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7月27日 迷探偵ユリ

 事件はあったけど、合宿自体は滞りなく進んでいる。

 昨日も午前中こそ雲類鷲さんの話でもちきりになっていたけど、お昼ご飯を食べるころには既に話題の中心は受験だったり好きなアイドルだったり、はたまた他校の男子の話だったり。

 要するに平常運転に戻っていた。

 それをドライと言うか、逞しいというかは人によるだろうけど。


「ふむふむ。それで雲類鷲さんは、ひとり朝イチに出かけて行ったと……温泉に入ったところを見た人は?」


 三日目のテストとテストの間の休憩時間に、私は自室で次の科目の準備をしていた。

 その傍ら、雲類鷲さんのスペースのあたりで、ユリが謎の聞き込みを行っていた。


「あんた、何やってんの」

「何って、名探偵――ユリちゃんだよ!」


 数秒タメてからのキメ顔で、ビシリと人差し指を突き付けられる。


「真実は人の数だけある!」

「なんか別のヤツと混ざってない?」

「あ、最近ドラマやってたからつい」


 眼鏡の小学生なのか、お喋りアフロなのかくらいはハッキリして欲しい。

 ユリは気を取り直して、聞き込みの体勢に戻る。


「いや、ナチュラルに戻ろうとしないでよ。ひとりで何してんの。出歩くときは部屋ごとまとまってって言われてるでしょ」

「そんなの、みんなとっくに『とにかくグループで居ればいい』って解釈して、好き勝手に過ごしてるよ」


 ドライじゃなくて、逞しさの方が勝るか。

 もしくはバカか。

 間を取ってアホってことにしておこう。

 実にウチの学校らしい。


「ということで、聞き込み続行! 朝の行動について、どうですか?」


 ペンをマイクに見立てて突き付けられて、私はたじろいでしまう。


「いや……私は彼女が出てくところすら見てないし。見送ったのって琴平さんだっけ?」

「ええ、ええ、ワタシは流翔ちゃんがお風呂に行くのを見送ってますよー。その後すぐに二度寝しましたが」

「その、琴平さんはなんでスマホ構えてるの?」

「ドキュメンタリーの素材になりそうなので、一応記録だけしておこうかと」


 琴平さんは、「お気になさらず」とでも言いたげに顔の高さに掲げたスマホを手で軽く覆い隠した。


「ふむふむ。となると、部屋を出た後にアリバイは全くないわけですな」

「なんで被害者のあたしが容疑者みたいな扱いされてんだよ」


 そんなツッコミを入れたのは、今回の事件(?)の被害者である雲類鷲さん自身だ。

 倒れた、とは言っても結局はのぼせただけで外傷があるわけでもないので、昨日の午後からすっかり元気になって合宿に復帰中。

 浮ついていた空気が収まったのも、そういったところが大きい。

 まあ「朝風呂でぶっ倒れてた伝説の人」扱いで、笑い話の種にはされてるけど。


 貴重な当事者からの聴取だからか、ユリもぐいぐいと次の質問を突き付ける。


「実際、どうなの? 誰にも会ってないの?」

「うーん、そもそも貸し切り状態で風呂楽しもうって気はあったからなあ。だから、朝風呂開放時間の五時ならって思ったんだが」

「だが?」

「同じこと考えるヤツってのはいるんだよな。ちょうど風呂の前で五組のやつに会ってよ。お互い貸し切りで楽しみたいんだろうなってのは以心伝心したから、何も言わずにそれぞれ別の浴場に入ってった。ほら、この合宿中は男湯も女湯も両方開放されてんだろ。それでな」

