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7月15日 ユリbirthday

「そういうわけで、ユリ。貴様に指令を与える」

「アイアイ!」

「内容を聞く前に答えるんじゃない!」


 突然の軍人さんごっこを始めたアヤセとユリをよそに、私はユリバースディ対策本部と銘打たれたグループにメッセージを打ち込む。


――作戦開始。


 気取ったメッセージを送ってしまったのは、きっと昨日のおかげですっかり極秘作戦っぷりにあてられてしまったせいだ。

 たぶん私、舞い上がっている。

 ユリの誕生日にも。そのための企画や準備にも。それは決してよこしまな気持ちじゃなく。

 大切な人にとって、大切な日になってほしいという、そういう純粋な気持ち――だと思う。


「そういうわけで、まずはこれを受け取りたまへ」


 妙に芝居がかった口調で、アヤセがユリに一通の封筒を渡す。

 かわいらしい花柄のレターセットだった。

 ユリはそれを受け取って、中からおなじく花柄の便箋を取り出す。


「ん? なんだこれ。わけわかめ」


 便箋に書かれた内容を見て首を傾げた彼女に、アヤセはまた芝居がかった笑みをこぼした。

 お芝居で言えば、悪魔とか、敵役とかが発しそうな不敵な笑み。


「貴様にはこれから、五つの難題を解いてもらう。それをひとつクリアするたびに生誕祝いの宝が手に入るであろう」


 五つの難題なんて言うので、一瞬「かぐや姫かな?」なんて考えてしまった。

 でもあれってそもそもクリアできない問題を指定しているからこその〝難題〟であって、この場合はむしろクリアしてプレゼントを受け取ってもらいたいのだけども。

 だから難題というよりは学校のテストに近い気がする。

 あれだって本来、間違えさせるものが主題ではないはずだ。


「封筒の難題を解けば、プレゼントと次の難題の在処がわかるであろう! さあ、飛び立て勇者よ!」


 アヤセ、キャラブレブレじゃない?

