、軽蔑よりもむしろ尊敬に値する。
バニーハート、君のことがもっと知りたい。
そう思った。
「……」
アルトラ「アンダー・ザ・ムーン」は、一度操ったことのある「影」の持ち主のデータを記録することもできる。
レーダーのような機能で、対象がどこにいるのかも容易にわかるのだ。
「南……」
湾岸のほうへ向かっているな。
海から逃げる気か?
あの狡猾なディオティマが逃走経路を用意していないわけがない。
船か、あるいはヘリという可能性もある。
加勢しにいくか?
いや、それは侮辱以外の何ものでもない。
相棒のことをよく知る彼は、バニーハートのほうを優先させることにした。
「くすっ、鬼ごっこ」
くるっと回転して自身の影に潜り込み、彼はターゲットを追いかけた。
この選択が、のちに思わぬ巧妙をもたらすことになるとも知らずに。