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第73話 ニヘラ、ニヘラ

「さて、わたしはこの辺で失礼するかな」


 事のなりゆきを見守っていた龍影会りゅうえいかい総帥・刀隠影司とがくし えいじがすっくとソファから立ち上がった。


 ウツロたちが繰り広げる「同士打ち」にみなが固唾を飲んでいるのにと、隣席の剣神けんしん三千院静香さんぜんいん しずかはいぶかった。


柾樹まさきくんにあいさつもなしでですか?」


 もっともな問いかけである。


「大丈夫、彼ならうまくやると、父親であるわたしは信じているよ」


 どの口がと、剣神はいらだった。


 あれほどの仕打ちを実の息子にしておきながら。


「まるで新しいオモチャを見つけた子どものような顔ですね?」


 皮肉を込めて言ったつもりだった。


「ふふ、さあね」


 ニコリと笑むその表情はあたかも「図星だよ」と語っているかのように映る。


 刀隠影司とがくし えいじは軽くスーツの襟を直した。


「閣下、仕事でもございましたらぜひお伝えを。なにせ暇で仕方ないもんで」


 脇に座っている武田暗学たけだ あんがくが鼻をほじりながらぼやいた。


「おやおや、君ほどの御仁が、アルバイトでもしたいのかい?」


 キョトンとして返すと、


「バイトだとしても、取りはよさそうですし」


 あごをいじりながらニヘラと笑う。


「考えておくよ。時給は高くしないとだね」


「よろしくたのんます」


 食えない男、そしてあいかわらず、雲をつかむようなやつだ。


 刀隠影司はそう思った。


 彼は片手を振って裏口のほうから退場する。


「こわいこわい、消されちゃうかと思った」


 武田暗学は潮が引いたようにタバコをふかした。


「あいもかわらずですね、式部卿? そのひょうひょうとした態度」


 三千院静香がさりげなく苦言を呈する。


「もう退職済みですよ。しかしおたくもたいへんですね、静香さま?」


「どういう意味でしょう?」


「いや、父親をうしろから刺しかねないご子息を持って、ね?」


 またニヘラと笑った。


「言葉がすぎますぞ、暗学卿……!」


「霊光さん――!」


 抜刀しそうな勢いの百鬼院霊光ひゃっきいん れいこうを、主人はあわてて止める。


「ふへぇ、まったく、命がいくつあっても足りないや」


 彼は再三、ニヘラと笑った。


 椅子を囲む二名は、この道化師をいまいましくにらむ。


「それもお得意の権謀術数のうちなのですか?」


「さあ?」


 鼻毛を抜いて吹き飛ばす。


「……」


 両名は思った。


 怒るな、怒ったらこの男の思う壺だ。


 落伍したとはいえ、仮にも前総帥である故・刀隠影聖とがくし えいせいの参謀であった存在。


 それを取り除いた息子に対し、意趣返しを狙っていないわけがない。


 おそらくわれわれもそれに利用しようともくろんでいるのだ。


 そんなふうに意思疎通し、あらぶる心をなだめた。


「ほらほらご両人、遥香はるかさまが絶賛大活躍中ですよ? ちゃんと見ておかなきゃ、上等な映画を見るようにね」


 外ではまさにそのとおりになっている。


 メインであるメンバーを差し置き、三千院遥香さんぜんいん はるか北天門院鬼羅ほくてんもんいん きらが、魔堕ちしたウツロを追いつめているのだ。


 予想外の展開、そして複雑な胸中。


「もしかして、今生の思い出になるかもしれませんしさ」


「……」


 二名の剣士は奥歯をかんだ。


 道化師はあいかわらず笑っている、ニヘラニヘラと。


 しかし今度は、心の中で。

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