 あんたは一体何役なんだ。

 上官なのか、悪役なのか、それともデスゲームの管理人なのか。

 指令所を眺めていたユリは、しばらくうんうんと頭をひねる。

 だけどすぐに、何かに気づいたように小さく飛び跳ねた。


「あ、たぶんわかったような気がする!」


 いうや否や、スタート地点であるここ生徒会室を飛び出すユリ。

 私たち運営チームは、慌ててそのあとを追った。


 ユリが向かったのは、すぐそばにある昇降口だ。

 生徒たちが気軽に訪れられるように――かはわからないけど、わが校の生徒会室は昇降口のすぐ脇にある。

 階段下の立地と場所的には、たぶん元々は倉庫かなんかだったんだろうなってのは察するところだけど。


 ユリは、わき目も振らずに自分のクラスの列に向かい、自分の下駄箱の扉を開く。

 収納スペースは二段になっていて、うち下の段にはローファーが。

 そして本来なら内履きが入っているであろう、今は空っぽの上の段に、新たな封筒と小さな小包が入っていた。


「おおー、確かに言われてみたらドキドキするね!」


 新鮮な気持ちで驚くユリを横目に、私はアヤセに耳打ちする。


「指令、何て書いたの?」

「〝伝えたいけど伝えられない気持ちを託す、学生の定番スポット〟」

「ああ」


 確かに、少女漫画とかじゃ定番か。

 わりと概念的な感じもするので、見る人によっては候補をいくつかあげられそうなものだけど……そうやって迷うのも「宝探し」じゃひとつの醍醐味だとは思う。

 ユリは警察犬なみの嗅覚で一瞬で当てて見せたけど。


「わー、カーサでみつけたスマホケースだ!」


 真っ先に小包のほうを開けたユリは、中から出てきたスマホケースをキラキラした目で掲げ見る。


「前に星のプレゼント見繕いに行ったときに、欲しがってたろ」

「うん! うれしい!」


 私のプレゼントっていうと、アロマキットを買ってくれた時か。

 カーサっていうのは雑貨屋の名前のことだ。


「まって、ユリも行ったのにプレゼントは青春きっぷだったの? あんた何しに行ったのさ」

「えっとね、スキレットを買ったよ」


 ああ、あのステーキ焼いてたやつ……ランチ自体がユリからのプレゼントみたいなところがあったし、そういうことなら深くは突っ込むまい。


「さてさて次の指令は……」


 ユリはもう一方の封筒を開く。水彩画でデフォルメされた猫のイラストが描かれたものだった。

 一瞬、心炉のかなとも思ったけど、彼女が選ぶにはなんだか普通過ぎるような気がする。


「おお、すごくシンプル」


 中から便箋を引っ張り出したユリは、驚いたような、うきうきしたような、とにかく楽し気な表情でそれを私たちにも見せてくれた。

 そこには毛筆の達筆で「果たし状 校舎裏にて待つ」と書かれていいた。

 このセンスは――指定された校舎裏へ向かうと、大きな桜の木の陰に穂波ちゃんが待っていた。


「あ、来ましたね。ユリ先輩、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう! 果たされに来たよ!」


 ユリは腕を組んで穂波ちゃんの前に立ちはだかる。

 この場合、立ちはだかったのは穂波ちゃんで、果たすのも穂波ちゃんのはずなのに、なんでユリが呼び出したみたいな絵面になってるんだろう。


「指令はシンプルです。私と勝負して、ユリ先輩が勝ったらプレゼントを進呈します」

「わかりやすぅい! それで、何で勝負するの?」

