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8月

8月1日 最終兵器ポール

 そういうわけで、私は休日の朝っぱらから学校に登校していた。

 夏休みとは言え、平日であれば基本的に学校は開いている。

 部活をやっている生徒もいるし、それ以前に先生たちは普通に仕事をしに来ている。

 生徒は夏休みでも、社会人である先生たちはまだまだ業務日だ。

 高校教師の仕事は詳しくないけど、授業がない分、普段はできない業務に勤しんでいるんだろう。


「よー、来たな狩谷」


 教室につくと、既に雲類鷲さんが待っていた。

 教室には他に、勉強しに来たらしいクラスメイトたちがちらほら。

 家で勉強するよりは、こっちの方が集中できるという生徒は珍しくない。


「カイチョーじゃん。珍しいね」

「おう、ちょっと学園祭の打ち合わせがあってよ」


 顔をあげたクラスメイトに、雲類鷲さんが代わりに答えてくれた。

 私は話に合わせて頷き返す。


「あー、クラス出店のこと? 結局なにすんの?」

「それを今から話し合う――つーか、うまいことこねて貰う」

「私に何させる気なの」


 不安交じりに尋ねると、彼女は不敵な笑みを浮かべてタグ付きの鍵を一本、手の中で揺らしてみせた。


 私は、雲類鷲さんに言われるがままに校舎裏へ連れて来られた。

 向かったのはプレハブの部室棟。

 その端にある水泳部の倉庫だった。


「部室の鍵だったのね」

「普通に考えて、あたしの管理できる鍵とか他にねーだろ」


 たしかに。

 しかし、部室なんかに連れてきていったい何を見せようっていうんだろう。

 昨日、最終兵器って言ってたし……水泳部で最終兵器?


「何してんだ、開いたぞ」

「ああ、うん」


 雲類鷲さんに先導されて倉庫に入る。

 ここまで来てしまったら、考えるより見た方が早いだろう。


 倉庫にはプールで使うための道具がぎっしりと詰め込まれていた。

 水着ひとつで参加できるから身軽に思えるけど、代わりに環境設備が案外かさばるのが水泳っていう競技だ。

 コースを区切るブイは、水面にあげてしまえば案外場所を取るし、初心者用のビート版や救命胴衣なんてのも、一個一個が軽いにも関わらずサイズの大きい物ばかり。

 そんな中で、隅の方にひときわ目立つ山積みの何かが見えた。

 埃避けか、ブルーシートに覆われてその全容は見えないけど、何やらとてつもなく大きな……まあ、何かみたいだ。

 この状態では他に形容しようがない。


「見るからにコレって感じのモノがあるけど。これが最終兵器ってヤツ?」

「おうよ。まあ、これ自体が兵器ではないんだが……よっと」


 雲類鷲さんは、ずるずると丁寧にブルーシートを外していく。

 こういう時って、勿体ぶってからバサァって一気にシートを外すもんだと思ってたけど。

 それを当たり前だと思ってしまった私は、すっかりユリに毒されているような気がする。


 そうしてシートを外された秘密兵器……あれ、最終兵器だっけ。

 まあ、どっちでも良いけど。

 とにかくその全容を目にした私は目を見張った。


「これは……いや、ホントなに?」


 出て来たのは大量の角材と、鉄の棒。

 あとジョイント。

 ぱっと見、ただの建築資材の山だった。


「あー、まあ、フツー分からんよな。組み上げりゃ一目瞭然なんだが……こいつはステージだ」

「ステージって、普通に舞台のステージのこと?」


 雲類鷲さんは、肯定するように頷いてくれる。

 はあ、ステージ。

 それのどの辺が最終秘密兵器なんだろうか。

 私はもう一度、資材に目を落とす。確かにそうだと言われてみれば、鉄の棒はたぶん基礎のようなもので、角材がガワ。

 弧を描いているところを見ると、おそらく円形のステージだろう。


 それとは別に一本、ひときわ長い鉄の棒があることに気づく。

 なんだあれ。

 何に使うんだろう。

 まるで旗を立てるポールみたいな――


「ポールって、まさか……」

「ふふふ、御明察。これぞ、あまりにアレすぎて当時の生徒会から直前にNGを喰らってしまった禁断の企画――ポールダンスのステージだ」

「ポ――通るわけないでしょ、そんな企画」

「ああ、だからお蔵入りになって。結局、併設する予定だったバーだけ営業した」


 そりゃそうだ。

 高校の学園祭でポールダンスなんて通るわけがない。


「まー、出店書類には『ダンスホール』ってだけ書いてたのがマズかったんだろうなー。あと水着でやるってのもマズかったなー。接客も水着エプロンだったしなー。今思えば、ダメなとこしかなかったわ」


 在りし日を思い出しながら、雲類鷲さんはうんうんと納得するように頷く。

 経験が反省として活かされいるのは良いことだ。

 良いことだけど、今これを持ち出して来たってことは、そういうことだよね?


