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7月10日 喜ばせるって難しい

 休日のショッピングモールは、大勢のお客でごった返していた。

 特に何かセールやイベントをやっているわけではないけれど、それでもこれだけ混みあっているのは、今が夏だからということに他ならない。

 うだるような暑さの中で、老若男女問わずに過ごせる場所の選択肢は、田舎にはそうそうない。

 映画に行くか、カラオケに行くか、大型ショッピングモールに行くか。仮にも県庁所在地でありながら、複合屋内レジャー施設もなければ、地下街なんてものもない。

 だったら自然と「来ればなんでもある」ショッピングモールの選択肢が優勢になるというものだ。


 ただ今日、私がアヤセとふたりでここに来たのは、決して無為に時間をつぶすためじゃない。

 ちゃんと目的があっての買い物にきているのである。


「しかし、三年目ともなると流石に選択肢がなくなるよなあ」


 雑貨屋やら服屋やらを一通り巡ってから、アヤセのお気に入りのフルーツパーラーでひと休みしつつ作戦会議を行う。

 今日の最大の獲物――というか手に入れるべき目標物は、きたる七月十五日のユリの誕生日プレゼントだった。


「てか私ら三人、誕生日近すぎだろ。めまぐるしいわ」

「仕方ないでしょ。誕生日は選べないんだし」

「それでもまとめて誕生会しないってのが、なんか私らっぽいよな」

「それは言えてる」


 苦笑で返して、クリームたっぷりのシャインマスカットパフェをつつく。

 たまに親が貰って来たりして食べるけど、シャインマスカットはいつ食べても美味しい。

 品種としては、植えてから売り物になるようになるまで長い時間がかかるため、果物王国と言われる我が県の農家さんでも手を出しにくいという話だ。

 だから出荷数も少なくて高級品扱いになっていたけれど、最近はようやく数が増えて、お安く求められるようにはなってきているらしい。

 とっても良いこと。


 まあ、そんなことはどうでもいいのだけれど。

 今は差し迫ったプレゼント選びをどうするかって話だ。


「たった三年でこれだけ悩むんだから、十何年続けてる親たちの苦労とは何ぞやって話だよね」

「毎年親から『プレゼント何が良い?』って聞かれるの、子供ながらに味気ねーなって思ってたけど。今なら気持ちが分かるわ」


 だからと言ってその手を使わないのは、ほかならぬユリがそれを嫌っているからだ。

 送る側にしても、もらう側にしても、シークレットであること。

 その場の驚きとか、感動にしても落胆にしても、そういう空気を大事にしてる節が強い。


「それでも三年も一緒にいるんだ、思考回路はある程度分かってる」

「ユリは基本的に〝質より量〟」

「それから〝物より思い出〟もな」


 ふたつ合わせれば、うーん、めんどくさい。

 それでも喜んで貰いたいのは紛れもない本心だ。

 しかしながら、ショッピングモールを一周してみても、ピンとくるものはなかった。

 いくつか「候補にしても良いかな」っていうものはあったけど、それを選ぶっていうのはなんだか妥協したみたいで嫌だ。

 「しても良いかな」って思った時点で、それはもう戦力外だと思っていい。


「そういうわけで、ひとつ提案があるんだが」


 仕切り直すようにアヤセが言う。

 二週目を回ったところで無意味そうだなと感じていた私は、とりあえず話だけでも聞いてみようと頷いた。


「今年は企画で勝負してみるのはどうかと思うんだが」

「企画?」

「体験っつっても良いのかな。もちろんプレゼントも渡すけど、そこまでの道筋も含めてトータルで思い出を作るのはどうかって」

「ごめん、何言ってるのかよく分からない」

「あー、まあ要するにだな。例えば、プロポーズする時にフラッシュモブ入れてから指輪を渡すみたいなやつ」

「私の一番嫌いなやつだ」

「例えばっつっただろ。それに星の好みは聞いてねーし」


 確かに。それに、アヤセが言いたいこと関しても理解できた。

 なんていうかこう、盛り上がりそうなシチュエーションを仕込んで、誕生日そのものを演出しようって話か。


