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7月14日 なけなしの大バッティング

 例年いちの準備期間と苦労を伴ったユリの誕生日の準備は、秘密裏に、かつ着々と進んでいる。

 秘密裏にする理由は、実際のところそれほどないのだけれど、思い出の乱れ打ちということでなんとなくサプライズにしようという空気が、企画者たちの間では暗黙の了解になっていた。


「そういうわけで、星を災害担当大臣に任命する」


 生徒会室で一年生ちゃんたちも交えた第三回企画会議を行っていたさ中、アヤセがびしりと私を指さす。


「災害って何さ」

「ユリの襲来」

「ああ」


 んな大げさな……と思ったのはほんの一瞬のことで、私はその役職の存在意義に否が応でも頷くしかなかった。

 こういう時のあいつの間の悪さは筋金入りと言っていい。

 実は最初から全部知っててタイミングを計ってたんじゃないかっていうくらいに、大事な場面の劇的なタイミングでユリは姿を現すんだ。

 だからこそ、サプライズな演出を準備する時には気をつけなければいけない。

 大怪獣を退くためにはヒーローの存在が必要だ。

 この場合はヒロインか。


「たーのーもー!」


 とか話してる時に、生徒会室の扉がけたたましく開け放たれた。

 道場破りよろしく勇んで現れたユリの姿に、今まさに災害対策の話をしていた面々は、思わずぎょっとして穴が開くほどに見つめる。


「え、な、なに? あたし、またなんかやっちゃいました?」

「異世界モノの主人公みたいなこと言ってるとこ悪いが、少なくともそれ良い意味で言ってないよな?」


 真っ先に自我を取り戻した発起人アヤセが、取り繕うように返しながら私を見る。

 その眼が「いけ!」と物語っていた。

 そんな、ポケモンじゃないんだから。

 だけど、たった今しがた災害担当大臣に任命された手前、仕方なく重い腰をあげる。


「ちょっと大事な会議してるから、話があるなら外で私が聞くから」

「え? 大事な会議なのに星がいなくていいの?」


 口から出まかせ言った私が言うのもなんだけど、こういう時だけなんですぐ頭がまわるの?

 私はユリを部屋の外に押し出しながら、視線だけアヤセを振り返る。

 けしかけたんだから、こっちは何とかしろ。

 うまいこと伝わったのか、アヤセは頷いてから生徒会室の面々に向き直った。


「そ、それじゃあ、各自持ち場にGOってことで」


 持ち場って言うのは、それぞれの指令書を隠すための場所のこと。

 今日はちゃんと宝探しの道筋が機能するのかどうかを、ひととおり通して確かめてみようという話になっていた。


 だけど、残る面々はまだユリの突然の襲来に狼狽えている。仕方なくアヤセが手を叩いて急かすと、彼女たちもハッとして準備をはじめた。


「え? 大事な会議なのにみんな解散していいの?」

「はいはい、いいからいいから」


 相変わらず理解力は足りないくせに感だけ鋭いユリを、多少雑に押し切って連れて行く。

 こういう時は、変に取り繕おうとするたびに墓穴を掘るだけだ。

 疑問が残っても力業に頼った方がいい。


 別に行くアテはないので、とりあえず三年の教室の方向に向かって歩く。

 三者面談中なので教室は使えないけど、生徒会への用事だろうし、それくらいなら歩いてる間に済ませられるだろう。


「それで、何しに来たの?」

「あー、そうそう。学園祭の出店衛生管理の申請用紙、まだ貰ってなかったから貰いに来たの」

「そんなの、言ってくれたら届けるのに」

「さっき思い出したの! 思い立ったが吉日だよ!」


 思い出さなきゃどうするつもりだったんだろうか。

 たぶん、申請の締め切りが近づいたころで私かアヤセが話題に出して、それで気づくか。

 ほんと手のかかるやつ。


「というわけで生徒会室に戻ろう!」


 ぐるんと踵を返したユリの腕を、がっちりと掴んで踏みとどまらせる。


「私、今持ってるから。それコピーしてあげる」


 役に立つかもと思ってスクールバッグごと持ってきてよかった。

 確か、自分のクラス用の用紙がファイルに入ってたはずだ。


「でも、取りに行った方が早いんじゃないの?」


 食い下がるな、こいつ。多少疑問が残っても、力業、力業。


「資料室近いしコピーでも変わんない。ちょうど他にもコピーしたいものあったし」


 嘘ではない。

 別に今日じゃなくても良かったけど、コピーを取りたい生徒会資料はある。


 それをついでにこなしてしまおう。

 ユリもそういうことなら、と疑うことなく頷いてくれた。


「そう言えば、LL教室寄ってもいい?」

「え、なんで?」


 突然の言葉に心臓がドキリとする。

 LL教室と言えば英語部の心炉のテリトリーだ。

 なんでいきなり、そんな確信を突くような単語が出てくるの。


「いやー、英語がね。赤点は免れたんだけど追加課題の提出があってさー。忘れないうちに提出しちゃおうかなって」

「それなら明日でも良いんじゃない。期限まだなんでしょ」

「思い立ったら吉日だよ!」

「今日――は、英語部休みって心炉が言ってたから、もう鍵締まってるかも」


 苦しい。

 けど、災害対策大臣としては何とかしなければならない。

 ユリはちょっと迷った様子だったけど、やがて不満げに頭を掻いた。


「それなら明日でもいっかなぁ。てか、それこそ資料室行くなら職員室行って先生いるか確認した方が早そうだね」

「そうしなよ」


 何とか災難をやり過ごして、ひと息。今日に限ってカンが冴えわたりすぎでしょ。

 このまま続いたら、流石の私でも対処が追いつかなくなりそう。

 はやいとこ用紙を渡してしまった方が良いのかもしれない。


「てか、改めて考えてみたら大事な会議中に私が抜けるのってないわ。申請用紙あげるから、それ使って。自分の分は部屋に戻ってから補充すればいいだけだし」

「ええー、どゆことー?」


 ユリは、完全に虚を突かれた様子で目を白黒させる。

 んなもん知ったこっちゃねえと言わんばかりに、私は鞄の中から引っ張り出した用紙を胸に突き付けた。


「え、ええー。いや、それで良いならいいんだけど……あ、でもあたし、二枚要るんだよね」

「え、なんで?」

「クラス用と部活用。今年はどっちも飲食店なんだー。シフト上手く組めるかなぁ?」


 クソッ、働き者め。

 それじゃあ結局コピーは必要じゃないか。

 てか両方飲食店で忙しかったら、自由な時間なんてあるの?


