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7月7日 星に願いを

 テスト期間も一日たてば、あっという間に校舎は平常運転に戻る。

 部活は次の大会に駒を進めた組と、夏の大会は終わって秋の新人大会に備える組とで多少の温度差はあるけれど、日常風景という意味ではそれほど大きな差はない。


 そんなころ合いに生徒会はというと、週の頭から始めた七夕イベントの撤収作業に入ろうとしていた。

 最初こそ生徒会のサクラの短冊しかさがっていなかった笹にも、今では沢山のお願い事が釣り下がり、重みで枝がしなっている。

 紙の重さというのも枚数がかさばれば侮れないもので、これは思ったより運ぶのが大変そうだなと、これからのひと苦労に想いを馳せた。


「終わり?」


 声をかけられて、私は笹から視線を外す。

 ぼーっとしている間に須和さんが並んで立っていて、同じように色とりどりの短冊を見上げていた。


「あと三〇分で撤収」


 撤収は授業が終わってから一時間後と決まっている。

 トラックを出してもらう用務員さんの予定に合わせたものだったけど、一応、最後の駆け込みの時間を設けたつもりだった。

 でも、何人かちらほらと姿が見えたくらいで、そこまで駆け込み需要はなかった。

 書きたい人はみんな、テスト勉強の息抜きや、テスト終わりの解放感で、昨日までの内に済ませてしまったんだろう。

 自分や知り合いの短冊がどこにあるかを探すのも、今では困難だ。


「書いて良い?」

「ご自由にどうぞ」


 尋ねるまでもないのだけど、私は彼女を作業用の長テーブルに促した。


「おや、白羽ちゃんも駆け込み組ですかな?」


 いつの間にか、琴平さんと雲類鷲さんも笹の傍に立っていた。

 いつの間に来たんだこの人たち。


「三人とも、気配を消してくるのは必須スキルかなにかなの?」

「必須かはわかりませんが、特殊な訓練は受けておりますよ。ねえ?」


 同意を求める琴平さんに、須和さんは無言で小さく頷く。

 一方の雲類鷲さんは、なんだか気まずそうに顔をしかめていた。


「ふたりも短冊書くならどうぞ。あと三〇分くらいで撤収するから」


 他の役員たちにもそれくらいに来るように伝えてある。

 私はというと、何となくこの光景を眺めていたいような気がして、さっきからずっとこうしているわけだけど。

 むしろ、駆け込み需要がないのはそのせいかな。見張られてる感じがして書きづらいとか。

 ううん、失敗したかな。


「前から思ってたんだけどさ、三人ってどういう繋がりの付き合いなの?」

「どうもこうも、同じ中学だって前に言っただろ?」


 ちょうどいい機会だからと、かねてからの疑問を訊ねてみたけれど、雲類鷲さんから帰って来たのは前に聞いたのと同じ答えだった。


「いや、そういうんじゃなくって。なんていうか……悪いんだけど正直、接点が想像できない」

「会長サンって案外ゴシップ好きですか?」

「それこそ、そういうんじゃないけど」

「いえいえ、分かってますよ。冗談です」


 琴平さんが笑いながら「気にしないでください」と手を振る。


「接点って言う意味なら、ワタシと流翔ちゃんは、中学じゃ同じ部活だったんですよ」

「水泳部?」

「いえ、陸上部」


 意外、と言っていいんだろうか。

 高校からの彼女たちしか知らない私としては、雲類鷲さんはすっかり水泳部のイメージだし。

 琴平さんはバリバリの文化部のイメージだ。

 でも、すらっとした長身の彼女なら、陸上部と言われて納得できなくもない。


「じゃあ、高校では辞めちゃったんだ。陸上」

「そもそも私も流翔ちゃんも何となく入っただけで、陸上に命捧げてたわけじゃありませんでしたしね」

「陸上自体は別に嫌いじゃねーんだが、陸上部がなあ、人間関係クソめんどくさかったんだよなあ。どうしても人数が多いし、しかたねーんだろうけど」


 それは分からないでもない。

 ウチの中学も陸上部とか吹奏楽部とか、保有人数が多い部は、グループ派閥やらなんやらいろいろと大変そうにしていた。


「あと、共学ってのがやっぱりダメだ。誰が振られただの、誰が浮気してただの、誰の彼氏を取っただの。全部めんどくさくなったから、苦手な勉強頑張ってこの学校に来たんだ」


