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7月

7月1日 テスト勉強ってこういうこと

 期末試験の二日目が終わった。

 残りまだ三日分の日程があるけれど、ここで土日を挟むので、生徒の気持ちとしては今日がひとつの山場だろう。

 数学みたいなテスト対策が重い教科も終わったし、土日はじっくりと残りの暗記を中心とした科目に集中できる。


「それで、今年の修学旅行は岩手が有力らしいんですよ~。もうみんな、不満ぶーぶーです。いや、岩手が嫌ってわけじゃないんですよ? でもほら、行こうと思えばいつでも行ける気がしますし、それに制服で京都歩きたいじゃないですか。女子高生ってそのために生きてるみたいなところあるじゃないですか」

「わかる、わかるよ~」

「そしたら、ゆづちゃんなんて言ったと思います? 『平泉だって史跡価値はそんなに変わらないって』ですよ。そーいうことじゃねーんだよ、って思いません?」

「ちょっと、美羽。私が悪いみたいに言うのやめてよ」

「うんうん、わかるよ~。どっちの言い分もわかるよ~」


 今日も今日とて開放した生徒会室で、ユリが玄人顔で頷く。

 長テーブルを挟んだ向かいでは、金谷さんと銀条さんがぶーすかと喧嘩とも言えないようなじゃれ合いを繰り広げていた。


 ちなみに「ゆづちゃん」と呼ばれた方が銀条さん。

 本名、銀条ゆづる。

 弓道部。


 そして金谷さんが「美羽」。

 同じく弓道部。


 現二年生の後輩ちゃんコンビである。


「今更だけど、ふたりとも今日はここで勉強してるんだね」

「あっ、もしかしてお邪魔になってますか? だとしたらすみません。お口チャックします」

「いや、大丈夫だけど」


 申し訳なさそうに手を合わせた金谷さんに、私は苦笑いで答える。


「教室で勉強してたんですけど、暑くて暑くてどうしようもなくって。ほら、教室ってクーラーないじゃないですか。だからもう我慢も限界だーって時に、ここにクーラーあったの思い出して、これだーって思ったんですよね。それで開いてないかな~って様子を見に来たら、先輩たちが勉強してるのが見えるじゃないですか。そりゃもう、もひとつこれだーって思いますよね」