「果たしあいと言えばもちろん……スポチャンです」

「わかりやすぅい!」


 穂波ちゃんは、すごくいい笑顔(ぱっと見は無表情だけど、なんだか後光が見えそうなくらいいい笑顔をしている)で二本のソフト剣を取り出した。

 うち長い方をユリに渡すと、短い方を自分が持つ。


「いちおう私、現役剣士ですから、間合いのうえでのハンデです」

「大丈夫なの? ユリこの手のお遊びに関してアホで天才的だよ」


 プレゼントをあげる(=負ける)ことを目的にしているとはいえ、一方的ってのもよくない。

 穂波ちゃんを案じての進言だけど、なんでかユリの方が声を荒げた。


「せ、せめてアホみたいに天才的って言って!」


 細かいところを気にするね。

 とりあえずユリは放っておいて穂波ちゃんの返事を待つと、彼女は自身に満ちた様子で頷いた。


「大丈夫です。剣道の段位認定では小太刀の技能も審査されます。あと、昨日の夜に『たそがれ清兵衛』観て予習しました」

「何それ」

「藤沢周平です。私のバイブルです」

「バイブル」


 とりあえず時代劇ということは分かった。

 するとそれを聞いていたユリは、ソフト剣を片手にゆらりと歩みだす。


「『お主、わしを竹光で斬るつもりか?』」


 やたら凄みのある声で問うユリに、穂波ちゃんははっとしてソフト小太刀を帯刀する。


「『あんたとは、小太刀で戦うつもりでがんした』」


 答える穂波ちゃんは突然の方言。それもこの辺じゃなくって海沿いのほう。

 意味不明だったけど、たぶん映画の一幕かなんかなんだろう。

 ユリのやつも時代劇は大好きだ。


「『許さん』」


 ユリは剣を構えて切りかかる。

 穂波ちゃんはそれをひらりと躱してから小太刀を抜き放つ。

 それからしばらくは剣と剣の応戦。

 一見、間合いの広いユリの長剣が有利に見えるが、そこは剣道部で全国区レベルと渡り合う穂波ちゃんだ。

 不利なんて微塵も感じさせずに、鋭くユリの動きに対応する。


 スポチャン――スポーツチャンバラのルールはよく知らないけど、互いの剣閃を必死に防ぎあっているところを見ると、たぶん〝当たったら負け〟みたいな感じなのだろう。

 ふたりはしばらくの間、激しい剣劇を見せ――やがて、ユリは大ぶりの上段で剣を振り上げてから、ハッとしたように小太刀を脇に構える。

 そのまま横抜きに一閃。剣道で言えば〝胴〟の要領でユリのお腹を切り捨てた。

 同時にバシンと剣から電子音が響く。

 それが一本の合図のようだった。


 ユリはゆっくりと崩れ落ちて、からうつぶせに横たわり、穂波ちゃんに手を伸ばす。


「暗い……何も見えん……地獄だ」


 そのままぱったりとこと切れた。


「いや、負けてどうすんの」

「あ、そうだった!」


 素っ頓狂な声をあげて、ユリが飛び立った。


「どうしよう! 役に入りきって負けちゃった!」

「いえ、満足したのでもう、私の負けでいいです」


 そう答える穂波ちゃんは、ふんと鼻息を荒くして、本当に満足げだった。

 彼女はセーラー服のポケットからプレゼントの包みと、次の指令封筒を取り出す。

 プレゼントの中身は、私も買い物に立ち会ったので知っている。

 猫のシルエットが特徴的なヒスイ色のバレッタだ。


 そして問題は次の指令――もとい難題。

 シンプルな真っ白な封筒の中にはバースデーカードが一枚入っていて、そこに書かれたメッセージを目にした瞬間、ユリはブリキの人形みたいにカクカクギリギリとこちらを振り向いた。