 分かりみが深い。

 別に男性恐怖症ってことはないけど、思春期の男と女が一緒に過ごすとろくなことにならない。

 それだけは世界の心理だと、私は信じて疑わない。


「ふたりが同じ部活で仲良しなのは分かったけど、じゃあスワンちゃんは?」


 思い出したように須和さんの顔色を伺う。

 お願い事を書き終えたらしい彼女は、短冊を手に持ってじっとこちらを見つめ返した。


「……さあ」

「さあ、って」

「確かに、なんででしたっけ?」

「なんか、気づいたら一緒にいたな。中二で同じクラスになったくらいからか?」

「中一から同じクラスじゃなかったでしたっけ?」

「私、中二の秋までまともに学校行ってない」

「あれえ、そうでしたっけ? じゃあ、あの記憶の相手は誰でしょう……?」

「知らねーよ。どの記憶だよ」 


 情報が乱雑に飛び交って、聞いてるだけのこっちは何が何だか分からなくなってきてしまった。

 言ってる本人たちもよく分かってない様子だし。


「なんか、そういう妖怪いませんでしたっけ。座敷童じゃなくって」

「ぬらりひょん」


 須和さんがさらっと口にすると、琴平さんはぱちんと手を叩いて笑う。


「そうそれです。気づいたら集団に溶け込んでるやつ。よく出てきましたね」

「私、妖怪」

「ワタシの言う〝妖怪〟は誉め言葉だから大丈夫ですよ」

「わかった」

「いや、わかっちゃダメでしょ」


 私の言葉に、「なんで?」と言いたげに須和さんは首をかしげる。

 彼女のためを思っていったつもりだけど、よく伝わらなかったみたい。


「どこでもいい?」

「ああ、うん。空いてるとこにつるしてもらえれば」


 笹を指さす須和さんに、一手遅れて頷き返す。

 なんて書いたんだろうか。気にはなるけど、流石に彼女のそれを覗き見る勇気はない。


「よーし、あたしもできた。っていうか、何も悩む必要ないんだが」


 雲類鷲さんはそう言って「学園祭成功!」とでかでかと書かれた短冊を掲げる。

 いつもの花丸ちゃんのイラストが、いつもより陽気な笑顔で咲いていた。

 ちょっと可愛い。


「ワタシはもうつるしましたよ」

「おま、いつの間に」

「ふふふ、特殊な訓練を受けてますので」

「ちなみになんて書いたんだよ?」

「ふふふ、それもヒミツですよ」


 雲類鷲さんの言葉に、琴平さんは含みのある笑みを浮かべる。

 これはあんまり突っ込まない方が良さそうだ。

 雲類鷲さんもそれを分かっているのか、怪訝な顔でそっと後ずさっていた。


「それじゃあ、ワタシたちはそろそろお暇しましょうか。白羽ちゃんも部活があるでしょう。引き留めたみたいでスミマセンでしたねえ」

「大丈夫」


 それだけ答えて、須和さんはひとりすたすたと校舎に帰ってしまう。

 その肝っ玉の強さは、ぜひ爪の垢を煎じて飲ませていただきたいくらい。


「じゃー、あたしらもこれで。お願い事ちゃんと届けてくれよな」

「まさしく星に願いをですね、などとあしからず」


 いつだか自分で気づいた一発ギャグを口にされて、思わずふっと笑みがこぼれる。

 気づかれるのは恥ずかしかったので、なんとかせき込んだ風で取り繕ったけれど。


 騒がしいのが去って行った後に、私はもう一度だけ笹を見上げた。

 頑張れば叶う願い。

 頑張っても叶わないから、奇跡に縋る願い。

 どれも短冊の形になってしまえば、同じく等しい願いになる。

 そのすべてが叶うかは分からないけれど、少しでもこれからのことに前向きに慣れるのなら、七夕は良いイベントだと私は思った。

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