「ふふっ、長生きはするものですねぇ」
バニーハートよりも少し遅れて、魔女・ディオティマは湾岸の倉庫群へとたどり着いた。
端末の情報によると、埠頭に彼はいる。
いずれにせよ、潜水艇を起動して待っているだろう。
彼女はボロボロになった体を引きずり、アプリが指し示す場所へと向かった。
「ミスター
先ほどの激戦が如実に思い起こされる。
自分をここまで追いこんだ好敵手に、彼女は並々ならぬ想いをいだいていたのだ。
「もう少し、もう少しです。無事にアメリカのラボへ帰還したら、ブラックヘッド博士がすでに用意しているであろうアンプルを使って――」
「ほう、なるほど。そんな悪だくみを考えていらっしゃったのですね」
「……」
ハッとした。
顔を上げるとそこには、おびただしい鳥の群れが居並んでいる。
屋根の上や送電線、街灯のひとつひとつにいたるまで、びっしりと。
「これは確か、アルトラ『イゲロン』……と、いうことは……」
南国の空を舞っているような極彩色の鳥たちが、生気など持たない目玉を一斉にこちらへ向けている。
「ほっほっほっ。久しぶりですな、ディオティマ?」
電動車椅子をキリキリと軋らせながら、
「囀大検事……あなたがここにいるということは、すなわち……」
「ご明察。あのとき以来ですね、ディオティマ?」
逆方向から同じく龍影会の大警視・
喪服を想起させる黒い着物をピシッと着込んだその姿は、まるで存在そのものが鋭利な刃物であるかのように錯覚させる。
「あのときですか、第3次アルトラ大戦……異能力者たちが血で血を洗った戦い……忘れるはずもございません」
「それは当然でしょう? 何にせあなたが引き起こしたのですから」
二人はゆっくりと、物理的にも心理的にも魔女を詰めていく。
「ああ、そう言えば、そうでしたか」
「ディオティマ、ボケるにはまだ早いですぞ?」
囀大検事は大きな目玉をギョロっとさせて口角をつり上げた。
鳥たちの目もリンクするように動く。
「ふふっ、このわたしを追いつめたつもりでしょうが、そううまくはいくでしょうか?」
ディオティマの脳裏に、近くにいるであろうバニーハートのことがよぎった。
「何を笑っているのですかディオティマ? ハンティングで仕留められたウサギの間抜けな顔でも浮かんだのですか?」
「……」
ボトっと、何かが足もとに落下する。
焼け焦げたウサギのぬいぐるみ――
鳥の一匹がくちばしにくわえていたのだ。
「これ、は……」
魔女を囲む二人がくつくつと笑う。
「あなたの大切な部下はご覧のとおりです。われら龍影会に歯向かったとが。地獄の苦しみを与えてさしあげましたので」
「く……」
さしものディオティマも焦った。
バニーハート、この二人にやられたのか?
いや、ぬいぐるみの質感を見るに、彼らではありえない。
別な幹部……
七卿か?
丞相あるいは元帥か?
いや、どれも違う気がする。
と、なると……
「あいかわらずですね美影、そのサディストぶり」
「はあっ! あなたにだけは言われたくないですね、ディオティマ! あなたほど他の人間を好きなようにもてあそんできた存在があるでしょうか? いいえ、ございません!」
鬼鷺大警視は言葉遊びよろしく、魔女の悪行を罵倒した。
「さて、どうしますか? あなたおひとりで、われらをどうにかできるとでも? 実際に、わたしの
「はっ……」
街灯に映し出されたディオティマの影。
それをまるで「釣り堀」か何かのように、ピラニアに似た黒色の魚が、バシャバシャと顔を出している。
「ぐ、ぬかった……これはシャドウ・オーシャン……これに影を食われれば、すなわち……」
「覚えていらっしゃいましたか。あなたの肉を少しずつ食らわせる拷問も一興ですねぇ、ほほほ」
焦った、魔女は焦った。
絵に描いたような窮地、まさにそれである。
アメリカへ帰還するための道具はすぐそこにあるというのに……
ど、どうすれば。
落ち着け、考えろ。
必ずどこかに、
「ふふ、一網打尽とはまさにこれですね。さあディオティマ、ご覚悟なさい?」
「ぐ、ぬ……」
攻撃の瞬間、ファントム・デバイスで転移する。
付け焼刃ではあるし、いまの体力ではかなり近距離にしか移動できないだろう。
しかし、何もしないよりははるかにマシだ。
魔女・ディオティマは覚悟を決めた。
「イゲロン!」
「シャドウ・オーシャン!」
囀大検事と鬼鷺大警視が同時に能力を発動させる。
「……え?」
予想だにしなかった出来事に、ディオティマは驚愕した。