「へ、へるぷみー」

「どうしたの」


 呼ばれて飛び出て脇からカードをのぞき込むと、そこには綺麗で整った字体でびっちり英文が書かれていた。


「ええと……〝次の英文を訳しなさい〟って最初に書かれてるってことは、読めなくて私に頼もうとすることを見透かされてるね」


 この用意周到さはきっと心炉の仕業だ。

 釘を刺された感じがしたのでそれ以上は手を貸さないけど、ざっと読んだ感じでは、和訳すれば次の目的地のヒントが得らえるしかけのようだ。

 ヒント自体はとても簡単なものなので、訳さえできれば向かうのはすぐ……なのだけど。


 とりあえず生徒会室に戻ってきた私たちは、ユリを作業テーブルに座らせて、目の前に英和辞書を立て置く。


「じゃあ頑張って」

「がーん、無慈悲!」

「私、お茶淹れますね」

「穂波ちゃんはこなれすぎー!」


 ユリの泣き言が響く中で、穂波ちゃんの淹れてくれたお茶を飲みながら、私たちは一端の休憩だ。

 心炉は見張りを兼ねて現地で待っているし、宍戸さんは家庭科室で最後の追い込みの最中だろう。

 しばらくの間だけの気の休まる時間。

 もしそれも計算のうちだとしたら、なんだかんだでやっぱり心炉は侮れない。

 流石に偶然だとは思うけど。


「ででででできたー?」


 二〇分ほど経ったころ、ものすごい疑問符を付けつつ、ユリがもろ手を挙げて伸びあがった。

 私も重い腰をあげて彼女の後ろに立つ。


「ここと、ここ違う。こっちは構文の勘違い。こっちはたぶん、もういっこの方の意味だと思うから辞書引き直しな」

「がっつり添削されたよ!?」


 ユリは涙目でメッセージカードに向き直った。

 普段の勉強もこれくらい真面目にやってくれたらいいのに。

 もしくは、餌を吊り下げるだけでいいってことなのかな。

 思い返せば、テスト前や長期休暇の終わりは、いつもそんな感じで無理矢理勉強させてる気がする。


「できた!」


 またちょっとの時間をおいて、ユリがもう一度声をあげた。

 今度はさっきと違って語尾に疑問符がつかなくて、自身に満ちたものだった。

 きっと、自分でも意味が通る和訳ができたんだろう。

 だったらもう私が見なくても大丈夫。


「それで、どこかわかった?」

「LL教室!」

「ご名答」

「えー、星もう知ってたの!?」

「いや、そう書いてあったから」

「ずるい! 英語できる受験生ずるい!」

「英語のできない受験生はもっと頑張りなさい」


 ぷりぷりと腑に落ちない抗議の声をあげる彼女のおでこを、パチンとデコピンではたいてやる。

 最近なんだか威力が増した私のデコピンなので、思う限りに手加減をしておいた。

 一発もらったユリも、おでこを抑えながら「すいません……」とおとなしく頭を下げた。

 それからLL教室へ向かうと、心炉がひとり、連休の課題をこなしながら待っていた。


「やっと来たんですね。ずいぶん時間が掛かったじゃないですか」


 退屈そうに溜息をつく彼女に、アヤセがご機嫌を取るように苦笑する。


「ユリには心炉の指令が一番の難題だったみたいだな。五つの難題だと一番難しいのってなんだ? 玉の枝?」

「さあ……龍の玉とか?」


 突然話を振られたので、ぱっと思いついたものをあげる。

 それが答えになってるのかどうかは、私もよくわからない。

 あれって全部、存在してるかわからないものだし。


「じゃあ、龍の玉係の心炉は褒美をどうぞ」

「謎のハードルのあげ方されても困るんですが。どうぞ、お誕生日おめでとうございます」


 心炉が手渡した、手のひらサイズよりは大きなプレゼント袋には、虹色のバスボムが何種類か入っていた。

 まさに五色の玉――いや、あれって一個一個が虹色ってわけではないと思うけど。

 ユリは満面の笑みでバスボムを抱きしめた。


「うわぁ、ありがとう! 和訳頑張った甲斐があった!」

「その和訳もユリさんの苦手そうなところを詰め込んだので、学力向上もプレゼントです」

「あう……ありがとう」


 実に抜け目ない。

 どうりで添削が必要なくらいわかりにくい内容になっていると思った。


「そして、これが次の指令所ですよ」


 心炉がもう一個手渡したのは、赤いリボンのついた封筒。

 見た目の印象で言えば招待状のような雰囲気だ。

 その実、リボンを解いて二つ折りになったそれを開くと、丸っこい字で「家庭科室までお越しください」と書かれていた。


「歌尾ちゃんかな? みなさんでどうぞ、って書いてある」

「じゃあ行こうか」


 彼女のプレゼントに関しては、私も内容は知っている。

 だからちゃんと責任をもって、ユリを連れていくのがお仕事だ。


「お、お待ちしてました……どうぞ!」


 家庭科室まで赴くと、宍戸さんがやや緊張した様子で出迎えてくれた。

 廊下からすでに甘くていいにおいが立ち込め、中に入ると部屋の隅の方の席で、すでに料理愛好会のほかの部員らしき生徒たちが、綺麗な食器に囲まれて優雅にお茶を楽しんでいた。

 料理研究会ってこんな雰囲気のところだったんだ。

 もっとこう、授業の調理実習みたいな、家庭的な感じのをイメージしてた。


「お誕生日おめでとうございます。わたしのプレゼントは……その、わたしひとりで全部作ったわけじゃないんですが、はじめてデコレーションケーキを作ってみたので、ぜひ食べてください」


