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7月13日 量も質も

 放課後。

 久しぶりに寄り道で街に出ていた。

 一学期はみんな部活が忙しかったので、なかなか帰りにどこかに寄るような時間も気力もない。

 これが電車やバスで通いであれば、一時間に一本というこの街では、時間までちょっと時間を潰そうかなんてこともあるんだろうけど。


 ただ今日のお相手はいつもの面子ではなく、穂波ちゃんと宍戸さん、一年生たちだった。


「すみません……プレゼント選びも手伝ってもらってしまって」


 今日の事実上の発起人である宍戸さんは、学校を出てからずっと恐縮しっぱなしだった。

 私はちょっとでも気を紛らわせてもらえればと、薄い笑みで返す。


「そういう時はありがとうでいいんじゃない」

「そ、そうですね……ありがとうございます」


 彼女は弾かれたように姿勢を正して、ぺこりとお辞儀をした。

 緊張をほぐすつもりだったのに、どうやら逆効果だったみたいだ。

 さっきよりも一層ガチガチになってしまっている。


 そんな微妙な空気を換えようとしたのかどうかわからないけど、穂波ちゃんが間に入るように口を開いた。


「ユリ先輩の誕生日はいっぱいお祝いしたいですけど、星先輩とアヤセ先輩の誕生日もちゃんとお祝いしたかったです」

「まあ、そりゃ、言ってなかったもんね」

「ぜひ、言って欲しかったものです」


 つんと澄ました様子の彼女は、たぶん怒ってるのと拗ねてるのと半々といったところだろう。

 その代わりになるのかは分からないけど、ひとことだけ付け加えておく。


「生徒会メンバーって、なんでか誕生日が近い子が多いんだ。だから合宿の時にでも改めて誕生会しようか」

「そんなに、多いんですか……?」


 首をかしげる宍戸さんに、私は記憶の隅を掘り返しながら答える。


「私が六月末で、アヤセと……あと金谷さんと銀条さんがみんな七月だったかな」


 二年生二人に関しては具体的な日付まではちょっと定かではないけど。

 そんなこと本人の前で言おうものなら、特に金谷さんあたりにしつこく絡まれそうなので、後でアヤセ辺りに聞いてみよう。

 たぶん、あいつなら知ってるだろう。


 七夕の短冊に「もっと先輩たちと仲良くなりたい」と書いた金谷さんは、最近何かと三年生の会話に混ざってくるようになった。

 あと二ヶ月弱の会期ということもあるからだろう。

 願いを現実にすべく行動できるのは、まあすごいことだと思う。


「分かりました。じゃあ、お母さんに頼んでおっきなケーキ作っておいてもらいます」

「あ……そう言えば合宿、穂波ちゃんの家なんだっけ」


 うっかりすっかり失念してしまっていた。

 余計なことを言ったかな。


 毎年、学園祭に関わる仕事をまとめて行うのと、会期最後の思い出作りを兼て行われている生徒会合宿だが、今年は穂波ちゃんの実家である旅館『やおとめ』に御厄介になることになっている。