 生徒会もたぶん暇とは言えないけど、仮に時間ができても、ユリが忙しいんじゃ一緒に回れないんじゃないか。

 そもそも一般生徒もそれぞれの出し物の運営に最初から最後まで全力で、学園祭を回らずに終わるなんて生徒はザラだけども。

 それでも最後の学園祭だ。

 別に出し物を回れなくてもいい。

 少しでも、あの浮ついた空気の中で一緒に過ごす時間を取れるなら。


「やっぱコピーしに行こうか」


 動揺を隠すように押し付けた用紙をひったくって、再び廊下を歩き始める。

 ユリはキョトンとしながら後をついてきたけど、やがて「うーん」と小さく唸った。


「星、何か隠してる?」


 どきんと、心臓の高鳴りで背筋が伸びる。

 つい今しがた知った事実も重なって、二重の意味で図星なんだけど。

 私は慌てて口を堅く結び、首を振った。


「いや、別に?」

「ええー、嘘だあ。星、嘘つくときの顔してる」


 嘘つくときの顔ってどんな顔?

 そんなのあるならむしろ知りたいんだけど。

 でも今それを聞いたら、まさしく嘘ついてますって白状するようなもんで。

 どっちにしても、追求からは逃れられない。

 だったら、ここで取るべき道は――

 私は無言で歩き出す。

 でもすぐに、その腕をユリに捕まえられた。


「ヘイヘーイ。ステイステイ」

「犬じゃないんだから」


 振り払おうとするけど払えない。

 それどころか、ぐいっと勢いよく身体を引っ張られてしまう。

 突然のことに足がもつれて、ユリに抱き留められる恰好で突っ込んでしまった。


「ちょっ……何するの」

「ふふふ、実は私、汗の味を嘗めれば嘘をついてるかどうか分かるんだZE」

「今度は何に感化されたの」

「JOJO」

「ああ、そう」


 詳しくないけどネタの方向性は分かった。

 だけどまさか、ホントにするわけじゃないよね?


「さあ、白状するか舐められるか選ぶんだZE」

「どっちも嫌なんだけど」


 舐められるのは嫌じゃないけど、このシチュエーションでは嫌。

 でもそんなのお構いなしに、ユリが完全にマジモンの瞳ですり寄って来る。


 そういうのはネタだけに留めときなさいっていつも……ああ、特に言ってないや。

 でも嘘ついてるのはホントで。

 ユリのためとはいえ多少の罪悪感はあって。

 私は蛇に睨まれたカエルで。

 ユリは味を確かめようとしていて。

 ああ、詳しくないけど「味もみておこう」は私も知ってる。

 あの辺はユリに借りて読んだ気がする。

 でもユリは別に漫画家じゃないから私の味は確認しなくてもいいんじゃないかな。

 そうじゃない。

 漫画のためじゃなくって、嘘を確認するために舐めるんだ。

 いや、嘘を確認できるかどうか確認するために舐めるの?


 鼓動の早さに思考が追いつかなくって、よくわかんなくなってきてしまった。

 思考回路はショート寸前。

 ハートは万華鏡。

 でも残念ながら、私にミラクル・ロマンスはない。


「わかった、わかったから!」


 ギリギリのところで、ユリの身体を手で押しのける。

 反射が思考に勝った瞬間だった。


「おー、観念した!」


 ユリも私を抱き留める手をパッと放して、無抵抗なお手上げポーズを取る。

 反射的に窮地は脱した気がするけど、その後の事は何にも考えてなかった。

 分かったって言った以上は、何か言わなきゃいけないんだけど。


 でも大勢の人間を巻き込んでる手前、明日のことは言えない。

 学園祭のことはもっと言えない。

 何か無いかとドラえもんよろしく、記憶のポケットをひっくり返していると、おあつらえ向きのネタがひとつだけ転がり落ちた。


「映画の主演、探してるの」

「映画? なんぞや?」

「ほら、文化祭とかで上映する視聴覚委員の映画」

「ああ!」


 理解したらしいユリは、目も口も大きく開きながら、ポンと手を打った。

 私は畳みかけるように言葉を繋ぐ。


「ユリ、出てみる?」

「あたし主演女優!?」

「それはわかんない。映画のことは琴平さん――視聴覚委員長にお任せしてるから、彼女次第だけど」

「やるやる! 仮に主演じゃなくってもやる! 主演ならもっとやる!」


 ユリは瞳を輝かせながら、天井まで届かんばかりに両手をあげた。

 ついでにそれで、今までの疑いも全部吹き飛んでくれたようだ。

 単純なヤツで助かった。

 ほんと。


 それからコピーを終えた用紙を渡すと、ユリは満足げに部活に行った。

 災害担当大臣、なんとかやり遂げました。

 ほめる人なんていないだろうから、自分で自分を褒めてあげたい。

 ああ、でも今から明日の準備しなきゃいけないんだっけ。

 休んでる暇はなさそうだ。

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