「うん……ひとつめの『これだー』は理解できたけど、ふたつめが分からなかったかな」

「成績学年上位の会長&副会長コンビ揃い踏みですよ! 勉強教えてください!」


 教えてくださいという割には、ずっと修学旅行先の愚痴ばっかり言ってた気がするけど。

 私たちの時は温泉旅館一泊だけだったんだから、県外に出れるだけまだマシじゃないかと思う。


「程よい雑談もモチベーションに繋がるかもしれませんが、その分ちゃんと集中するところは集中しましょうね」

「はい、すみませんでした……」


 さすが心炉。

 正論一発で金谷さんをやり込めてしまった。

 銀条さんがすまし顔で金谷さんの小脇を肘で突く。


「はしゃぎすぎ」

「ごめんてー」


 友人からの追い打ちに泣きそうな声をあげながら、金谷さんは目の前の教科書とノートに向き直った。


「でも、制服京都つったら確かに憧れはあるな。私も行けるなら行きたかったし、実際こいつら、わざわざ春休みに制服京都しに行きやがったし」

「アヤセ」


 アヤセがまた話の腰を折りそうなことを口走ったので、諫めるようにその名前を呼ぶ。

 だけど状況はもう手遅れで、せっかく勉強に集中しかけた金谷さんは、水を得た魚みたいにイキイキして身を乗り出した。


「春休みに! わざわざ! やっぱそうですよね! なぁんだ、先輩たちだってやることやってるんじゃないですか」

「いやあ、それほどでも~」

「ユリ、そこは照れるところじゃないから」


 金谷さん、どことなくユリと同じタイプなんだよね……だからと言って、別に好きになるとかはないけれど。

 もちろん、人間としては好きだけど。

 一方でその手綱を良い感じに握るのが銀条さんといったところ。

 彼女にはどことなくシンパシーを感じる。

 苦労人は言葉を尽くさずとも通じ合えるものがある。


 すると、穂波ちゃんがぴょこんと跳ねるように顔をあげた。


「私も京都、行きたいです」

「やっぱり剣の道を歩んでると古都には魅かれるのかな?」

「そういうのはないですけど……抹茶パフェの食べ歩きしたいです」

「後輩ちゃんは観光よりも食い気だったか。それも一興だね」


 金谷さんがうんうんと頷く。

 ユリもつられて頷く。

 私と銀条さんは、ほとんど同じタイミングで脇を小突いた。

 これがシンクロニシティ……いや、違うか。


「歌尾ちゃんも、どうせ行くなら京都がいいよね。修学旅行」


 突然名前をあげられて、宍戸さんはびくっと身体を揺らして金谷さんを見た。

 突然の音に気付いた猫か兎みたいな反応だなと、傍目でそんなことを思う。

 猫、いいな。

 大学に行って独り暮らしをするなら猫を飼いたい。

 めっちゃ愛でたい。


「わ、私は、京都は家族で年イチくらいで行くので、どこでも大丈夫……です」

「年イチ京都だって!? 貴族かな?」


 そしてなんでか、ユリが一番驚いていた。

 宍戸さんは、慌てて首も手もぶるぶると振る。


「そ、そんなんじゃないです! 両親が京都好きだから……それだけです」

「そっかそっか、良いご両親を持ったねぇ」

「あ、ありがとうございます……?」


 穂波ちゃんは、半分理解していない様子で、でも半分は嬉しそうに、曖昧に頷いていた。


「そう言えば、夏の合宿は穂波ちゃんの家になるんだよね。ご実家が旅館だなんて知らなかった」


 思い出したように口にした銀条さんに、穂波ちゃんがこくりと頷く。


「言ってなくてごめんなさい。昨日、親にも話したら、日程さえ決めてくれたら部屋は用意するって言ってくれました」

「穂波ちゃん家ってどの辺にあるんだっけ? 今は寮なんだよね?」


 金谷さんの質問に、穂波ちゃんはぼんやり宙を見上げながら答えた。


「この辺からだと……電車を使った後にバスに乗り換えなので、ちょっと距離はあります。でもその分、静かでいいところですよ」

「いいなあ、合宿」

「あっ……そう言えば、ユリ先輩って生徒会の人じゃなかったですね。ナチュラルに溶け込んでるので、役員のような気がしていました」

「どこにでもいるけど、どこにもいない。それがあたしなのだよ……ふふん。気づいたら合宿にも混ざってるかも、ね!」

「いや、普通に連れてかないから」


 バチコンとウインクを飛ばして来たユリのおねだりを、私はため息ひとつで跳ねのけた。


「役員じゃない人に予算は割けないから。どうしても来たかったら自腹で来るんだね」

「自腹……なるほど、その手があるのか」

「……まさかほんとに来ないよね」


 いつになく真面目に考え込む彼女に、一抹の不安を覚える。

 いや……実際、勝手に来るならいいけどさ。

 一緒に旅行できるなら嬉しいことは嬉しいし。

 その分、たっぷり雑用を手伝わせるけど。


「はい、みなさん。お口ばっかりで手が動かなくなってきてますよ」


 タイミングを見計らったように、心炉がぱんと手を鳴らす。


「楽しい夏休みを迎えるのは、苦しい期末試験を越えてからですよ。補習なんてことにならないように、今やるべきことをやりましょう」


 全くの正論に、部屋にいるみんなで縮こまってテスト範囲に向き直った。

 会長の肩書なんかなくっても、このメンバーじゃすっかり彼女の方がリーダーみたいだ。

 私がリーダーらしからぬだけなんだろうけど。


 それから下校完了時刻までは、みんな真面目に勉強に取り組めた。

 テスト期間あと三日。

 どうせなら、ちゃんとみんなにいい点を取ってもらいたいなと思う。

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