 そう語るテーブルの上に置いてあったのは、たっぷり生クリームが塗られた、イチゴのホールケーキだった。

 ユリはキラキラと目を輝かせる。


「すごーい! お誕生日ケーキだ!」

「あれ……パウンドケーキみたいなのにする予定だったんじゃ」


 インパクトに圧倒されて、思わず口をはさんでしまう。

 宍戸さんもものすごく恐縮しながら、ちらりと奥の先輩たちの姿を見た。


「先輩たちに相談したら、お誕生日ならイチゴのショートケーキ焼かなきゃって。それで、みなさん手伝ってくださって……」


 こちらの視線に気づいたのか、ふわっとした雰囲気の部員さんが笑顔で厳かに手を振ってくれた。

 確か、三年の理系クラスのひとだったかな。だとしたら部長さんだろう。

 そしてこの部の優雅な雰囲気は、たぶんあの人が作ってそうな気がした。


「それで指令は?」

「え……?」


 アヤセの問いかけに、宍戸さんは頭の上に疑問符を浮かべる。

 それからちょっとの間をおいて、彼女は思い出したようにハッとし、青ざめ、そしてペコペコと頭を下げた。


「す、すみません! ケーキ作ることで頭いっぱいですっかり……!」

「別に謝らなくてもいいけどさ。確かにプレゼントの中じゃいちばん手が込んでるし、しゃーない」


 アヤセは面々の顔を見渡して、ユリを見て、最後に宍戸さんに向き直る。


「じゃあ、指令は『ケーキを美味しく残さず食べる』ってことで」

「いいんじゃない」


 特に異論はないので、私も後押しするように頷く。

 宍戸さんはもう一度ペコリと頭を下げてから、ほうと大きなため息をひとつついた。


「あまーい! 美味しい!」


 切り分けられたケーキを頬張り、ユリは開口一番の感想をこぼす。

 宍戸さんはそれでようやく笑顔になった。


「良かったです……先輩たちのおかげです」


 しかし、ここにこうしてホールまるまるの完品があるということは、あっちで他の部員たちが食べているケーキは何なんだろう。

 試作品ってことなのかな。

 だとしたら、思った以上に手厚くフォローしてくれたのかもしれない。

 私の預かり知らないところで、料理愛好会に借りが出来てしまったような気がする。


「くそ……和菓子屋だからクリームのコクと旨味が身にしみる……和菓子屋だから」

「洋菓子食べちゃいけない呪いでもかけられてるの」

「そうじゃねーけど、年中家の中が香ばしい小豆を炊く香りで包まれてるとさ……な?」


 同意を求められても、頷くことはできない。

 私はそんな特殊な訓練じみた環境では生きちゃいないので。


「ついでだし、ここで最後の最後指令も考えて貰うか。歌尾隊員よ、ユリに封書を」

「はい、わかりました……」


 アヤセの言葉に、宍戸さんはセーラー服のポケットから封筒を取り出す。

 星のモチーフをあしらった、私からの指令書。

 これをクリアすることで、ユリの誕生会は完遂となる。


 封筒を受け取ったユリは、丁寧に封を切って中に詰まった便箋を取り出した。

 それから卒業証書みたいに目の前に掲げて、何を思ったのか音読をはじめる。


「ユリ様、18歳のお誕生日おめでとうございます。本来であればお誕生会の場を借りて――」

「ストーップ!!」


 私は慌ててユリの音読を遮った。

 ちょっと待って。

 なんで。

 あれ、確かに机に封印死たはずなのに……待って待って、ほんと、何でここにあるの。


 突然の奇行なのはわかってるけど、ユリを含めて周りの人間からの視線が痛い。

 そんなに不思議そうに私を見ないで。


「なんで遮るんですか」


 こういうときに心臓の強い心炉がいの一番に声をあげる。

 そうだよね。

 普通に不自然だよね。

 でも、ここにあっちゃいけない〝それ〟だけは、ホントは誰の目にも触れてはいけないものだから。

 たとえ、ユリの目であっても。


「ごめん。それ、間違いだから。返して」


 ユリに手を差し出すと、彼女はこれみよがしに手紙を抱えて、イヤイヤと首を振る。


「せっかく貰ったのに! なんか良いこと書いてありそうなのに!」

「ダメなものはダメだから返して」

「そこまで言われると余計に気になるなぁ」


 アヤセがニヤついた目で私のことを見ていた。

 こいつ、お楽しみモードに入りやがった。


「分かった、プレゼントあげるからそれと交換」


 そう言って私は、自分のポケットから小さな包みを取り出して見せる。


「あの生真面目な星が企画の趣旨を捨てやがった」


 それくらいの代物なんだ。なんてったって、勢いで書いたうえにボツにしたものなんだから。

 そしてこの作戦はユリにものすごく効いたようで、手紙とプレゼントとを見比べてうーうーと唸る。

 それから観念したように、そっと手紙を私に差し出す――かと思ったけど、やっぱり思いとどまったようで胸のうちに抱え直した。


「やっぱりほしい!」

「ダメだっての」

「じゃあ間をとって、このアヤセちゃんに渡すということで」

「どこが間をとってるんじゃ」


 ダメだ。

 私にとってはこっちのプレゼント包みのほうがどうでもいい代物なのに。

 いや、ちゃんと心を込めて選んだアクセだけど。

 でも、互いの優先順位が噛み合わなさすぎる。


「ほんとにダメなの……?」


 ユリのうるうるまなざし光線が、真正面から私を射抜いた。

 それ反則。

 結局、誰の手に渡るのが一番マシなのかってことを考えると、私が折れるしかないのはわかりきってることなのに。


 私はもう一回だけ手紙の内容を思い返す。

 たぶん、ぎりぎりセーフ寄りのアウト……だと思う。

 そもそも深夜テンションで作ったせいで、セーフラインも曖昧になったうえでの産物なんだけど。


「……わかった。もういいよ、あげる。ただし帰ってからひとりで読んで」

「やったー!」

「えー、内緒話かよ。つまんねー」


 最悪の公開処刑だけは免れる。

 なんかもう、それでいいや。


「ちなみに、プレゼントは……?」

「持ってけドロボウ」


 私はぽんと包みを放り投げる。

 なんでもいいよ。

 もう全部イエスだよ。

 開きなおってみたら、何も考えないのが一番ダメージが小さいんだ。そう思っておかないと、やってられない。


「……私たちは何を見せられてたんでしょう」

「とりあえず、面白おかしいことになってたことだけはわかります」


 完全に外様な心炉と穂波ちゃんは、能天気にケーキをつついていた。

 宍戸さんもよくわかっていないなりに、とりあえず場が収まったことにホッと胸をなでおろしているようだった。

 せっかくのケーキなのにごめん。

 こっから先は楽しい誕生会にするから許してほしい。

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