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7月6日 クランクインに向かって

 長きにわたる期末テストの日程が終わって、学年問わず張りつめていた空気が一気に解けた。

 生徒会室でももう勉強道具を開く人はひとりもいなくって、代わりにあの問題は分からなかっただの、どの問題の答えをミスっただの、ケラケラと笑いながら語り合うくらいの余韻に満たされていた。


 そんな中で、ガチャリと部屋の扉が開かれる。

 ノックもなしに顔を出したのは、我がクラスのクラス委員であり学園祭実行委員長でもある雲類鷲さんだった。


「おう、そろそろ準備できてっか?」

「大丈夫。心炉が短冊の補充に行って席外してるけど、すぐ戻って来るし」

「七夕かぁ。あたしもお願い事書かなきゃな。んじゃ、佳織呼んでくるわ」


 そう言って彼女は、向かいの放送室にも同様に突撃を仕掛ける。

 扉に空いた窓からそんな様子を眺めていると、しばらくしてから琴平さんを連れて生徒会室へと戻って来た。


「どうもどうも、本日は雨上がりの爽快な天気の中でお時間をありがとうございます。琴に平と書いて毎度のコンピラです」


 お決まり(?)の口上を語りながら、琴平さんはニコニコと笑顔を浮かべる。

 視聴覚委員長にして文化祭実行委員長である彼女は、生徒会を中心とした今日の集まりの主催者である。


「佳織先輩、こんにちわ」


 ぺこりと頭を下げた穂波ちゃんに、琴平さんは「おおっ」と驚いたように口を開く。


「やや、これは穂波サン、ご機嫌麗しゅう。そう言えば生徒会に入られてたんでしたね」

「なに、知り合いなの?」

「同じ寮の先輩です」


 私の問いかけに、穂波ちゃんは両手で彼女を差し示して答える。

 琴平さんはそれに頷き返して、しげしげと顎をさすった。


「ウチの高校で寮生は珍しいですからねぇ。自然とみんな顔見知りになってしまいますね」


 珍しいとは言っても、ひと学年十人程度はいるという話だ。

 私は当事者ではないから全容を把握しているわけではないけれど、どの世代でも寮生の縦横の繋がりというやつは、部活と同じくらい強いという話だ。


「佳織先輩には、スマホの使い方とかいろいろ教えてもらったので仲良しです」

「へえ」

「羨ましいですか?」

「いや、べつに……」

「そうですか」


 素直に答えたら、穂波ちゃんはちょっぴりションボリしてしまった。

 そんなこと言われたって、何て答えたら良かったんだろう。


「ウチの大事な後輩に、変なこと吹きこまないでよ」

「大丈夫ですよ。生きるうえで有益なことしか教えてませんので」


 そう語る琴平さんの笑顔はどこまでも胡散臭かった。

 そして、なんでか穂波ちゃんの機嫌も回復していた。後輩の扱いってほんと難しい。


 そうこうしているうちに心炉も部屋に戻って来る。


「すみません、私が最後でしたね」

「ちょうど今からだったから大丈夫。それより短冊は問題なさそうだった?」

「ええ、雨の影響も特になさそうでした。明日の放課後までなら大丈夫でしょう」


 そう言って心炉は、鞄を置いたままにしていた自分の席につく。

 それを合図に場を仕切り直して、ようやく本題へと写った。


「そういうわけで、改めまして本日はお集まりいただきありがとうございます。文化祭実行委員長の琴平でございます。今回、生徒会のみなみなさまプラス一名にお集まりいただいたのは他でもない、文化祭ビデオに関するご説明をさせていただきたい所存でございます。それではご準備ができましたら、お耳を拝借」


 琴平さんは前口上を並べた後に、備え付けのホワイトボードに「ガールズバンド・オブ・ザ・デッド」と大きく書き記した。


「というわけで、今回の企画&作品タイトルです。台本は既に共有しております通り。ワタシが去年の年末年始にヒマを持て余して一本書き上げたものになります」


 年末年始にそれは持て余し過ぎでは……と思ったけど、話の腰を折りたくはないので口を挟むのは我慢しておく。


「ざっくりと掻い摘んで説明しますと、授業中に居眠りしてしまった主人公が目を覚ますと、ゾンビパニック状態の平行世界の学校に転移してしまっていた。今夜は所属するバンドのライブがあるし、時間までになんとか帰らないと――と七転八倒するようなお話となっております」

「悪戦苦闘の間違いでなくてか?」

「七転八倒ですよ。ゾンビ映画ですので」


 雲類鷲さんのツッコミに、琴平さんは悪びれなく答える。

 以前もゾンビ映画のことを「ゆるキャラ大集合」みたいなこと言ってたし、なんだかものすごく、認識に偏りがある気がするのは私だけだろうか。それとも世のホラー映画好きはそんなもんなの?


