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10月8日 おっしゃる通りで

 ついこの間も三連休だったような気がしたけど、世間はまたまた三連休となった。

 十月のこんな時期に祝日あったっけと思ったら、オリンピックに合わせてしばらく七月に移動していたスポーツの日が、本来の位置に戻って来たということらしい。

 言われてみれば確かにそうだったような気もする。


 夏休みとか、冬休みとか、学生にはまとまった休みがあるから、あんまり日々の祝日に一喜一憂することはない。

 しいて言えば、土曜日に祝日が重なった時は振替がなくて損したなと思うくらい。


『はあー、それで結局出ることにしちゃったの? お前、たまにそういうとこあるよな』


 そんな三連休初日の夜、スマホのスピーカーの向こうでアヤセが呆れたようにため息を吐いた。


「それしか方法がなかったんだから仕方ないじゃん」


 私の都合で巻き込んでしまった手前、彼女には事の顛末を伝えておこうと思ったのが今朝のこと。

 流石に一晩くらい、私自身が自分のしたことをかみ砕くくらいの時間は欲しかった。

 もちろん全部が全部――宍戸さんに、私の気持ちを伝えたことに関してまでは話していないけど。

 私も音楽祭に出ることで、なんとか彼女の承諾を得たという芯の部分が大事なのだから大丈夫だろうとは思う。


『それでも入試前の大事な時期だろうよ。大丈夫なん?』

「時間の使い方の問題だから。息抜きの時間とかを練習に当てたら、無理はないと思うけど」

『うーん。まあ、お前がそれで良いって言うならいいけどさ』

「なに。なんか含みあるじゃん」

『それより、楽器どうすんだ? ガルバデの時は借りモンだったろ?』

「あっ」


 露骨に話を逸らされた気がしたけど、言われてみればその問題があった。

 鍵盤ハーモニカとリコーダーを除いてウチに使える楽器なんてない。


『パートはどうすんだ?』

「またベースになるのかな。スワンちゃんも欲しがってたし」

『確かに、ジャズバンドなら弦はあっていいな』

「はぁ……琴平さんに相談してみるか」


 毎度のことながら苦手なんだけどな、あの人。

 というか良かれと思って須和さんも巻き込んだけど、そのことに関して琴平さんと雲類鷲さんは何と思ってるんだろうか。

 そもそも、事の次第を知ってるかどうかも分からないけど。

 楽器を借りるってなったら話さないわけにはいかないよね。


『穂波の楽器はどうすんだ? 借りるにしても金管とか個人で持ってるやつそういないだろ』

「それはスワンちゃんが、吹奏楽部の古い練習用のヤツを手配しとくって。宍戸さんとスワンちゃんはマイ楽器があるし」

『なるほど。じゃあ、トランペット、サックス、トロンボーン、ベースにドラム……と』


 スピーカーの向こう側で、アヤセが指折り数えているのが伝わる。


『欲を言えばキーボード欲しいよなあ』

「それを言ったらおしまいよ」


 絶対に言うと思った。

 だから対して驚くでもなく、私も冷静にツッコミ返す。


「心炉にまで迷惑かけらんないでしょ」

『なにー? お前は迷惑かけるつもりで私のこと誘ったの?』

「そういうわけじゃないけど」


 そんなつもりは……うん、ないな。迷惑じゃなくて面倒かける自覚はあるけど。

 でもたぶん許して貰えるだろうなっていう気持ちがあるというか。

 有体に言えば甘えてるってことなんだろうけど。


『そもそも、別に心炉じゃなくてもいいわけじゃん。スワンちゃんのツテで暇そうな後輩を紹介してもらうとか』

「スワンちゃんのツテって言ったら吹奏楽部でしょ? 吹奏楽部もクリコン出るって言ってたよ」

『じゃあ、穂波の友達の一年生とか。女子校だし同じクラスだけでも何人か弾けるやついるだろ。私のツテで探しても良いけど』

「ううん……」


 確かに言う通りかつ妥当な案なんだけど、あんまり乗り気にはなれなかった。

 部外者というと言葉がきついけど、あんまりこの件にポッと出の人を関わらせたくはない。


「どうせ頼むんなら心炉のがいいかな……」

『おっけ。じゃあグルチャに引っ張ってみよう』


 いうや否や、アヤセはあっという間に私とアヤセと心炉のグルチャを立ち上げてグループ通話を取り繋いでしまった。

 相変わらず、私の周りの人間は行動力がありすぎる。


『この時期に音楽祭に出るとかバカですか? たぶん誰も言わなかったんだと思うので、もう一回ちゃんと言っておきますね。バカですか?』


 話を聞いた心炉から、そりゃ当然だろって反応で思いっきり罵倒されてしまった。

 でも彼女の言葉は全面的に正しい。

 正しさしかない。

 私もそう思いながら、結局こんなことになってるわけで。


『……で、曲は決まってるんですか?』

「え、やってくれるの?」


 こっちは正直まさかの反応だったので、思わず素で聞き返してしまった。


『私はそもそも心得がありますし。勉強の息抜きに練習するくらいなら負担にもなりません』

『ははっ、星と同じこと言ってら』

『これでも、中学時代は学年首位をキープしながら合唱コンクールの伴奏とかやってたんですよ。安心して任せてください』

『心炉はあれだろ。ちょっと男子~とか言ってたクチだろ』

『そんなこと言って……たかもしれないです』


 冗談めかしてからかうアヤセに、心炉の悔しそうな唸り声が響いた。


「曲は決まってない。スワンちゃんあたり、何か案があるのかもしれないけど」


 そもそもジャズバンドなんて言いだしたのは彼女だし、言いだしたってことは何かしらのビジョンがあるのだろう。

 だったら、餅は餅屋だとお任せした方が良いと思う。


「でも、ありがと。キーボードやってもらうなら心炉しかいないなと思っていたから」


 心炉なら他の人に比べれば宍戸さんも慣れてるだろうし。

 私も、いちど演っているから合奏の気ごころが知れている。

 これ以上の適任はいないと思う。


『そっ……そうですか。私も友人の他の身なら無下にはしませんよ』


 せき込むようにしながら、心炉が相槌を打つ。

 同時にアヤセの不満げな声がこぼれた。


『あのー、私もいるんですけど?』

『わ、分かってますよ。友人にはちゃんとあなたも含まれてます』

『そう? ならいーんだけど?』


 また何やら含みのある様子でアヤセは笑っていた。


『そんなことより! ガルバデのメンバーで募っているなら、ユリさんにも声をかけたんですか?』

「ユリはだめ」


 私は迷いなくそう答えた。


「あいつ、受験ほんとにヤバいから。ちゃんと集中しててほしいから」

『そうですか……』

「……ユリもいた方が良いと思う?」


 どこか腑に落ちない様子の心炉に尋ねると、彼女は少しだけ考え込んでから「いえ」と返事をする。


『そういうことなら、私も星さんの意見に賛成です』


 だったらよかった。

 これに関しては私情も何も挟んでない客観的な判断のつもりだから。

 むしろ心炉の賛同が得られたことで、私も自信を持てるってくらいだ。

 心炉の参加は後でみんなに伝えるとして、目下の問題は曲と楽器だ。

 曲は須和さんに相談するとして、楽器は……とりあえず連休が明けてからでもいいかな。

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