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10月9日 わかってくれる

 今日は久しぶりにアヤセの家に集まって勉強会となった。

 昨日、心炉も交えて三人で話した後、そのままなし崩しにリモート勉強会になって、じゃあ明日も――なんてのが事の発端だ。

 そんな会にユリを呼ばないと後でグズられるのは目に見えているので、一緒に誘って計四名。

 アヤセの部屋にある、こたつも兼ねた長方形のローテーブルは、四辺がちょうど埋まる形になった。


「もうこたつ出したんだ」


 テーブルには、すでにふかふかの布団が挟まれていた。

 今は電源は入れていないけれど、コンセントさえ刺せばすぐにでも稼働できますって感じ。


「今週めちゃくちゃ寒かったからな。欲しい時に出す手間考えたら、もう出しちゃって良いかと思って」

「なるほどね」


 自分の部屋にこたつがないので、その辺の苦労とタイミングを計るスキルは私にはない。

 ヒーターをどのタイミングで入れるか、くらいはあるけど。

 私の場合それは、お風呂上りの脱衣所が寒いと感じるようになったらだ。


「稼業をされてるお家って初めて来ましたけど、思ったより普通というか、なんというか」


 心炉が、ちらりと部屋を見渡しながら口にした。

 アヤセははす向かいから肘で彼女を小突く。


「なんだよー、お菓子の家か何かだと思ってた?」

「そうじゃないですけど、もっとこう、家の中までお店感があるのかなっていうか。勝手なイメージでしたけど」

「あー、まあ、確かにリビングの方とかは店の帳簿とか、領収書のストックとか雑に積まれてたりするから事務所感あるけど。流石に子供部屋にそういうのはな。領土侵犯は私が許さない」


 アヤセは胸をはって、得意げに鼻を鳴らす。

 彼女に聞いた話だけど、小さい頃は目の前の押し入れとかも、店の雑貨とかが押し込まれて半分倉庫みたいに使われていたこともあるらしい。

 ただ歳を重ねて、服やらなにやら自分の持ち物が増えるようになったら、流石に全部別の場所に移して貰って、部屋という自分の領土を本当の意味で確保したのだという。


 思春期の女の子にとって、押し入れのものを出し入れするためとはいえ、家の人に部屋を頻繁に出入りされるのはたまったもんじゃないだろう。


「で、アヤセはさっきからなにやってんの?」


 早くも数式を解くのに飽きてきたらしいユリが、アヤセ母が持って来てくれた熱いお茶を啜りながら尋ねる。

 私とユリ、そして心炉がノートや参考書を開いてカリカリとシャーペンを滑らせている中で、アヤセひとりだけノートパソコンを開いてカタカタとキーボードを打っているところだった。


「まさか、実は美少女高校生小説家だったとか!?」

「ちげーよ。ああ、でも美少女の肩書は惜しい!」


 ツッコミを入れながら、アヤセは傍らの床に置いていたファイルを開いて、中の資料らしきものをぱらぱらとめくる。


「来週受験っつたろー。そこでプレゼンがあるから、その原稿作り」


 プレゼンなんてあるんだ。

 面接じゃなくて?


「自己PRみたいなもんだよな。ポートフォリオ作って、これまでの作品とか、テーマとか、そういうのを面接官にアピールすんの」

「ぽーとふぉりおってなんぞ?」

「作品リストみたいなもん。美術館とか行ったら画集売ってんだろ? あれをご家庭のプリンターとかで簡単に作ったようなやつ」


 言いながら彼女は、今見ていたファイルを私たちに手渡した。

 机の上に置いて三人で覗き込むと、そこにこれまで書いたらしい彼女の書が写真データになって印刷されていた。


「へえ、見事なものですね。この〝繋〟とか私、好きですよ」

「お、心炉は分かってくれる? その辺は、高校三年間のうちじゃ最盛期」

「この〝試〟っていう字いいね! テストの憂鬱さが表れてるみたい!」

「〝試〟じゃなくて〝誠〟なんだが? しかも憂鬱さじゃなくて気取らなさみたいなの書いたんだが? ユリ、芸術鑑賞力ゼロ点」

「ひどいっ!?」


 私もたぶんユリと大して変わんない鑑賞力しかないから、下手なこというよりは黙っていよう……ぶっちゃけ感想って言っても「すごい」か「力強いね」とか、それくらいしか言えないし。


「入試って、実演するわけじゃないんだね。芸術系ってそう言うもんかと思ってたけど」

「美大じゃねーからな、私が受けんのは。日本文化研究の一環として書道を扱ってるって感じで」

「ふうん」


 その辺の違いはいまいちよく分かんないけど、作品だけで評価されるよりはやりようはありそうだねって言うのが素直な印象だった。

 美大受験の漫画とか読んだけど、「説明すんな、魅せろ」みたいな感じで、ああ本当に違う世界だって思ったくらいだ。

 物言わぬ自己表現よりは、論理的に言葉を尽くす方が私には合っている。


「パフォーマンスの方も上の大会に進めたし、受験はマジでここで決めないとなって感じだ。落ちてもすぐ次の推薦日程があるけど……」

「次の大会はいつなんですか?」

「年明けすぐだから、年末までギチギチに勉強に部活にって感じにはしたくねーんだよなあ」


 音楽祭もお願いしちゃったしね。

 万が一アヤセが落ちたら、その辺のスケジュール感覚が完全に狂ってしまう。

 もちろん受験と部活優先にしてもらって良いんだけど、そうならないに越したことはない。


「年末って言ったらさ、クリスマスだよ!」


 ユリが突然、パンと手を叩いた。


「星とも話してたんだけどね、クリスマスくらいゆっくりしようって。だからパーティーしよう! パーティー!」


 ああ……うん。

 忘れてない、忘れてないよその話。

 私もそういう心づもりではいるけれど、たった今聞かされたばかりだろう他のふたりは、引きつった顔で目を合わせていた。


「あー、クリスマス。そうなー、クリスマスあるよな」

「そうですね。今年は何曜日でしたっけ……?」


 コンサートのことはユリには内緒にしておくというのは、昨日話した通りだ。

 もちろん、当日付近になったらお客さんとしては誘うつもりではいるけれど。

 だけど、昨日の今日でいきなりそんな話をぶっこまれてしまったものだから、場に居心地の悪い緊張が走ってしまった。


「あれ、みんなテンション低くない? もしかしてもう用事あるとか?」


 あるにはあるんだけど……!

 でも夜とかは空いてるし、日曜日の方はまるまるフリーだし。

 その辺ちゃんと詰めてから話題に出そうと思ってた矢先にこれだよ。


『これはどうしたら?』


 アヤセから、昨日のグループチャットに書き込みがあった。

 たぶん、こたつの下で打ってるんだろう。

 私もスマホをこたつに突っ込んで返事をする。

 こたつ、ありがとう。


『うまくあわせといて。パーティーはやる』


 送信した内容を読んで、アヤセも心炉も小さく頷き返してくれた。

 なんか、ユリだけのけ者にしてるみたいで心が痛いけど、こればっかりは……ね。

 いずれ話をすることになったとき、ちゃんと分かってくれるって信じてる。

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