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6月22日 不器用なふたり

 校内模試の一日目が終わった。

 模試とは言え、全国ランクや合否の予想判定が出るようなものではなく、単純に今どの程度の理解度があるかを個人と学校側が把握するだけのものだ。

 内容もどこかの予備校の過去問そのままか、組み合わせか、数値やらを多少いじったものか。

 進学校とはいえ公立なので、都心のように生徒たちが当たり前のように学習塾に通っているような環境はこの学校にはない。

 その分、こういう単純な力試しの機会が設けられているので、全国区でもそれなりに渡り合えているのだと思う。


 受験も結局のところは慣れだ。

 問題文を読むことに慣れる。

 問題の傾向に慣れる。

 そもそも問題を解くということに慣れる。

 慣れは自信を生む。

 そして自信が結果を生む。


 今回のテストは、自分でもびっくりするくらい落ち着いて取り組めた気がする。

 見直しをする余裕もあったし、ミスも潰せた。

 まだ明日も残っているけど不安はない。


「調子、良さそうですね」


 帰り支度を整えていたところに、毒島さんの声がかかる。

 私は鞄に筆記用具を詰めながら答えた。


「いい線は行ってると思うけど。そんなに分かりやすい顔してた?」

「そうですね。今日はすこぶる機嫌が良さそうなので」


 機嫌の良し悪しで判断されるのは、なんかヤだな。

 むしろ機嫌良いのが分かるくらい、普段は不機嫌面してるんだろうか。

 それもそれでヤだな。


「ちなみに私は今回も調子上々です。いい勝負ができそうですね」


 毒島さんが不敵に笑む。

 そう、これは勝負。

 どっちがより、点を取れるかっていう、そういう単純な賭け事。


 選挙の時と違って、虎の威を借りずに、はじめて裸一貫で彼女と向き合っている気がする。

 でも、そのことに対する緊張もない。

 それは勉強に関してなら、私にも積み重ねと自信があるからに他ならない。


「でも、私が勝ったら改めて友達になるってことでなんか丸く収まる気がするけど、毒島さんが勝ったらこれ、気まずくない?」

「それは……」


 素朴な疑問に、毒島さんはバツが悪そうに言いよどむ。


「そ、それでも手は抜きませんから!」

「それはもちろん、それでいいけどさ」


 気まずいから手を抜いてくれなんて思ってないし、手を抜かれなくたって勝ってやる気概はある。


「私が勝った時は、そのままでいいんですよ。今まで通り変わらずいてくれたら」

「私、会長の座を辞さなきゃいけないんだけど」

「その時は副会長に指名するので大丈夫です。今までの分、こき使ってあげます」


 そう言って、彼女は含みのある笑顔を浮かべた。


 そもそも会長辞めるってどうしたらいいんだろ。

 そんなこと前代未聞だろうから、よくわかんないな。

 負ける気はないけど、念のため調べて置こうかなんて思ってしまった自分の律義さもヤになる。


 なんか、毒島さんといると自分のヤなとこばっかり目に付くな。

 なんでだ。


「じゃあ、明日もあるし今日は帰るよ」

「あっ、ちょっと待ってください。私、そんなことを言いに来たんじゃなくって……」


 毒島さんは、慌てて鞄を開いて中をまさぐる。

 仮にも互いの進退がかかった勝負なのに、「そんなこと」って……それくらい楽勝ってこと?


 確かに学力テスト学年三位に挑むには、少々分が悪いけどさ。

 でも中間試験は私の方が勝っていたし、まったく目がないわけじゃない。


 そもそも漫画でよくいる不動の学年一位みたいな存在は、キャラクター性を出すための誇張表現以外の何物でもない。

 この手の順位は常に変動するものだ。


「はい、これ。遅れてしまいましたが」


 やがて彼女は、ラッピングされた小さな紙袋を差し出す。

 いくら私が気遣いのできない人間と思われていようが、昨日の今日の会話を忘れるほど白状なつもりはない。


「もしかして、誕生日プレゼント?」

「そうです。二日遅れは不本意ですが。あと、恥ずかしいので、そんなまじまじと改めて言わないでください」

「ああ、ごめん」


 平謝りしてから紙袋を受け取る。


「あけてもいいの?」

「それは、好きにして……あ、いえ、やっぱり開けないでください!」


 毒島さんは頷きかけてから、慌てたように首を横に振った。

 突然のことだったので、封を切りかけた反射的に引っこめる。


「か、帰ってから……ああ、いえ、別に家じゃなくても良いですが、とにかく私のいないとこで開けてください」

「わかった」

「こういうの慣れてないので……どういう反応されるかなって、ちょっと怖いんです。だから、その」

「分かってるから、全部言わなくても大丈夫だから」

「もし気にいっていただけたら、感想をください。気に入らなかったら、何も言わなくていいので――ああ、でもそれだと、何も言われなかったら気に入って貰えなかったってことになってしまうので、やっぱりどっちでもそれとなく感想を貰えると……!」

「とりあえずいったん落ち着こうか」


 勝手に思考が空回りしてしまっている毒島さんを落ち着けるのには、ちょっとだけ時間が必要だった。

 でもどうにかこうにかなだめてあげると、彼女は気を紛らすように何度か咳ばらいをした。


「とにかく、開けるのは帰ってからにしてください」

「分かってるって」


 私はそのままプレゼントの包みを鞄にしまった。

 それで彼女も安心したようで、姿勢を正していつもの調子に戻る。


「呼び止めてすみませんでした。それでは、明日のテストも期待しています」

「突然の強者目線……ところで、毒島さんの誕生日はいつなの?」

「私ですか? 十二月一日ですけど」

「映画の日か。覚えやすくていいね」

「ついでみたいに覚えられるのは、なんか釈然としませんけど……それが何か?」

「いや、こっちが祝ってもらったんだから」


 そこまで言って、彼女はやっと合点がいったようだった。

 またちょっぴり狼狽えながら、視線を外す。


「別に、そういうつもりでプレゼントを用意したわけじゃ……」

「私がそういうの、ちゃんとしたいだけだから」

「そう、ですか。だったら、ええと……覚えていたらでいいですよ」


 毒島さんはそれだけ言い残すと、一度だけ柔らかい笑顔を浮かべて、教室を出て行った。

 覚えていたらと言われたけど、忘れたらむしろ私の方が心に来るので、とりあえずその場でスマホのカレンダーにメモしておいた。


 真っすぐ家に帰ると、制服を着替える前にプレゼントを開けてみた。

 中に入っていたのは、空色のハンカチと星の形をしたイヤリングだった。

 ハンカチはまだしもイヤリングって、プレゼントに慣れてないくせに難易度高いの選んできたな。

 でもそれがすごく毒島さんぽくて笑みがこぼれた。

 明日のテストも全力で臨まなきゃな。

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