「五組の子かぁ……なにやらカギを握りそうだね」

「話ややこしくすることだけしないでよ」


 すぐにでも乗り込もうって気配がプンプン匂ったので、頭から釘を刺しておいた。


「そもそも、ひとりで出歩くのはアウトだから」

「え、ついてきてくれるの?」

「誰もそんなことは言ってない」

「えー、でもひとりはアウトなんでしょ? あたし、このままだとアウトになっちゃう」


 ユリはパチパチと眼差し光線を放つ。

 そもそも大人しくしてるって選択肢はないんかい。


「いーじゃん。なんか面白そうだし、付き合ってやろうぜ」


 アヤセが私の肩に手を回して、笑顔を浮かべていた。

 これはたぶん、ただ楽しんでるだけのやつだ。


「それに、息がつまる合宿に多少のエンタメは必要だって」


 やっぱり楽しんでるだけのやつだった。


「つーわけで、心炉もいくぞー」

「え、なぜ私も?」


 突然名前をあげられて、心炉はすっかり狼狽えていた。


「団体行動だろー。このままだとお前だけルール違反になるぞ」

「ル、ルール違反……い、いや、でも雲類鷲さんと琴平さんは?」

「ワタシは記録係なのでお気遣いなく。大丈夫、ここが異人館ホテルじゃなければ記録係は死にませんので」

「あたしはまあ、自分の事件だし、真相は気になるっちゃ気になる」


 雲類鷲さんも、琴平さんも、それぞれの立場で乗り気のようだった。

 結果、この部屋としてはぽつんとひとり残された心炉に、アヤセがトドメの一撃を刺す。


「ルール違反、する?」

「うう……わかりました、私も行きますよ」


 こいつ、完全に心炉を乗りこなしている。

 ルール――それは彼女にとってのキラーワードだ。


「雲類鷲さん? ああ、会ったよ」


 流石にテストの時間があったので、聞き込みの再開は次の休み時間になった。

 私たちは名探偵を自称するユリを筆頭に、雲類鷲さんが早朝出会ったという他クラスの生徒のところを訪れていた。


「残念だよ。入る浴場が逆だったら、熊だろうと暴漢だろうと、私が一本背負ってやったのに」


 他クラスの生徒というのは、柔道部の部長さんだったようだ。

 格闘技連合の一員で生徒自衛を掲げる彼女は、休み時間であっても見回りに余念がない。


「その時、何か不審なことは?」


 尋ねるユリに、彼女は唸りながら記憶を掘り起こす。

 しばらくしてから、何か思い出したようにポンと手を打った。


「不審というのは違うけど、浴場前の休憩スペースでヤマさんが爆睡してたな」

「ヤマさんって、数学のヤマさん?」

「そう、そのヤマさん」


 頷く部長さんを前に、ユリは謎のカメラ目線で虚空を見つめた。


「出たね、容疑者」


 いや、流石にそれはないでしょ……だって、あのヤマさんだよ。


「朝に浴場前? ええ、ええ、いましたよ。あそこは畳が部屋のものより気持ちよくてですねえ」


 またまた次の休み時間、私たちは数学教師のひとりであるヤマさん(六九歳)のもとを訪れていた。

 定年後に再雇用で教鞭を振い続けるおじいちゃん先生。

 ヤマザキだか、ヤマサトだか、正しい名前は忘れたけど、とにかくヤマさんと呼ばれている。


「朝の四時ころに起きて、辺りをちょっと散歩してたんですよ。それで戻って来たら喉が渇いたので、ほら、あそこは自販機がありますので。それでコーヒーを飲んでたらいつの間にか寝てしまいましてねえ」

「コーヒー飲んだのに眠くなったんですか?」


 ユリの疑問に、ヤマさんは穏やかに笑う。


「コーヒーはリラックス効果も覚醒効果も両方あるんですよ。身体がどちらを必要としているかで、どっちが優位に働くかが変わるんですねえ。ひとつ、お勉強になりましたか?」

「なりました!」


 ユリはビシリと敬礼する。

 それじゃあ探偵じゃなくって、軍隊か何かに見えるけど。


「ちなみにその時、不審なことはありませんでしたか?」


 話が進まないので、結局私が言葉を挟むことになる。

 私の問いかけに、ヤマさんも何の話かピンと来たようで、ゆったりと首を縦に振る。


「昨日の事件のことですか。爆睡してしまったので、何もお話しできることがないんですねえ。それより、次のテストが始まりますよ」

「そうですね。お忙しいところすみませんでした」


 お礼を言って、私たちはユリを引きずるようにしてその場を離れる。


「つまり……事件は迷宮入りだね」


 ユリは、キメ顔で早すぎる降参宣言を出した。


「まあ、実際のところ手がかりは一端尽きたわけだな。せめて雲類鷲ちゃんの記憶がハッキリしてたらなあ」

「あたしのせいかよ。こっちは被害者なんだぞオラ」

「なんで被害者が恐喝姿勢なんだよ怖いわ……」


 アヤセは引き気味に後ずさった。

 これはこれで楽しんでるんだろうけど。


「こうなったら、強硬手段しかありませんね」

「お、心炉ちゃんがやる気だ!」


 ユリが目を輝かせて提案に飛びつく。

 心炉は何やら覚悟を決めた表情で、浴場の方を見やった。


「犯人がなんであろうと、生徒の安全を脅かす存在を野放しにはできません」

「おお、流石は未来の警視総監」

「まだ警察か弁護士かは考え中です」


 アヤセの茶化しもさらりと受け流して、彼女は胸を張った。

 なんだか今日はいつもと違うな。

 いつもそうしてたら変に茶化されずに済むのに。

 もしくは単純に、彼女も楽しんでいるのか……流石にそれはないか。


「犯人は現場に戻ると言います。だから明日の朝、網を張ります。犯人が人間なら、きっとそれでかたがつくでしょう」

「熊だったら?」


 こっちはこっちの安全のために、すかさず口を挟んでおく。

 団体行動なんだから、無意味に危険な賭けはこっちだって困る。


「熊だったら……全力で逃げます」

「ああ、まあ、それしかないよね」


 ものすごく当たり前に返されたので、私も当たり前に頷くしかない。

 ユリもアヤセも、もちろん雲類鷲さんたちも断るわけがなく、決行は明朝。

 そこですべての決着をつける――ことになってしまった。


 大丈夫か?

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