「普通にダメでしょ。認可が下りるわけがない」


 あくまで一般論として、私は正直な感想を溢す。

 すると雲類鷲さんがガッチリと肩を組んで来た。

 友好の証というよりは、逃がさないためのヘッドロックに近い圧を感じた。


「そこはよ、こっちには生徒会長ってカードがあるわけだろ。良い感じに〝文化の保存〟とか理由付けてよ。ほら、あいつら文化とかに弱いから」


 あいつらってのは、学校側ってことだろう。

 そんな無理矢理な……いくら生徒会長でも、みんなが思ってるほど権力なんてものはない。

 アニメや漫画とは違うんだ。


「いや、実際よ、ポールダンスなんてのは今やスポーツのひとつとしての地位を築いてるんだぜ。割と当たり前のようにポールダンス教室があるし、世界中で競技会だって開かれてる。五輪競技になんて声もあるらしい」

「そんなに言うなら水泳部で企画すれば良かったのに」

「水泳部じゃ狩谷になんもメリットないから、絶対に企画通さねーだろ」


 それは確かに。

 学校に認可の説明をするのも面倒だし、そんな労力を使うほど水泳部に義理もない。

 普通に、学校に通す前に生徒会の時点でストップを掛けるだろう。


「てめーも関わるクラスの出し物だから、ギリ形にできそうな案件ってわけだ」

「うーん……」


 そうは言われても、あまりに危ない橋じゃないだろうか。

 確かにあくまで健全な出し物であることを訴えれば、なんとでもなりそうな気はするけれど。


「なんていうか、なんでそこまで必死なのかが見えないんだけど」


 それもこれも、前会長が遊びにくるって言うのを彼女たちが知ってからのことだ。

 それがそんなに恐ろしいイベントだっていうの。

 あんな、いつものほほんと笑ってるだけの人なのに。


 雲類鷲さんは、何やら思いつめた様子で視線を落とす。

 それからぽつりと、懺悔するように呟いた。


「むしろ必死じゃないとこ見せたら、どうなるかわかんねーからさ……それにあたし、実行委員長だし。ここはメンツのためにもひとつ!」

「そんなこと言われても」


 私には、そこまでの必死さが共有できない。

 でもその一方で、是が非でも止めなきゃいけないってほどの焦燥感があるわけでもない。

 確かにスポーツのポールダンスなら動画で見たことはあるし。

 ちゃんと健全であることを押し出せば……できるのか?


「少なくとも、その以前の水泳部で出した企画そのまんまじゃ通すのは無理。練り直しってか、もっと大衆的な健全みを強調できる感じにしないと。『ダンスホール』みたいに濁すのもダメ。それをクリアできる企画書をまとめられたら――」

「どうにかできるってか?」

「約束はできないけど……てかそもそも、あと一ヶ月もないけど今から準備してどうにかなんの? 素人の見様見真似でしょ?」

「基礎くらいならあたしが教えられる。なんせ、水泳部で企画したのはあたしが一年の時だからな。ガッツリ練習したし、ある程度体幹に自信があるやつらになら、最低限見せられるものは仕込めると思うぜ。ぶっちゃけ、リベンジチャンスを伺ってたところはあったんだよなー」


 というと二年前のことか……裏でそんなことが起こっていたとは。

 一年二年の時なんて、ほんとにイベントに興味がなかったから、内情なんて全く知らなかった。

 どうにかするって言うんなら、自分のクラスのことだし、できるだけのことはしよう。

 このままずるずると企画が決まらずに伸びて、結果として中途半端なものしかできませんでした――となれば、何やら恐ろしいことが起こるようだし。


「企画の練り直しはできるだけ早めにお願いね」

「任せろ急ピッチで仕上げる」


 雲類鷲さんは二つ返事で答えてくれた。

 そのやる気をもっと早く出してくれたらよかったんだけど。

 それにしても、他に誰が踊ることになるんだろう。

 ウチのクラスで鍛えていて、運動センスがありそうな人……アマレス部の部長さんとかかな。

 それはそれで、別の意味での肉体美を発揮してくれそうな気がした。

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