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第70話 怪人対決決着

「おいで、ウサちゃん」


「ぎ……ゆうううううう――っ!」


 鷹守幽たかもり ゆうとバニーハート、二人の「怪人」の最終ラウンドがついに開始された。


「エロトマニア、アバウト・トゥ・クラッシュ!」


 大量の子ウサギが放たれる。


 着弾点火型の爆弾だ。


「ふっ――」


 鷹守幽は軽々とそれらをよける、が――


「――っ!?」


 一部は壁にぶつかって爆発したが、それ以外のウサギの群れはグルっと旋回し、引き続きターゲットへと向かってくる。


「バカめ、自動追尾機能くらいついてる。この世の果てまで、貴様を追いかけるぞ?」


 くすっ――


 黒衣のアサシンは笑った。


「なにっ――!?」


 バニーハートが驚く。


「アンダー・ザ・ムーン」


 コンクリートに映し出された無数の「影」が、その持ち主自体をたちどころに包みこんでしまった。


「器用な、やつだ……」


 鷹守幽はじゅうぶんに間合いを確保し、スッと地面へ降り立った。


「おバカちゃん♡」


「ぐ……なめやがって……」


 ウサギの怪人は激高を隠せない。


「もう、終わり?」


 暗殺者は退屈そうな顔で挑発する。


「くそっ、こうなったら物量作戦だ!」


 再び大量の子ウサギが放たれる。


「あ~あ」


 こいつはもう、打つ手なしだ。


 鷹守幽はそう思った。


 案の定、飛んでくるウサギの群れは下からの「影」によって串刺しにされる。


「――っ!?」


 塊にされたそれらは爆発、するのではなく、粘液となって周囲に拡散した。


 しまった、と背後へしりぞいたが、すでに遅かった。


 よけないよりはマシとはいえ、大量のジェルに体を絡めとられてしまう。


 それはものすごい勢いで固まり、暗殺者の動きをほとんど封じることに成功した。


「ぎひひ、誰が爆弾しかネタがないなんて言った? さっきの小芝居のお返し、テンパっているフリをしていたのに気がつかなかったとはな」


「ぐ……」


 鷹守幽はすっかり縛り上げられ、地面をのたうち回っている。


 バニーハートはここぞとばかりに彼の頭部を踏んづけた。


「ぎひぎひ、いいかっこうだな? 芋虫みたいになって、お似合いだぞ?」


 彼はこれでもかとグリグリ踏みつける。


「さて、貴様をつるし上げてゆっくりと切り刻んでやる。僕を怒らせた恨み、たっぷりと後悔させてやるぞ? 体でな、ぎひっ、ぎひひ……」


「やっぱり」


「あ?」


「おバカちゃん♡」


「なん、だと……」


 ウサギ戦闘員の「影」がもぞもぞとうごめいている。


「が――っ」


 アッパーカットの要領で、豪快にぶん殴られた。


「あが……」


 さすがの怪人も急所までは鍛えられない。


 あごをしたたかに打たれ、完全に平衡感覚を失った。


「くすっ、視界、ドロドロ」


 アサシンは自身の影を操り、まとわりつくジェルを切り払う。


「くそっ、くそ」


 千鳥足状態のバニーハートは焦りに焦った。


 鷹守幽の腕が伸びてくる。


「ぐっ」


 首をつかまれ、上方へ締めあげられる。


 すさまじい力で宙へと浮かされた。


「あっけ、ない」


 意識が遠くなってくる。


 ここまでなのか?


 バニーハートは思い出していた。


 焼き尽くされた故郷のことを。


 滅亡に追いやられたわが国を復興する。


 それが彼の悲願だった。


 そのためならなんだって利用してやる。


 たとえそれが、あのディオティマさまであろうと――


 そんなことを考え、なかばやけくそになって自分を奮い立たせた。


「負けない、僕は、負けない……!」


「……」


 ウサギ少年は歯をくいしばった。


 何かをする気だ。


 暗殺者は身構えて中空をにらむ。


「エロトマニア……!」


「――っ!」


 アルトラを媒介するウサギのぬいぐるみ。


 それがカッと強烈な光を放った。


 閃光弾のようなそれに、鷹守幽は目がくらんでしまう。


 それでも首筋を握っている手は離さなかった、が――


「……」


 彼が手にしていたのはウサギの首ではなく、その辺に散乱している同じサイズくらいのパイプの残骸だった。


 本体の姿は、見当たらない。


 気配すらいっさい感じないのだ。


「逃げ、た?」


 肩透かし、その言葉が適切だった。


 てっきりこちらがひるんでいるすきに、攻撃をしかけてくるものだと思ったからだ。


 がっかりだ、この程度のやつだったのか?


 しかしすぐに、何か理由があるのではないかと考えた。


 戦うのではなく、逃走を選んだ理由が。


 勝てる算段がつかなくなった、それは確かだろう。


 だとしても刺し違える覚悟くらいはあるやつだと思っていた。


 そこを曲げて逃げたということは?


 これまでの戦いをとおしてわかりきっていたが、間違えても死をおそれるようなタイプではないだろう。


 あくまでも仮定にすぎないが、それほど恥をしのんでも守りたい何かがあったのかもしれない。


 それは特定の人物なのか、あるいは概念的な何かなのか……


 具体的なことはわからないが、軽蔑よりもむしろ尊敬に値する。


 バニーハート、君のことがもっと知りたい。


 そう思った。


「……」


 アルトラ「アンダー・ザ・ムーン」は、一度操ったことのある「影」の持ち主のデータを記録することもできる。


 レーダーのような機能で、対象がどこにいるのかも容易にわかるのだ。


「南……」


 湾岸のほうへ向かっているな。


 海から逃げる気か?


 あの狡猾なディオティマが逃走経路を用意していないわけがない。


 船か、あるいはヘリという可能性もある。


 羽柴雛多はしば ひなたが彼女といま戦っている。


 加勢しにいくか?


 いや、それは侮辱以外の何ものでもない。


 相棒のことをよく知る彼は、バニーハートのほうを優先させることにした。


「くすっ、鬼ごっこ」


 くるっと回転して自身の影に潜り込み、彼はターゲットを追いかけた。


 この選択が、のちに思わぬ巧妙をもたらすことになるとも知らずに。

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