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7月11日 三者三様

「星さんは、学業は言わずもがな。課外活動では生徒会長としての実績もありますし、内申に関してはなんの憂いもありませんね」

「ありがとうございます」


 放課後の教室で、担任の言葉にひとつ頷き返す。

 三者面談は苦手だという人がいるけれど、私は好きでも、かと言って嫌いでもない。

 自分のことを他人の言葉で語られるというのは、なんだか変な気分ではあるけれど、これまで優等生としてやってこれた私としては、進路に関して親と教師との同意を得る場という以外の意味はない。


「内申という意味では、この子は部活は全く行っていなかったので、その点は少し心配なのですが」


 母親が心配そうに尋ねると、担任は静かに首を横に振る。


「そこは大した問題はないでしょう。学校側としても、わざわざ部活に参加していないということを特筆することはありませんし、先ほどの通り、課外活動に関しては生徒会の活動で十分フォローできるかと思います。そもそも内申書は卒業見込みの証明としての意味合いが強いので、学校生活におけるマイナス面に関して気にする必要はありません」

「そうですか。それなら安心です。せっかくお姉ちゃんと同じ高校に入って、部活も同じに入ったのに、ほんと何を考えてるんだろうって……子供の気持ちって分からないものですね」

「アレの事は関係ないでしょ」

「またこの子は、お姉ちゃんのことアレだのソレだの言って」

「話が進まなくなるから言ってるの」

「そうですね。お母さん、今は星さんの話をしましょう」


 担任がフォローに入ってくれて、話の軌道は元に戻った。

 こういう時、どうして母親って生き物は家庭の愚痴の井戸端会議感を出してしまうのだろう。

 そりゃ、普段そういう愚痴を言える場なんてないだろうし。

 唯一共通の話題で盛り上がれそうな存在を目の前にしたら、抑え込んでいたものを開放したくなってしまうのかもしれない。

 でもやるなら後日に改めてどうぞ。

 今は他に話すべきことがあるでしょう。


 担任は、手元のタブレット端末で成績やらの資料を確認して私のことを見た。


「事前の進路調査票で第一志望は東京。第二志望は京都。第三志望は東北で全て法学部ということですが、大阪や名古屋は検討していないということで良いですか?」

「もとより第一志望と第二志望が最優先目標です。それを外すことになるのであれば、家から近いところを選んだ方が良いと思っています。変でしょうか?」

「そんなことはありません。同じような選択をされる方は珍しくありません」


 私の意思を確認したらしい担任は、もう一度手元の端末に目を落とす。


「合格の見込みはありますでしょうか……?」


 母親はもう一度、心配するように彼女の顔色をうかがった。

 うかがったところで、基本的には堅物の仏頂面からめったに変わらないのだけど。


「確実に合格できる受験というものはありません。その意味では、どの大学を選んでも挑戦という言葉に変わりはないでしょう」


 担任はそこまで言ってから一息置いた。

 私は、自分の状況というやつを誰よりもよく理解しているつもりだ。

 それをより客観的に理解しているのが担任なら、その間は、私にかける言葉を選ぶための時間だと言える。


「少なくとも、無謀な挑戦ではないと思います。夏には学習合宿もありますし、私たち教師陣もできうる限りのサポートを尽くします」

「そうですか。お姉ちゃんの時も、担任の今先生にそう言っていただいて無事に合格できましたので、少し安心しました」

「お母さん」

「ああ、ごめんね。お姉ちゃんの話はナシね」


 口ではそういうけど、母親はまったく悪びれる様子はない。

 というより、いまだにこのひとは、私と姉が大の仲良しだと信じて疑わない。

 そんなの、家と家族だけが世界の物差しでしかなかった、本当に小さい頃の話なのに。


「先日の模試の調子をキープできれば、第三志望は現在時点で十分に狙える位置にいます。慢心してはいけませんが、まずはひとつ、それを自信にしていきましょう」

「自信、ですか?」


 聞き返す私に、担任は念を押すように頷き返す。


「普段の学習ですが、苦手の克服ばかりを目的に行っていませんか?」

「そうですね。やはり、苦手があるのは不安なので」

「それはもちろん必要なことなので、続けていきましょう。〝できない〟が〝できる〟になることは大きな自信になります。ですが、得意な部分を得意だと再認識することでも同様に自信は得られます。受験生の最大の敵はメンタルです。それをセルフコントロールしていく術を身に着けていくことも、きっと星さんの助けになると思います」

「メンタルですか」


 それは心をザックリと抉る言葉だ。

 普段の勉強からしても集中できる時とできない時の差が激しいし、波があることは自覚している。

 同様にテストの結果にも波があることも。


「明さんが合格されたから、星さんもきっと合格できるなどという希望的な言葉は口にしません。星さんは星さんの戦い方で、納得のいく結果を目指していきましょう」

「はい、ありがとうございます」


 私は私の戦い方。

 その通りだ。

 私と姉とは違う。

 私は姉のようにはなれない。

 それでも同じようにして見せたいのは、単なる自己満足でしかない。

 だけど生まれ持って与えられた物差しが全部折れてしまうまではあがいてみたい。

 それは私が私であるために、必要なことだと信じている。


「塾とか行きたかったら、遠慮なく言ってくれていいからね。星ちゃんが大学を卒業するまでの分は、ちゃんとお父さんと一緒にお金貯めてるから」

「ありがとう」


 三者面談が終わって、母親がそんな言葉をかけてくれた。

 ありがたいし、恵まれてることだとは分かっているけど、私はお礼だけ返して結論は出さなかった。


「あら、会長。終わったんですか?」


 廊下の待機席には、この後の順番を待つ心炉の姿があった。

 彼女は私と母親の姿に気づくと、一礼してから隣に座る女性を紹介する。


「私の母です」

「娘がお世話になっております」

「いえいえ、こちらこそお世話になっております」


 かっちりしたスーツに身を包んだ心炉のお母さんに釣られて、ウチの母親もお辞儀を返す。

 そのまま親同士で井戸端会議を初めてしまったので、私も会釈を返してから心炉に向き直った。


「次は時間通りにだって」

「分かりました。ありがとうございます。それで、どうでした?」

「どうって言うと?」

「もちろん進路のことですよ」

「ああ……志望は変わらずだよ。挑戦になるけど、やるだけやってみる」

「そうですか。応援しています」

「心炉はしないの、挑戦」

「私は安定思考ですから」


 冗談めかして答える彼女だったが、それでも彼女の第一志望は東北の法学部であることを私は知っている。

 それを安定思考と口にできるのは、先ほどの担任の言葉を借りて言うのなら、積み上げた自信によるものだろう。

 私のメンタルは、まだ彼女の域には達していない。

 実力を出せれば狙えると言われた第三志望でさえ、自分の中では不安を取り除ききれていない。

 だとしたら、この夏の目標は自ずと決まったようなものだった。

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