「良いとは思うけど、私、そういうの考えるの苦手なんだけど」

「それは私だって同じだって。だからふたりで知恵を出し合おうぜ、な?」

「そこまで言うなら……」


 でも、平日で学校だし。

 あんまり凝ったことはできないだろう。

 やれるとしても教室で完結するか、せめて学校内で完結するようなこと。


「言うからには、何かしら案はあるの?」


 尋ねると、アヤセは腕を組んで唸った。


「ぱっと思いついたのは宝探しなんだよなあ。子供のころとかやったことないか? 指令書に従って隠された箱を探して、そこにまた次の指令書があって、それを続けてくと最後に宝にたどり着く――みたいなの」

「ああ、小学校の子供会とかでやった。てかフラッシュモブとか言わないで、最初にそれ言ってくれたらよかったのに」

「すまんすまん。なんか、勿体ぶりたくなっちゃって」


 アヤセは笑いながら拝むように手を合わせた。


「でもまあ、流石に子供っぽすぎるかもなって気もするんだよな」

「確かにそうかも。まあ、あいつなら喜びそうだけど」


 なんとなく好きそうだなって、そんな気がした。

 むしろ子供っぽいことを本気でやるっていうか。私の誕生日プレゼントの青春切符もそうだけど。

 だから、それがベストではないかもしれないけど、着眼点は悪くないなと思う。


「なんだっけ、リアル脱出ゲームって言うんだっけ。ああいうのも、あいつ好きそうだけど」

「あー、そう言えば前に行ってみたいって言ってたわ。でも流石に難しそうじゃね?」

「まあ、私もどんなのか知らないから、準備しろって言われても無理だけど」


 時間だってそんなにあるわけじゃないし、無理をする必要はない。


「基本的に身体使って何かすんの好きだもんなー。缶蹴りとかでも喜びそう」

「私、缶蹴りやったことないからルールよく知らない」

「マジ? ありゃ缶さえ蹴れば何でもありの総合格闘技だ」

「全くほのぼのとしてない……ケイドロなら知ってるけど」

「あれも総合格闘技だろ」

「あんたはいったいどんな環境で育ったの?」


 それに女子高生がしかも三人で缶蹴りやらケイドロやらって……ああ、でも喜びそうなんだよなあ、くそ。

 ことユリのことに関しては、常識という眼鏡を外さなければならない。


「てか、それを決めたところでプレゼント選びが終わるわけじゃないんだけど」

「言うて、なんかビミョーって感じだろ? 企画が決まれば、ビミョーな候補の中でも、バッチリハマるものがあるかもしれん」

「それは……あるかも」


 プレゼントが決まらないというのは、結局のところ自分自身でプレゼントのハードルをあげているということでしかない。

 三年目。

 下手したら、誕生日当日に直接お祝いできる最後の機会。

 だから記憶に残るし、喜んでもらえるし、大事にしてもらえる、そんなミラクルウルトラプレゼントを探してはいないだろうか。

 「そんなものはない」と理性では判断を下しているのに、無意識では特別な何かを欲している。

 親よりも、友人よりも、誰よりも、自分のプレゼントを喜んで貰いたい。

 その一日だけでも、彼女の中での一番でありたいっていう、これはきっと私のワガママなんだ。

 ぶっちゃけ、それまでアヤセの提案を話半分に聞いていた私だったけど、少しは真面目に彼女に向き合う。


「最初の宝探し、悪くないと思う。ただ子供会のそのままにやっても流石に幼稚すぎるから、少し手を加えた方が良いと思うけど」

「お、いいな。やっとノッて来たって感じ?」

「どっちかと言えば、己の幼稚さこそを恥じてたところ」

「うん? うーん……お前、たまによくわかんない言い回しするよな」

「そう? スワンちゃんの語り口が移ったかな」


 すまし顔で答えると、アヤセもそれ以上つっついてくることはしなかった。

 親友だからこそ話せないことは世の中にあると思う。

 ウルトラミラクルプレゼントはなかったことにしても、一歩出し抜くプレゼントの形が頭の中でぼんやりと形になって来たような気がした。

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