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7月16日 dear YURI

「いや、ないな」


 自室のディスクライトの下で、自分自身に向けてつぶやいたのは二日前のこと。

 ユリの誕生会を翌日に控えた深夜だった。


 なんとなく勢いで書いてみたけど、なんだこれ。

 中学生のラブレターか。

 実物を見たことも書いたこともないけど。

 なんかそういう、思わず叫びたくなってしまうようなむずがゆさでいっぱいだった。


 そのままくしゃくしゃっとつぶしてしまって良かったのだけど、できなかった。

 なんだか自分の想いまで握りつぶしてしまうような感じがして気が引けてしまった。

 でもこんなの渡せるわけがないし。

 捨てるのもできないし。

 とりあえず便箋にしまって、ガッツリ封もして、どこか目につかないところに封印しておこう。


 それはそれとして、宝探しの指令も書かないといけないし。

 これに関しては、私にしてはエモエモなネタを思いついたのできっと大丈夫。

 便箋も封筒も余ってるし、これでやっつけてしまっていいだろう。

 穂波ちゃんたちと一緒に駅ビルで見つけたお星さまのレターセットを、このままダメ紙だけで終わらせてしまうのはもったいないし。


 やっぱり慣れないことはするもんじゃないなと、自分に再三の追い打ちをかけておく。

 じゃないと、きっとどこかで大ポカをやらかしてしまうから。

 今は落ち着いて、ユリの誕生日を祝うことだけを考えよう。


 それはこの上なく幸せで充実した時間のはずだから。


 そう思っていたはずなのに、あらぬ痴態をさらしてしまった自分に辟易しながら、私はベッドのうえで枕を抱えて、じたばたと足をばたつかせていた。

 なぜか学校へ行く荷物に混入したうえに、渡すべき封筒と取り違えてしまった。

 それをやったのが自分自身の不注意だということが何より救いがない。手紙を用意したのも。

 あまりにアレだったのでボツにしたのも。それを捨てずにとっておくことにしたのも。

 正規の指令書を同じ封筒に入れたことも。

 けっしてかみ合うわけがないと思った様々なよう要素が、ピタゴラ装置みたいにかみ合てしまった。

 結果、アレがユリ本人の手にわたってしまったのだ。


 枕にあとがつくほど抱きしめて、ばたばたと足をばたつかせる。

 さっきからずっと、何をやっていても記憶の端に誕生会のことがちらついて、すぐにこうしてベッドの上。

 勉強なんてできやしない。


 ユリもユリだ。

 欲しいと言って持ち帰ったなら何か反応をよこせや。

 いや、やっぱ怖いから一切触れないで無かったことにして。

 私自身のすべてを詰め込んだ便箋だったからこそ、ユリがどう思うのかという部分が、とにかく気になる。


 つまり沙汰待ち。

 ユリの返事ひとつで私たちの関係が決まる。


 そこに恐怖するべき点があるとしたら、ユリが私を拒絶するという可能性の話だけ。

 たったその一点の憂いに対するために、私は足をバタバタさせてるんだ。


 傍らに置いたスマホが震えた。

 指先でひっかけるようにとりあげて眺めると、ユリからメッセージが届いていた。


――連休の今夜と明日、お父さんが出張になっちゃった。女一人は心配なら友達でも呼びなさいって言われてるんだけど、どう? アヤセにも聞いてみてるよ。


 文面から読み取れるユリのスタンスは――不変、なのかな。

 いつものトーン。

 いつもの距離感でやってきたお泊り会のお誘い。だとしたら、私もまた不変でそれに応えるのがベストなこと。

 いつも通りに戻ろう。

 そのための儀式としてのお泊り会ということなら、これはやり遂げなければならないことだ。


――わかった。準備ができたらうかがうよ。


 それが答え。

 そっちからアクションをかけてくれるなら、私は私自身をもう少しさらけ出せるような気がした。

 ユリの家なら、親の了承を得るのも苦じゃない。


 私の目的ははっきりしている。

 今も、未来も、その先も、ユリと一緒に過ごしていきたい。


 メッセのやり取りを終えて、私は旅行鞄を引っ張り出して準備をはじめた。


 たったひとつだけ奇跡を望むなら、ユリが予想以上のアホであって、手紙を読んで「うわしい~! ありがとう!」と叫ぶだけで終わることが、きっと一番のハッピーエンドのような気がした。















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dear Yuri


ユリ様、18歳のお誕生日おめでとうございます。本来であればお誕生会の場を借りて、面と向かってお祝いをするべきだと思うのだけど、きっといろんな気持ちが邪魔をしてそれは不可能だと思うので、あえての筆を執ってみました。

これならきっと、余計な感情に流されず、千の言葉を用いて素直に気持ちをお伝えできるものと思います。

何なら万の言葉を用いたっていいけれど、きっとその前にあなたは飽きてしまうか、最初のほうに書いてあったことを忘れてしまうと思うので、千の言葉……もとい千字くらいでなんとかまとめられたらいいな。


私とユリが出会ってから、三度目の誕生日となりました。一度目は出会ってすぐに。二度目は多少は腐れ縁のような関係になってきてから。そして三度目。思えば、日本語には三にまつわる言葉が多いように思います。三度目の正直。三年目の浮気。仏の顔も三度まで。私が思うに、昔の人はきっと二度目までは物の数ではないと考えていたのでしょう。二度までは偶然、三度目は運命。あんまり歯の浮くような言葉は使いたくはないのだけど、三度目のお祝いができた私たちの関係は、どこか運命めいたものであったらいいなと、心の奥底で願っています。


思い返してみれば、私たちの出会いは決して運命的なものではなかったと思います。同じクラスの人間同士が、たまたまお昼休みに言葉を交わした。そのくらいのきっかけ。そこから今みたいに、アヤセと三人あたりまえに一緒にいる関係になるまでいくらか時間はかかったし。一度目の誕生日だってそんなさなかで、プレゼントを渡す程度のことしかしていなかった。そもそもいろんな意味で注目を集めやすいあなたは、クラスのみんなからいろんな意味で愛されていたし。そのころの私もきっと、みんなの中のひとりであったと思います。

だから今、この学校であなたに最も近しい――親友って呼んでいい存在でいられることを、私はうれしく思う。同時にユリも私のこと、や、アヤセのことをそう思ってくれているならもっと嬉しい。


話がとっ散らかりそうなので強引にまとめるけれど。結局何を言いたいのかというと、あなたと出会ってからの私の三年間は、新鮮な驚きに満ちた楽しいものでした。本当に、あなたにはいろんなことで驚かされて、どきどきさせられて、はらはらさせられっぱなしです。きっと一生分心臓を動かしたと言っても嘘ではないはず。だからこれからもずっと、私のことをどきどきさせて、はらはらさせてください。そうしたら、さらにもう何生か分心臓を動かすことになって、私はほかの人の何倍も楽しい生涯を送ることができると思います。


だから私は、来年も、再来年も、そのずっと先まで、あなたの誕生日を祝い続けます。

同封した青春きっぷ1枚。それが、このお願いの証です。


あらためて、誕生日おめでとうございます。



from SEI


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