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7月12日 質より量

「つーわけで第二回、ユリの誕生会どうすっべ会議~」


 放課後の生徒会室に、アヤセの間の抜けたコールが響く。

 投げやり感が満載すぎるけど、静まり返ってもなんだか気まずいので、私ひとり拍手で答えてあげた。

 どうしても無理矢理盛り上げてる感じは否めず、同席している心炉が訝しんで眉をひそめた。


「ずいぶん気の抜けた感じですが大丈夫ですか?」

「ついさっき三者面談を終えて来たとこらしいから、勘弁してあげて」

「そんなに打ちのめされて来たんですか」


 心炉が憐れむようにアヤセを見た。

 アヤセは全力で否定するように首を横に振って、だけどその後に大きなため息をつく。


「いや、何も問題はねーんだよ。ねーんだけど、推薦の準備が本格的に始まるからさ。夏休みなんてもうなくなりそうな勢い」

「そんなに大変なんだ」

「学校推薦はまあその時期になれば受けれるんだけどさ。とりあえず総合選抜のが日程が早いし、万が一落ちても学校推薦で連チャンできるの確認したらしいから、そっちから受けようぜって話になってよ。機会を増やして合格の可能性を高めるって理屈は分かるんだが、これがまた大変なんだ。面接用の作品ポートレイトとか作らないといけねーからさ。たぶん夏休みの空き時間はそれにかかりきりになりそう……マジ憂鬱。アヤセちゃんの夏は始まる前に終わった」

「芸術系は大変ですね……あまり根詰めすぎずに、頑張ってください」


 苦労をねぎらうような心炉の言葉に、私も相槌を重ねる。

 一般入試しか見てない人間からしたら「大変ですね」としか言いようはないのだけど。

 少なくとも、早く受験が終わってラッキーなんてことは決してないってことだ。

 早いには早いなりの苦労がある。


「私のことはいいんだよ。はいはい、議題回収!」

「議題回収は良いんですが、そもそも今はどういう話になってるんです?」


 今日から参加してまだ全容を知らない心炉に、私は日曜日にモールで話した内容をざっくりと説明した。

 とりあえず誕生日という日をまるっと通しての、トータル演出で祝ってあげようという話になったこと。

 その草案として、宝探し的なことが良いんじゃないかという話が出たこと。


 ひととおり聞き終わって、心炉は難色を示すように唸る。


「そんな子供騙しみたいな感じで喜んでもらえるんですか?」

「子供を騙すんだから間違ってはねーだろ」

「ナチュラルにひどい評価ですよ、それ」


 アヤセの言葉に心炉は半信半疑ながらも、納得した様子で頷く。


「付き合いの長いおふたりが言うなら大丈夫なんでしょうけど。でも時間もないですし、あまり凝ったのはできないと思います。学校でやるにしても三者面談期間ですし、あんまり大っぴらにするのはどうかと思いますし……そもそも許可なしに校内を私物化しようってのも、個人的にはちょっと。かといって学校側に許可を取るほどの事かと言われると……」


 心炉ならそう言うと思った。

 だからこっちだって、前もって返事は考えてある。


「うん。だから少なくとも、私たちの手と目の届く場所だけに限定しようかなって」

「手と目の届く場所というと……生徒会室ですか?」

「とか、あとはそれぞれの部室とか。もちろんそこは各部に話を通して貰えるならだけど」

「はあ」


 心炉は、呆れたというよりは驚いたと言った様子で目を丸くする。


「思ってた以上に本気の誕生会なんですね。私、てっきりアヤセさんの誕生会くらいの規模のものをイメージしてました」

「ひとの誕生会を気合が入ってないみたいに言うのはやめてくれよー」

「ああ、いえ、決してそんなつもりで言ったわけでは」


 慌てて取り繕う心炉だったけど、アヤセも本気で窘めているわけではないので、笑い話程度に話は続く。


「そんなわけで、場所は手と目の届く場所限定。そのうえで、ひとり一個ずつ――思いつくなら、常識的な範囲でいくつか考えてくれてもいいけど――とにかく、宝探しの指令を考えるのを手伝って欲しいんだけど」

「ええ、まあ、それぐらいなら。でも私、宝探しとかやったことないので、どんなことをしたらいいのか」

「別に凝ったのじゃなくてもいいんだぜ。ちょっとしたなぞなぞ解いたら、その答えが次の指令の場所になってるとか。なんなら、単純に『〇〇へ行け!』みたいのでもいい」

「流石にそれはちょっと味気ないですね」

「そう思ってくれるなら、味気なくねーなって思う程度のものを考えてくれると助かる」


 アヤセはウインク交じりに、両手で心炉のことをビシリと指さした。


「最後は星が良い感じにエモい指令で締めてくれるから、あんまり気張らなくても大丈夫だぞ」

「まって、それ初めて聞いたんだけど」

「えー、だって今決めたもん」


 口を挟んだ私に、アヤセは視線を逸らしてあからさまにとぼけた。


「言うて、私らン中じゃ星がユリ係みたいなとこあんじゃん。いや、別に私が考えてもいいんだけどさ」


 そんなこと言われてしまうと、惜しいことをしたような気になってしまう。

 思い出に残る誕生日の一番大事なところを、私がやらずに誰がやるのか。

 なんか担がれただけのような気はするけど、私はしぶしぶ同意した。


「わかった、私が考えるから」

「それでこそ星サマ、頼りになる~」

「はいはい。あと、もういっこいい?」

「なんぞ?」

「穂波ちゃんと……あと宍戸さんにも声を掛けていいかな」


 私は思い出したように努めて、その名前をあげた。

 アヤセはきょとんとして、それからあまり深く考えてない様子で頷いてくれた。


「そりゃ別に構わんけど。物より思い出。質より量だしな」

「何ですか、それ?」

「プレゼント選びのスローガンみたいなもん」


 アヤセが補足するけど、訊ねた心炉はいまいち要領を得ていないようだった。


「ありがと。私から連絡しとく」


 突然のことだから誘いを受けてくれるかは分からないけど。

 宍戸さんの気持ちを唯一知っているであろう私がユリの誕生日を隠すのは、胸にしこりを残しそうな気がした。

 どうするかは彼女次第。

 私も私次第で、ユリに喜んでもらえるように全力を尽くすから。


 話がひと区切りしたところで、残りの時間の許す限りで、どんな指令がいいかを雑談ベースで話し合った。

 アヤセの提案から全く先が見えないような気もした誕生会だけど、なんとか形になりそうな気がしていた。

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