 取次を穂波ちゃん自身がやってくれたこともあって、準備はスムーズに進んでいるようだ。

 会議や作業に使えそうな部屋の準備や、お値段に関することも全部「任せてください」と胸を張って言われたので、すべて彼女に任せている。


 実家だからと言って規格外に安くされたりしても、それはそれでこっちが気を遣ってしまう。

 疑うわけではないけど、一応どういう感じで話を進めているのか訊ねてみた時、穂波ちゃんはいつもの調子でさらりと言った。


「布団敷いたり、あとアメニティ類とか、そういうの全部こちらでセルフで準備することで安くしてもらえないかとか交渉中です」


 そういう言うことならまあ、理にかなっているような気はする。

 流石のしっかり者の穂波ちゃんなので、それ以降の舵取りは完全にお任せしているというわけだ。


「お母さんたちも楽しみにしてるみたいなので、実家のようにゆっくりしていってください」

「うん、それは流石にどうかとは思うけど、ありがとう」


 お礼を口にしつつ、やっぱり菓子折りとかくらい持って行った方が良いよね、なんてことを考える。

 アヤセんちで見繕ってもらうか。

 それくらいなら生徒会費で落としたって文句は言われないと思う。

 何から何まで知り合いの実家頼みみたいだけど、使えるのものは使っていこうというのは、ここ半年で私が一番学んだことだと思う。


「あの、それでプレゼントなんですけど……」


 話がひと区切りしたところで、宍戸さんがおずおずと声をあげた。


「具体的にどういうのが喜ばれるかなって……わたし、たち、ユリ先輩の好みとか、あんまりよく知らないので」


 思い出したように付け加えた「たち」は、彼女なりの照れ隠しなんだろうなと思った。

 私はちょっと考えてから、真っ先に浮かんだことを口にする。


「質より量。物より思い出」

「そ、それって、なんでしょう……?」

「スローガンみたいなもの?」


 私も疑問形ではあるのだけど、でもなんか、概念としてはそんな感じ。


「こう言ってしまうとなんだけど、あいつ〝誕生日〟っていうエッセンス加わればマジで何でも喜ぶから。だからこその質より量。物より思い出で。〝沢山貰って楽しい誕生日だったね!〟って思って貰えたら私らの勝ちって感じ」

「な、なるほど……」


 宍戸さんは頷きはしたけれど、微妙に腑に落ちてはいないようだった。

 具体的に何が良いのかは一切分からないわけだから無理もない。


「要するに、宍戸さんが〝あげたいもの〟をあげたら良いと思うよ。使って欲しいもの、身に着けて欲しいもの、食べて欲しいものとかでもいいかもね」


 それは、私が最終的に自分自身に言い聞かせたことでもある。

 どうせ、と言ってしまうと悪いように聞こえてしまうけど、あいつは誕生日プレゼントとしてなら何だって喜ぶんだ。

 だったら自分があげて気持ちがいいものをプレゼントしたらいい。

 その方が自分の気持ちも込めやすいんだって私は気づいた。


 宍戸さんは、私の言葉をかみ砕くようにしばらく押し黙った。

 やがてぽつりと、呟くように言葉を漏らす。


「……ケーキ。ケーキ、食べて貰いたいです」

「いいんじゃない。ただ夏だし、生ものだろうから取り扱い注意だけど」

「あ……いえ、その、焼こうかなって」


 なるほど、そういうことか。

 この時期に冷蔵庫もない教室で放課後までケーキを保管するのは大変だろうと思ったけど、彼女は料理愛好会の一員だ。

 家庭科室の冷蔵庫も使えれば、その場で焼くことだってできるだろう。


「大丈夫? ケーキって時間かかるイメージあるけど」

「えっと……生地の準備さえ済んでしまえば、焼くのはそんなに。トッピングも凝らないのなら……というか、デコレーションケーキとかは私、まだ無理なので……とにかく、私が作れるものなら大丈夫です。宝探しの順番だけ、少し後の方にしてもらえたら嬉しいですけど……」

「そういうのさらっと言えるようになったのは、なんだかプロっぽいね」


 自分のできること、そのための時間、それから導き出される必要な交渉。

 入学したての彼女では、想像もできない頼もしさだ。

 彼女もまた、料理愛好会という私の知らないところで、着実に成長しているということだろう。


「わかった。一応、ラストは私がってことになってるから、宍戸さんはその前くらいにしてもらおう。ケーキを貰うなり食べるなりするのも、そのくらいのタイミングがちょうどいいだろうしね」

「ありがとうございます……よろしくお願いします!」


 宍戸さんはぱっと表情を明るくして、ぺこりと大きく頭を下げた。


「ケーキにするなら、今日の買い物はどうする?」

「あ……えっと、家で試作とかしてみたいので、材料だけ見繕っていきたいです。何か面白いトッピングとかもあるかもなので、輸入食品店とか、駅ビルとか」

「いいね。私にもついでに教えて欲しい」

「そ、そんな、ひとに教えられるほどでは……」


 宍戸さんはいつもの調子に戻って、ぶるぶると拒絶するように首を振った。


「穂波ちゃんは、どこか寄りたいお店とかある?」

「あ……そうですね。私も駅ビルが良いです」

「じゃあ目抜き通り回ってから駅の方に行こうか。その方が宍戸さんも帰るの楽だろうし」

「はい……ありがとうございます」


 目的地も決まったところで、もたつき気味だった歩みもしっかりとし始めた。

 無事にプレゼントが決まりそうで肩の荷も下りた心地だけど、宝探しのお題も考えないとな……なんて、まだまだ考えることは多い。

 明日でどうにか、全部の準備が済めばいいけれど。

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