「とまあ、そんな感じの自主製作映画企画ですが。皆さまに協力していただきたいのは大きくふたつ。ひとつは言わずもがな出演者として。もうひとつはエキストラ集めのご協力をお願いしたいのです」

「エキストラってーと、まあ話の流れからするにゾンビ役ってこと?」


 アヤセが補足するように尋ねる。

 琴平さんは、それににこやかに頷いて、プチプチと夏服セーラーの袖のボタンを外し始めた。


「撮影は基本的に夏休み中に行いますが、その中で大勢のゾンビに終われるシーンをいくつか撮りたいわけです。そこで一日だけエキストラ撮影日を決めて、大勢の方に協力いただければと。ちなみに、こんな感じの特殊メイクをみなさんに施しますので、いい思い出になると思いますよ」


 彼女はボタンを外した袖を、勢いよく肩までまくり上げた。

 するとそこにでろでろにただれた傷跡の腕が現れて、私は弾かれたように目を背ける。


「や、ちょ、不意打ちやめてよ」


 反応に困る私を他所に、他の生徒会メンバーたちは興味津々でそれを眺める。

 金谷さんとか、目を輝かせて真っ先に飛びついた。


「えー、すごいすごい! これ、どうなってるんですか?」

「数枚重ねたティッシュペーパーに水溶き接着剤を吸わせて、肌の上で乾かしながら破ったり、しわくちゃにしたり、成型するんです。それに絵具で色をつけて、地肌との境目はファンデーションでごまかして完成です」

「素人技術でも、思ったよりマジモンっぽくできるんだな。こりゃウチの会長様も目を背けるわけだ」

「ほっといてよ」


 ニヤつくアヤセに、私はそっぽを向いたまま不満をぶつける。

 でもこれから撮影って時に直視できないってんじゃ話にならないし……今のは単に、不意打ちだっただけだ。

 初めからそうだと分かっていれば、見れないわけじゃない。

 そうに決まってる。


 意を決してそろそろと視線を向けると、途中で同じように顔を青くした宍戸さんと目が合った。


「宍戸さん、こういうの苦手?」

「その……はい。ゾンビとかお化けはちょっと……スプラッタは大丈夫なんですが」


 それはまた謎の基準だね。

 一瞬お仲間かと思って安心しかけたけど、彼女もまた別の世界の住人らしい。


「ちなみに、みなさんにもこのメイクの仕方は覚えていただきたく。さすがにワタシひとりでエキストラ全員をメイクするのは厳しいので」


 琴平さんは当然のように付け加えてくれた。

 正直勘弁願いたいけど、メイクできるくらい見慣れてしまえば大丈夫になるかな。

 荒療治だけど効き目はあるかもしれない。


「あ、そうだ。もういっこ大事なご相談があるんでした。台本を読んだうえでの感覚で良いのですが、どなたか主演に向いてる方いらっしゃいませんかね? もしいれば、出演のオファーをしたいのですが」


 すると心炉が不思議そうな顔をして手をあげた。


「主演……って、会長じゃダメなんですか? 去年とか一昨年はそうだったと思いますが」

「去年も一昨年も生徒会長のキャラと人気がありましたからね。狩谷サンもなかなかユニークなキャラクターをしてますが、なんというかこう、主人公って感じじゃないのですよね」


 ものすごく冷静にディスられたような気がするのは気のせいかな?

 なんでか辺りの空気が「なるほどなぁ」感を出しているのがさらに納得いかない。

 納得いかないけど、主演女優にならなくていいのなら……でも釈然としないモヤモヤが……。


「台本もあくまで仮稿、なんならプロットくらいの扱いで考えていただいて大丈夫です。実際の演者のキャラクターや小ネタを仕込んだり、撮影中の改稿も視野に入れてますので。そのうえで主演を誰にするのか、ぜひお知恵を拝借。撮影はまだ先なので、今すぐでなくても結構ですので」


 ひとまずそれは了承して、撮影に向けた基本的な説明は終了となった。

 撮影スケジュールに関しても、メイクの大変さを鑑みて、できるだけ数日でまとめて撮ってしまいたいということ。

 ただライティングの関係もあり、夕方から夜にかけての撮影をメインにしたいらしい。

 その辺に関しては、日中は熱中症も怖いのでということで満場一致で了承となった。


「それでは、クランクインに向けてまだまだ準備をすることはございますが、何卒ご協力をお願いいたします。何かありましたら、ワタシは基本的に放送室にいますので、いつでもご相談に来ていただければ」


 琴平さんの締め口上で第一回の打ち合わせは終了となった。

 ようやく本格的な滑り出しといった感じだけど、こちらとしては期末テストも終わったばかりなのに、新しい宿題がたっぷりと増えたような気分だった。

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